不注意な囁き【お題:そこじゃない】
窓の外に視線を向けると、サッカー部が走り回っていた。私は目当ての人を見つけると、椅子を引いて座った。
「こんな時間まで居残って、なにしてるの」
そんな私に声をかけてきたのは、同じクラスの幼なじみだ。彼は手にアルトサックスを抱えたまま、窓際の机に座った。
「勉強、とか?」
「うそつき」
私はいつも、彼に嘘をつけない。彼だけが私の気持ちを知っているし、私だけが彼の気持ちを知っている。私たちはそんな関係だけど、お互いに恋をしない。きっとそのほうが楽だし、上手くいくけれど、報われなくても追いかけたいものって、だれにだってあるはずだ。
「先生、いる?」
「ん、そっち」
私はサッカー部から少し離れたところを指さした。ベンチに腰をかけた先生が、部員に向かって何かを指示していた。
「部長」
今度は彼が身を乗り出した。サッカーコートの最前線でボールを蹴っているのは、ひとつ年上の部長だ。
「ね、部長、彼女いるんだって」
彼が小さな声でつぶやいた。私は顔を上げられず、窓の外で走る男を見た。サッカー部の部長というだけで、この男は人気者なのだ。加えて明るくて話が面白いのだから、彼女がいてもおかしくはないだろう。隣の少年は、かなしい言葉を紡ぐ。
「かわいい女の子だよ。俺も、見たことある」
「……そう」
どういう顔で、その話をしているかは見れなかった。窓の外をじっと見つめたら、彼が突然立ちあがってサックスを構えた。私はびっくりして隣を見たけど、彼は表情を変えずに大きく息を吸った。彼がひとりで吹き始めたのは、静かで哀しい音楽だった。
「それ、なに?」
「……ひみつ」
彼は少しだけ笑ってみせた。私は目を閉じて、先生の左手の薬指を思い出しながら、彼の奏でる音に耳を傾けた。
私たちの恋は、いつだって許されない。
放課後のふたりきりの空間でしか、私たちは上手く息ができない。私たちが生きられる場所は、この校舎にはないのだ。
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