手紙【お題:優しい嘘】
大通りをしばらく進んで、新しくできたマンションの手前で右折、細い路地に入ってしばらくすると、赤い屋根の一軒家が見える。僕の自転車のベルの音に気がついて、通過する少し前に扉が勢いよく開いて、小さな女の子が飛び出してきた。僕はいつもみたいにスピードを緩め、彼女の前にしゃがんだ。
「ゆうびんやさん!」
にこにこと微笑んだ少女は、最近やっと小学校に上がったらしい。ピンク色のワンピースに身を包んで、手にはいつも通り封筒が握られている。
「きょうも、ママに会う?」
「うん。渡してくるね」
僕は鞄の小さなポケットに手を入れて、白い封筒を取り出した。少女の名前はみおちゃん。僕は彼女に渡される手紙で、それを知った。まだ拙い文字は、いかにも小さな子どもが書いたもので、僕はこれを見るたびにくすくすと笑ってしまう。彼女はびっくりするぐらい、かわいらしかった。
「はい、どうぞ。きみのお母さんからのお返事だよ」
僕の手から、奪い取る勢いで受け取った少女は、目を輝かせていた。
僕とみおちゃんのつながりは、この手紙しかない。これが正しいことであるとは思わないけれど、僕はこの子のために毎週ここを通っている。
彼女と出会ったのは、数ヶ月前のことだった。公園で泣いている少女に、郵便配達をしている途中の僕から声をかけた。
――ままが迎えにこないの。
嗚咽混じりにこぼした言葉を、僕は今も覚えている。
――ままはね、お空であそんでるんだって。
そして迎えに来た父親は、やけにみおちゃんが懐くので僕に事情を話した。交通事故のこと、まだ幼いみおちゃんはそれがわからないということ。僕は少しして、郵便配達のバイトをやめた。それでも少女の家に通うのには、理由があった。
「またね」
みおちゃんに手を振った僕は、家に帰ると封を切った。僕はめいっぱい丁寧な文字で「みおへ」と書いた。手紙をじっくりと読んで、返事を書く。僕は名も知らぬ人を、今日も密かに演じている。
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