陽だまり【お題:花嫁誘拐】
窓の外の夕日がおどろくほどきれいなので、僕は窓際の後ろのほうの椅子を引いて腰掛けた。教室から見る夕日は、何よりもきれいだと思う。大人になってこの教室に戻ってきて、僕は改めて思うのだ。僕がこの席から見つめていた空は、きっとどこにもないけれど、なにより愛おしかった。
「そろそろ帰るぞ」
友人が教室の入口から呼ぶので、僕は慌てて立ち上がった。
「俺たち、大人になったんだな」
「びっくりするぐらい、早く、な」
今も覚えているのは、授業中も無関心に外を眺めていた僕に執拗に構った担任だ。彼女が結婚するという噂がどこからか流れてきて、僕は同じ大学に進んだ友人を呼んでここにやってきた。もう僕らの知っている先生がひとりしか残っていない校舎で、僕らは黒板に落書きをして、なんとなく最後に使った教室をきれいにして、そして先生に何も言わず校舎を抜け出した。それが学生時代の僕らのいたずらみたいで、くすくすと笑いながら帰り道を歩いた。
街は少しずつ変わっていく。夕日が海にとけるみたいに、僕の初恋もとけてゆく。
ずっと昔、置いてきた恋心を、やっととかすことができた。僕は悲しくはなかったけれど、少しだけ寂しくなって空を見上げた。
「もしも、」
言ってしまってから、僕はやっぱり言葉を飲み込んでしまった。
「なんだよ」
「なんでもないよ。今日はありがとう」
「うん」
もしも、彼女に再び出会えるなら、僕はどうするのだろう。
明日の結婚式には、さっき会ったばかりの男教師も参加するらしい。もしも僕が会いたいと言い出したら、彼は場所くらいは教えてくれただろうか。
僕は友人と別れて、なんとなく見かけた花屋にふらりと入ってみた。そうだな、彼女をさらうことはできないだろうから、僕は世界中のうつくしい花を持って、彼女を祝福しよう。
きっと、「再び」が訪れることはないのだろう。だけど僕は白い花束を買っていく。それを海に投げたら、こんな夕日も悪くないなと思えた。
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