青にとける【お題:アクアマリン】

 海越しに見たせかいは、半透明の青に染まってゆれる。海の中は光に透かされてうつくしいのに、外にあるものはうごめく。それは海のうつくしさがよくわかる光景だった。外のせかいにはたくさんの色が混ざっていて、みにくい。人が生きるところは、そういうところなのだと思い知る。

 海にもぐると、ぼくは宝石に閉じ込められたのではないかと錯覚する。うつくしいアクアマリンみたいな価値が、この海にはあるのだと思う。いっそのこと、ぼくがもぐっている間に海がほんとうにアクアマリンに変わるならそれでいい。誰かがぼくをここに閉じ込めて、息をとめて眠るのも、悪いことではないのだろう。

 一年前、平和な街にふたりの少年が流れ着いた。今どき入水自殺なんてする人がいるのか知らないけど、幼いぼくらにとって、それが精一杯の反抗だった。ちいさなふたりは、街のひとたちに助けられ、なんとか命をつないだ。

 ぼくらは平凡な家庭に引き取られ、普通の家族を演じながら過ごした。

 彼は言った。擬似家族はすぐに壊れると。天才子役が行方不明になったと報道されたのは、それからすぐのことだった。彼はもう逃げられないだろうとつぶやいて、ぼくに手を差し伸べた。平凡な僕に笑った天才役者は、演技なんてへたくそで、海に雫を落とした。彼は僕の手を離して海に落ちた。ぼくは、追いかけることなんてできなかった。

 ついていくと言い出したのはぼくだった。共働きの親は、まだ気がついていないかもしれない。クラスメイトは、ぼくをなかったものにしてしまうかもしれない。ぼくを唯一認めてくれるひかりは、結局ぼくを置いていなくなってしまった。天才子役がいなくなったという報道は、やがて結末を映すことなく世間から忘れられていった。

 ぼくは海にもぐる。ちいさな星に会うため、青にまじるのだ。やさしい青、それは彼によく似ている。彼が眠る場所は、彼の色をしている。彼の落とした、アクアマリンの色をしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る