いたずら【お題:コインランドリー】

 電車って、不安定だ。特に混んでいると、外が見えなくなって、どこに向かっているのかわからなくなる。その中でゆれているのは、おそろしい。

 僕は、その中でひとり大きな紙袋を持っていた。スーツを着たサラリーマンやOL、おしゃれな大学生や、時折けらけらと笑う高校生たちの中で、よれたTシャツにスウェットを穿いた僕は、浮いていたに違いない。こんなのは、近所のコンビニに行く服装だ。実際、僕は仕事終わりでも学校終わりでもなかった。

 ――わかれようか。

 ――ごめんなさい。

 それから僕はすぐに会社を辞めてしまった。彼女の新しい想い人が上司だと知って、耐えられなかったのだ。

 二駅ほど人混みに揉まれて、僕はホームへ降りる。あまりにも人が降りないので、僕はどうしてそんな駅を作ったのか疑問に思った。静かな駅で、僕はゆっくりと歩き始めた。夜の駅は、明かりが点いていても暗く感じる。改札を抜けて、少し歩いた先にコインランドリーがある。僕は紙袋に入った服を洗濯機に放り込んだ。奥の服だけなぜか引っかかっていたので引っ張り出すと、彼女からもらったシャツだった。お互い初めて部下を持ったときにもらったものだ。

 手が止まっていたことに気がついて、慌てて洗濯機に放り込む。

 しばらく服が回っているのを眺めていたら、少しだけ眠くなってしまった。僕は立ち上がったり座ったりを繰り返し、そのまま乾燥機にかける。そっけない機械音に呼ばれるまで、僕はひまのつぶし方をあれこれ考えた。こういう時間に恋人と電話ができないのは、やっぱり少しだけ物足りない気がする。僕は服を取り出し、軽くたたんで紙袋に戻した。最後に残ったのは、彼女からもらったあのシャツだった。

 僕はそのシャツを何よりもきれいにたたんで、洗濯機の上に乗せた。駅まで走って行ったら、静かすぎて笑ってしまった。僕はまた不安定な電車に乗るけれど、今度は空いていて行き先がよく見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る