ゆれる【お題:ブルータス】

 あーあ、と息を吐き出しながら机に突っ伏す。窓の外の青が、今日はなんだか憎たらしい。いつもすっきりした顔しやがって。私の心はまったく晴れないのに天気だけ澄んでいて、ちょっぴりうらやましい。

 世界史の資料集をぱらぱらとめくりながら、先生の話を聞き流す。今の私にとって、世界史は大きな問題ではないのだ。

 女子高生って、たいへんだ。狭い箱に詰め込まれて、その中の均衡が崩れないよう、いつだって気をつかっている。

 ――あいつのこと、好きなんだ。

 友達からそれを聞かされたのがいつだったか、それはもう忘れた。

 ――おまえのこと、すきなんだよね。

 つい先週、「あいつ」から告げられた言葉が、今も脳裏で反芻している。その瞬間には、私たちの中にあった均衡は崩れてしまった。

「それじゃあ、資料集の二十七ページ」

 みんなが一斉にページをめくる音で我に返り、慌てて資料集に視線を落とす。それから横目で「あいつ」を見ると、授業なんてどうでもいいようで、気持ちよさそうに眠っていた。「あいつ」を好きだって言われたときには、私はとっくに恋をしていたと思う。それでも、私は「あいつ」に応えられなかった。

「カエサルは独裁者でした。そして反逆者たちに暗殺されます」

 先生は淡々と告げる。資料集を見たら、どこかで見たような絵が載っていた。

「その中には、カエサルが信頼していたブルータスもいました。そのとき、カエサルは言うの。ブルータス、お前もかって。信じていた人に裏切られる気持ちって、どんな感じなんでしょうね」

 先生は無感情に言うけれど、私は心苦しくてしかたなかった。ブルータスは、苦しくなかったんだろうか。大切な人を裏切って、そのあとも平気で生きていたんだろうか。

 私はそうはなれない。窓の外を見ると、やっぱり空は青かった。なんだか腹が立って、消しゴムを指先でつついてみた。使いかけの丸い消しゴムは、ゆらゆら揺れてどちらにも倒れず、今の私みたいだった。

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