傾慕【お題:アイロニー】

 高校の卒業式の前の晩、世界が崩れ落ちる夢を見た。朝起きたら、僕はなぜかこの世界が今日で終わることを知っていて、だけど誰にも言わないまま学校へ来た。

 世界は淡々と進む。僕は卒業式で泣いたりはしないし、教室に戻れば、ただじっと窓の外を見つめた。そんな僕の肩をつついたのは、クラスの人気者の幼なじみだった。さっきまで人に囲まれていたのが、やっと落ち着いたらしい。

「帰るか」

「うん」

 胸元のピンク色の花は、何をモチーフにしているんだろう。少し形の崩れた花は、結局なんなのかわからないまま、鞄の中に転がしてしまった。

「告白されたんでしょ」

「断ったよ」

 僕らはこの世界にヒロインがいることを知っている。そして彼は主人公だ。そのとき僕は、彼らが結ばれないからゲーム世界は終わるんだと理解した。

「一緒に帰るのも、今日で終わりか」

「……そんな、一緒に帰ったこともなかったでしょ」

 運動部の彼と文化部の僕じゃ、帰る時間帯が合わない。三年間で一緒に帰ったのなんて、片手に収まるくらいだ。

 賑わう駅を出て、少し歩けばしずかな住宅街が見えてくる。もうすぐ、一日が終わる。

 僕は傾く陽を見上げた。逆光で顔の見えない彼の向こう側で、朱色が世界を照らしている。クライマックスの、主人公を照らすスポットライトみたいだ。

「おれはさ」

 呟いた彼を見たら、表情なんてわからないのに泣いているみたいだった。もしかしたら、彼も世界が終わることなんて知っていたのかもしれない。

「おまえのこと、すきだったよ」

 ああ、世界はもう終わるのだ。彼の声は真っ白な景色に溶けてしまって、僕はその手を掴むこともできなかった。せめて抱きしめてしまうことができたなら、終わる世界にも価値があったのだろうか。

 皮肉なことに、世界は僕らの幸せを願ったりはしない。こんなうつくしくまばゆい白の世界なのに、しあわせなんてありやしないのだ。目を閉じて、僕は白に飲み込まれていくのを待っていた。

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