世界一しあわせな恋【お題:カスミソウ】
「結婚するの」
それは見たことがないくらい、うつくしい表情だった。世界中にあふれる、ありったけのしあわせをかき集めて詰め込んだみたいな、そんな表情だ。これは邪魔してはいけないと、きっとだれが見ても思う。
それでも心が痛いのは、どうしてだろう。自分に勝ち目のないことなど、とうにわかっていたのに。ずっと彼女のことがすきだったし、その気持ちはだれにも負けないと思っていた。だけど、そんな僕よりもずっと大人で、ずっと彼女の支えになった兄が彼女を好きだと言ったとき、僕はしずかに失恋した。だれにも言えないままの気持ちは、簡単にはなくなってはくれない。
「そっか。おめでとう」
誰とするの、まさか俺? なんて冗談をいえるなら、いくらかましだったのかもしれない。そうすれば、彼女はいつもみたいに笑って流してくれる。僕はこれが叶わない恋だと、思い知ることができる。
「あげる。俺の気持ち」
小さな白が散りばめられた、カスミソウの花束を渡すと、彼女は少しだけ驚いたようでじっと花束を見つめていた。兄に話があると言われていたから、学校帰りに買ってきたものだ。
「……ずっと好きでいてくれてありがとう」
彼女は僕の気持ちに気がついていた。当たり前ながら、それに応えてはくれない。それでいい、彼女は愛する人としあわせになればいい。
「うん、俺はこれからもずっと好きだよ」
彼女の顔を見たら泣いてしまいそうだから、視線を兄に向けた。兄は僕に怒らない。彼女がえらんだのが兄でよかったと、僕は心の中で思った。僕は誰よりもしあわせ者だ。彼女のしあわせを、こんな近くで見ることができるのだから。それだけで、いい。だから僕は泣かない。カスミソウにすべてを預けてしまう。こうすれば、僕はきっとかなしくはない。
さよなら初恋。どうかきみが、永遠に笑っていられますように。僕はそんな幸福を、ずっと願い続けている。
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