ジュブナイル【お題:永遠に近づかない背中】

 高校三年生の夏、俺は空っぽだった。

 いつかお前からエースの座を奪ってやると言い始めて二年と少し、俺たちのエースは怪我で早めに引退した。携帯電話を見ながら自転車を運転していた男子高校生にはねられたと聞いたが、そのとき彼は笑っていた。俺たちはだれも笑うことができなくて、困った顔で目を合わせて、そうすると彼もすこしだけ困ったように目を細めた。

 大学ではバスケットボールは続けないと公言していた彼だから、この夏の大会が最後だった。

 俺はこんな形で、エースになりたかったのではない。練習で張り合うのも、自転車で坂道を勢いよく下るのも、帰りに寄り道して食べる肉まんも、すべてなくなった。

 大会の前の夜、体育館にやって来た彼はやはり足を引きづっていて、俺はちゃんと笑うことができなかった。

「俺の分も、がんばってよ」

「……俺はさ、エースなんて向いてないよ」

 彼を困らせるつもりではなかったけれど、それくらいしか返す言葉は見つからなかったのだ。

「おまえには、一生勝てねえわ」

「そんなことないって」

 あるよ、おまえは俺の中で、今でもエースのままなんだよ。

 声に出すことはできなくて、俺はバスケットボールをなんとなく触りながらうつむいた。彼もそれ以上、なにも言わない。いつもは喧騒に包まれた体育館が、俺と彼のふたりだけのものになって、心がちくちくと痛くなった。

 新しいチームは二回戦すら勝ち取ることができず、俺たちの夏はあっという間に終わってしまった。心のどこかでわかっていた負けに、俺は泣くこともできなかった。

「ありがとうございました!」

 観客席を見上げたそのとき、俺は初めて彼が見に来ていたことに気がついた。ひとりで座る彼は、俺よりもずっと悲しそうにしている。

 ああ、そうか。おまえだって、俺たちの背中を見てくれていたんだな。

 遠くで笑った彼を見たら、途端に泣きたくなってうつむく。俺たちの夏は二度と来ない。それだけが、痛かった。

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