六章:白銀の剛腕との闘い Part1


第6章


『あっちへいってきます。銭形に相談』と書かれた手紙の下記に『アカリちゃん』とひらがなでなんとも幼稚な字で書かれていた。自身を『ちゃん』付けするクセも治すべきだな……。

 多希は、この別離ともとれる手紙に苦悶した。

「銭形……ってだれです? まさか、おにぃちゃん……ぇ、ぇええん―――」

「ヘンなこと妄想しないでください!」

 さすがに愛しの妹からこんなえっちな言葉を聞きたくない。てか、命に代えてもいわせない。いわせようとする奴は殺すかもしれない。

「で、では……銭形ってだれのこと?」

 朝っぱらからどんなだけ密な会話をしなきゃいけないんだ。

 プンプンしながら顔を赤らめる多希さんもかわいいが、どちらかといえば晴れやかで笑顔の多希さんのほうがボクは好みだ。だから……テレビをつけながらごまかす。

「お金を恵んでくれる……素晴らしいス、スポンサーですかね」

 ………我ながらもっとよい言葉はなかっただろうか?

 それを勘違いするのは、言葉の綾というもので―――

「そ、それって………バカバカバカぁッ! あれじゃない! どうして止めないの? 慌てないの? 助けてあげないの? こんなおにぃちゃん大っ嫌い!」

 お皿が飛んでくる。その上には焼き立てのベーコンと目玉焼きを乗せたトーストやウィンナー。コーヒーがはいったマグカップなど……いわゆる作り立ての朝食をそのまま投げつけてくる。

 ガシャ――ンという不協和音に次いで部屋中が散漫していく。

「誤解だ。銭形はそういう女の子にお金を恵んでいやらしいことをする人間ではない。そう、タイ●ーマスクって知っているだろ?」

 そのせいで、ボクの今日の朝食はなくなった。

 妹を落ちつかせるまで、それなりの苦慮と時間を要した。

「もう片付けはボクがしますから……さきに高校へといってください」

 さすがに妹に対して仏の心のボクだが……ときには気がもまれることもある。それに……頼むから大っ嫌いとはいわないでくれ。かなり落ちヘコむから。

 ほとんどのぎゃふんとした原因がこの一言のせいだ。……なにこのくそメンタル。

「ご……ごめんなさい、オサム兄さん」

 とにかく謝りながら、多希は玄関から飛び出ていった。

 まさに、兄の気持ち妹知らず……ちょっと言葉にムリがあるな。が、世の中そんなもんだろう。

 そうして、ニュースしか流れなくなったテレビに耳を傾けていると―――まさか、あのIDEAでの事件が流れるとは思いもしなかった。

 まずは昨日、銭形がでっちあげたイカサマニュース。

『フランス世界ダービンに手違いで出場することになった日本馬が世界各国のあらゆるサラブレットたちを抜き、まさかのワン、ツーフィニッシュを決めましたぁぁッ!』

 唖然というか……ある意味で目が覚めるニュースだった。

 それら魔術ズルを、あのIDEAというゲームとは思えない架空世界で、銭形という男が施行するところをまんまと見せつけられたのだから。

 そして、銭形はこのようなゲームから現実への改編を阻止してほしいとか。

 笑える………というか、マジでムリ。

 できることならこのまま、アカリという無知な外国人のような美女を育成するだけの日々を過ごせればいい。そんな日常平和な思考に辿りついたボクを誰が責めようか?

 だが―――この考えのあまさは一蹴する。

『第六首都に決定予定の埼玉県越谷市で、高校生を含む六名以上の行方不明事件が発生しております………今まで、確認がとれた行方不明者は以上になります―――』

「――――――は?」

 このあまりに見覚えあるニュースに、首が固まった。

 そして、行方不明者の顔写真にあろうことか、あの金髪豚野郎の姿も映し出されていた。


 **

「ああ、もう来る頃だと思っていた。榊原の事だろ? そうカリカリしていると血圧が上がるぞ?」

 銭形は今朝と変わらず死者が蘇るRPGではおなじみ十字の下の教会にいた。

 その片手には西洋らしい赤ワイン……ではなく日本酒、そんでここを旅の宿かなにかと勘違いしているのだろう。棺桶の中でちびちびと酒をすすっていた。にしても、ゲームの世界でも顔が赤くなるのは不思議だ。無精ぶしょうひげの中年は赤く染まっている。

 銭形はワケを話し始めた。

「開放する……約束はしたが、現実あっちに帰すとは一言もいっていないハズだ。それとも、君が考える『開放』の中には榊原くんが戻ることも含まれていたのか?」

 コ、コイツ、マジで言葉だけじゃわからんようだな。

 そういや、棺桶の中でヒットポイントがゼロになったらどうなるんだろうか。なんとなくだが、オプションから武器を取り出す。Tomorrowのグリップを確かめてみた。

 さすがに銭形も苦い表情を浮かべる。

「いや、冗談は過ぎたのは謝ろう。……すまなかった。こちらも手違いがあってね……。榊原くんだが、アホな奴らに捕まっちまったんだよ。ほかの高校生も含めてな」

 そんなことだと思った………………へ?

「なんか銭形さん、さらりとマズいこといいませんでしたか?」

「いや」

「すみません、ボクの耳が悪いんですかね。もう一度いってもらえませんか?」

「あぁ、そうだったのか。どうりで話がかみ合わないハズだ。では、もう一度。現実世界から六名の旧人がバカたちに誘拐された。まぁ、すでに現実に影響を及ぼしちゃったらしいな……マズいなこりゃ」

 ……まぁ、コイツと話が合わないのはこれに始まったことではないだろう。

バカとアホの違いはさておき、だ――――――

「だったら、酒なんか飲んでないで仕事しろよ? なにが社会更生者だぁ? 現実とIDEAとの問題を起こす次元犯罪者を阻止するだぁ? ド●えもんにでもなったつもりか? てか、あの青狸のほうがよく働くわ! おめぇ、あんだけスゴイ異能力を見せチラかしてコノザマかぁ? ああ?」

 それで、ボクは完全に忘れていた。

 ボクも、この一部に強制加入させられたということを―――

「つまり、それは君の過失でもある」

 銭形は、ビシッとおつまみを拾う箸をこちらへとさした。

 つまりは、こういうことだった。

「さっそくだが、君はある男とツーマンセルを組んでもらうよ。すでにアカリは現場に向かっている。現実班は……今回の件に関しては必要ないとみた」

 そして、もうひとり―――あのイケメンがボクの前にあらわれた。


 現状を確かめておこう。

 昨日、ボクや榊原がこちらに強制ログインをさせられた理由は―――流という少女が所持していた『違法ゲート』が原因らしい。

 GPSにより電子地図で自身の位置が把握できるように……IDEAの世界にも現実での基点が密接に結ばれている。たとえばだが、IDEAは何世紀もの前の世界の現世うつしよの形であることは、すでに説明したと思う。ボクたちが正式なログインという行動をおこなうとき、最初に訪れるのは自らが暮らしている街の宗派施設内部の入口ゲートとなる。

 だが、違法ゲートはそれら座標にあわせて、現実にもログイン入口を形成する。そのせいで、できあがった違法ゲートへ偶然にも通過してしまったボクらは、このIDEAに迷い込んでしまったのだ。そして、強制ログインしたのはボクらだけ……ではなかった。

 そう黄色とモスグリーンのチェック柄のワイシャツに濃いジーパン、レッドウィングのブーツを履いたカムイは説明した。

 そして、ボクらは、今から榊原を攫っていったあるギャングを倒しに行くらしい。

 しかも、ゲームの世界なのにケツが痛い旧型電車で。

 あえて加えるなら、昨日、ボクらの記憶を消そうとしたイケメンさんと……。

「だいたいは理解した。だが……カムイさん。ならどうしてボクらは秋葉原に強制ログインされたんだ?」

「地球の基点がズレたんだ。おおよそ五十キロほど南にね。原因は十年前、東京都が第二の戦禍に見舞われたときね―――IDEAは現実とのかかわりが大きいから」

 あ……あのときね。

 ふと思うことはあったが、窓の外をみた。ザラついたコンクリートジャングルに似合わず、大昔の人々が創造した未来の乗物が宙を舞う。

「なぜ電車は古い? んで、時空転移テレポーテーションぐらいはあってもよい気がするが―――」

「いいのかい? 私は気にしないが、アレは『リアル3Dプリンター』と同じ原理だよ?」

「―――ンゲッ!」

 思わず目が覚める。

 みなは『リアル3Dプリンター』をご存じだろうか? 五十年前、ドイツの生物学者と今はなき日本の映像機器メーカーの共同開発により、世界各地にあらゆる物体を時空転移テレポーテーション……することが可能とした世界最高峰の技術の結晶を―――人の手が神を追い越した………そう騒がれた。――おそらく。

 だが、実態はこうである。

遺伝異レベルでの複写コピーと“すりつぶし”《ペースト》。複写コピーされた物体は、遺伝子や構成化学物質をミクロン単位で細かく調べ上げられる過程で焼失………

販売にまでにこじつけたが、あらゆる問題が起きる。

 ―――あまりに高価であり、特殊の機関以外の買手はつかず、

 ―――高級食材の偽造。

 ―――生物も創造できるが………記憶までは転移できず、死に際のペットを複写とすりつぶしをおこなった飼い主が、この映像メーカーに訴訟を起こした。


 まぁそんな具合に………

「フザケルなッ! こんな殺人プリンターだれが使うかよッ‼」

 カムイは、それに追い打ちを掛けるように、ボクの肩に手をおく。

「まぁ、教会送りも同じ原理なんだけどね」

 ―――――え?

 ということは………もしかして?

「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」

 まるで童貞どうていを奪われた気分だ。

 あの黒髪の乙女、ボレボの制服を着たながるという少女に―――あ、なんか元気出てきた。

 だがまぁ、得体の知れない悪魔に乗っ取られたように、ふしぎとワラいが止まらないのはなんでだろう……あ、あははは、アハハ―――。なんかどうでもいいや。

「………っふ」

「い、いや……冗談だって。そもそも、ここはゲームの世界なんだから、自分の身体の在り方も違う。それに、IDEAではデリート機能が一番セキュリティーにうるさい部分でね」

 倫理性に欠けることはスベテ排除していると、カムイは付け加えた。

 ただ、カムイという男を信じられない。

「アンタ……本当にボクたちのミカタなのか?」

 昨日の脅し文句も然り―――今の殺人プリンター問題も然り―――

「まぁ、私たちは最初から君たちの敵ではないからね。さすがに昨日のあの言葉は……面白半分にふざけ過ぎたか―――いや~、すまなかった。でも、これぐらいのレクレーションがなきゃゲームなんてできないだろう? オサムくん」

 コイツは、限度というのを知らないのだろうか。ただ……ボクもプロゲーマーとしてヒトのことはいえないのかもしれない。

 

 カムイがいうがまま、ボクらはボクがよく知る……マッタク知らない駅に降りた。

「………………」

 薄汚いシルバーの板に囲まれた駅のホームには、『越谷駅』と記載されている。ここが、ボクが生きている居住区の過去の世界。その中に蠢く人々は、今と変わらぬ生きた人間のように見えるが―――デジャブにも似て、どこか殺伐としていた。

 この風景が、今はないボクが暮らす原風景げんふうけいと認識しているせいかもしれない。

 カムイは、慣れた手つきでこの駅のロータリーへと進む。あちらの街(秋葉原)でも気になっていたが、このヒトたちはいったい………

「NPCだからって、ヒトはあまりみないほうがいいよ」

バスを待ちながら、カムイはいった。

「NPC……ノン・プレイヤー・キャラクター。このヒトたちがか?」

 簡単にいえば、ヒトが操作していないキャラクターをそう呼ぶ。

 だが、このあまりに出来過ぎた仕草や表情……いったいどのように支配しているのか。

「この世界(《IDEA》のNPCは、主にこの時代を生きた人間のデータからできている。オサムくんは……日本人最後のノーベル物理学者の研究を知っているだろう?」

 それは……実をいうとゲーム好きの人間から言わせると愚問だともいえる。

 なぜなら、この男の技術が……あらゆるゲームの発展だけでなく、世界を取り巻くあらゆる可能性を切り開いたといっても過言ではない。

「完全なる(Perfect)電子(electronic )脳(brain)の研究……そして教授の名前は上谷かみや きょうすけ

 それは、今現在ではごく普通と見なされている技術の一つではある。

 情報を凝縮する技術は、日本の得意分野といわれる時代がたしかな昔に存在した。この研究の第一人者『上谷 恭介』という科学者は、第XX回ノーベル物理学賞を取得し、後世に名を轟かせることになる。ボクも、義務教育でそれについて多く学んだ。

この技術はゲームのNPCや車の自動運転、高度な案内掲示板だけでない――医療分野でも、脳を媒体とするホルモン異常疾病、五感異常をまるで人知を超えた神の力のように治療する再生医療としても使われた。ただ、それら賛否両論はどこにでもあったようだが、

 そして、カムイがいいたいのは、

「このNPCも、彼らと同じ……いやそれ以上だ。このゲームが開発された時代からすでに、旧人たちと同じだけの知能をもった……完全なる(Perfect)電子(electronic )脳(brain)を所持したNPCがこのIDEAには存在する。そして、私たちと同じく生きるために生活し、葛藤し、仕事をする。もちろん疑似的だが生殖だっておこなっている」

 ということは、このゲームのNPCが素の人間と同じ脳を持つといっても他愛無いということだろうか? 人の思考レベルを忠実に再現した回路は、ただ記憶、記録を合わせるだけでは再現できない。あらゆる結びつきで記録をし、使わなくなると忘却していく。その過程を一から説明したらキリがないが、

 ―――二十一世紀にはすでに人間の思考を取り込んだNPCが存在したのだとしたら………

 なにやら、このIDEAはゲームという範疇はんちゅう凌駕りょうがしているのは確かだ。

 

 バスがきた。

 それから何駅か……ボクたちは『越谷東中学校前駅』荒川河川敷の手前で下車をした。ほぼ地元。というか、

「二度と来たくなかった」

 そりゃ、リア充でもないボクが義務教育という荒地によい思い出などあるものか。ここがわが母校、自身が通っていた中学校だ。

 この場所もほぼ未来と変わってはいない。ただ…大昔にはここは工場があったのか―――さきほどから、蒸気機関車の水蒸気とレール上を引きずる音がする。

 が、すでにこれが異変存だったのだろう。

 地面が揺れ―――ドシドシとした響きが河面を波たてる。その騒ぎの中をNPCと思われるヒトたちは平然と日々を過ごしている。

 まるで、それが日常であるかのように通り過ぎる。

「いくよ?」と話し掛けたカムイに疑問をぶつけた。

「いくって……どこへ?」

 きまっているじゃないか? そう、揺れる物体オブジェを指さした。

「元越谷市立というべきか? 有栖警備隊がいる越谷国立東定時制中学校にだよ」

「東中学………」

 我が母校、東中学ね………

 たしかにこの場所……ボクが通っていた中学校が健在した土地で間違いなさそうだが―――まるで鋼鉄の要塞が湯気を吹きながら……二足歩行で歩いている。

「こ、こいつが過去の―――東中?」

「………冗談、こんな中学あると思うかい?」


 カムイは、右手を構えた。「我が名はカムイ20730719」

 発言が引金トリガーとなり、カムイは西洋魔術師のローブを纏う。その手には大樹の杖が握られた。

「オサムくん、君の意見を聞きたいんだが?」

 カムイは続けさまにオプションの『お気に入り』からとある魔術を選択した。

「私は、ラノベというジャンルではバトル系よりもコメディーのほうが好む」

―――オリジナル魔法: 竜●ドラ●スレイブ

 まったくオリジナルじゃねぇッ!

「ぁ、アンタはいったいなに考えているんだ?」

 さすがにボクでもこの呪文の名前ぐらい知っている。 

―――かつて、オタク向けに開発された軽い小説ラノベというものが世の中には存在した。

それらサブカルチャーを世に知らしめた―――伝説の女魔術師が悪魔の力を行使して発動する禁断の魔術が………たしかこんな魔術だった。この破壊力は………いうまでもなく、

「はやくこんなバトル展開なんか終わらせて、学園編にでも突入したほうが読者にウケると思わないかい? それに、アカリから私も相談されてね」

「ぁ、アンタ、バトルを好まないとかいいながら、こんな物騒な呪文使うんじゃ―――」

 そうか……

いってしまえばボクも流に同じ手を喰らっていたのだから理解するのは難しいことではない。要は……殺せば『教会にいく』→『確保』という具合に、


「黄昏よりも暗きモノ、

血の流れよりも赤き―――(自主規制)」


 詠唱を終えると………あたりに一面が―――

 わかりやすくいえば、まわりのあらゆるものがぶっ飛んだ。

 まちがえなく……あの呪文と瓜二つ―――いや……どこまでが、著作権侵害になるのだろうか? 怖くてそれ以上は説明できないや。

 この街一面を呑みこんでいき、スベテを消し去った。ボクら後方を除いてだが、

 あとから、砕け散った瓦礫がれきが砂埃を含みながら空から舞い落ちてくる。それら流星を眺めながら……とにかく唖然、以外の言葉が見つからない。

 これが対戦ゲームなら、チートもいいところだ。

「まぁ、あとは頼んだよ。オサムくん……」 

「た、頼んだもなにも……スベテ消し去っているじゃねーか」

 倒れこむカムイ……おそらく原作からいえばマジックポイントを使い果たしたのかもしれない。このIDEAでもマジックポイントを超過した場合、ヒットポイントなどの生命エネルギーから代用できるのだろうか?

 ただ、眺めてみる。

 どうやら、倒れこむのはカムイの演技か? 説明しなかったが……プレイヤーのヒットポイント、マジックポイントはターゲットを注視することで確認できる。

 カムイLv588、HP98768999 MP500

こういうチートくそプレイヤーはシカトでいいだろうか? とにかくもぅ、事は済んだ。そう――――――ボクは思っていた。

「いや―――」

 耽(ふけ)るカムイの目線を追う。

 そこには……あの進撃にも関わらずに、宙に浮かぶ謎の黒白ゴスロリファッション。

 ―――ッチ とでも言いたげな口の歪みが、この遠くからでも理解できた。

 そして―――

 少女の手には、白銀に瞬(《まばた》く細いなにかが、

「来る…………白銀はくぎん剛腕ごうわん

 カムイの忠告の瞬間に解き放たれた。

 唯一残されたボクらの歩道が、砂嵐に見舞われる。カムイがとっさに形成した透明障壁バリアー以外は―――まるでガトリングガンのスコール。あたりが巨大な大穴がいくつもできあがる。

「―――よう、カムイ。やってくれんじゃねーか?」

 それは、さきほど宙で見た可愛げのある女性の声とは思わなかった。が―――煙が去るにつれて、この声の主がかの女のモノだと気がつく。

 腰まで伸びた眩しく輝く白銀の髪、男心を魅了する白と黒のゴシックなスカートはパンプスのように膨れ上がったキュートなドレス……だが、その目は違う。

 まるで一匹狼―――魂さえも喰らう獣の目だ。

 カムイは、よっこらせ……とオヤジっぽいことをいいながら、この微笑みで女をたしなめる。

「いやぁ、偶然ですね有栖。キミが城の主だとは………思いもよらなかったよ」

「―――ッチ……。毎度毎度、こちとら鼓膜が破けそうだ」

 そうふたりは知り合いなのか………それだけは理解できた。

 が、カムイはその涼しい表情とは別に……ヘンなテレパシーを送り付けてくる。

『ごめんッ! もうマジックピーないからっ! ヘてぺろ☆』

 そんなこといいながら、よくもまぁマジメな顔できるな。てか、ホントにないようだ。 

 つか、これはおそらくもなにも………ボクに闘えってことか?

 オプション→:tomorrow。コレが唯一のボクの武器であり、身を守るすべ。ブロック状のデジタル信号から、未来型銃が形成されていく。

 それを眺めながら、有栖はケタケタしく笑う。

 まるで、漏れる声が抑えないほど、かの女は豪気な性格らしい。

「フッははははは! なんだいこの銃? こんな弱々しい銃で俺に勝とうってかいっ! 自己紹介が遅れた。スポーツマンシップとでもいおうか? これでも俺は律儀な奴でね。俺は有栖警備隊の団長……市川 有栖アリス。覚えときなっ!」

 なんか、美化したラ●ュタのババァかよ……そんな愚考が舞い降りる。

 が―――さきほどの自己紹介が正しければ、この豪気でキュートのババァぐちが、あの違法鏡の取引や現実からボクらを誘拐した次元犯罪者のボス………有栖警備隊の有栖……なのか? だとしたら―――

「おいこの可愛いフリした悪魔ッ‼ よくもこんな面倒な世界に巻き込んだなッ!」

 そんな言葉が………有栖を鈍らせた。

「それは―――スマなかった。だが、じきにその理由も納得する。逆に―――カムイとお前たち社会更生者たちに問う。なぜ俺たちの幸福を奪うんだ? お前は、お前たちと同じはず。この世界にしか生きれない奴らを……どうとでもいいと思っているのかッ⁉」

 この懇願こんがんともいえる苦し紛れの嘆きが静寂と崩れた街に鳴り響く。

 カムイも、それを理解しているのだろうか。

 言葉を考えるようにピクリとも動かずに、有栖を冷めた微笑みで一蹴した。

「………IDEAはあくまでもゲーム世界。いつまでもいられる場所ではない。それに他人を巻き込む君のやり方には賛成できないな。もしそれが――一般的な正論だとしてもね」

 それは―――有栖の、相手との言葉の通じない歯がゆさか―――もう一度大きな口のゆがみ、舌打ちがした。そして―――― 


 有栖は踏み込んだ。この一歩が……気づいた時にはカムイの足元を掬われていた。

 ―――なぜこんなに早いッ⁉

 音もなく、瞬間移動でもしたかのような如く疾走だった

 このゲーム、IDEAでのパラメーターは、各個人の基礎体力を準する。また、レベルや装備によってほぼ能力が左右されるシステムではない。

ただ、レベルが異常に高ければ……それさえも覆すことができる。が―――カムイとの戦闘意思表示によって有栖を敵と見做みなしたとき……かの女のLvが表示される……思わず目を疑った。

 ―――この有栖が「Lvが58って………」

 それは、このIDEAで半年も満たない数字だ。かくして……カムイのLv588に比べればにわとりとひよこほどの差があるのは一目瞭然なのだが、

『カノジョの手には―――気をつけろ⁉』

 カムイは半回転の宙の中でテレパシーを送り付けてきた。

 その意味が―――理解できない。が、仲間がヤラれて、黙っているボクではない。

 反射的に腰あたりからの“抜き打ち”《クイックドロウ》が、未だに足払いの態勢を保持した有栖へと向けられた。この一撃は……完全たる死角だったようだ。

 一閃が―――有栖の背中へ喰いこんだ。

「――――――うぅ………なぜこんなに威力がぁ……ゲホッ‼ ホッ‼」

 背を撃たれた有栖を、数十メートルは転がした。嗚咽をしながら、現状況が未だに理解できないのか、かの女は自らのてのひらを睨めつけていた。

「さすが! クズでサイコパスの野●のび太くん。迷いなき一撃だったね。しかも、女のバックを狙うなんて……性格どうにかしているよ」

「これが助けられた人間がいうことかッ!」

 そもそも、どうしてコイツ(カムイ)がボクのあだ名を知っているのだろうか……。

 どうやら、この非現実にもボクの居場所はないらしい。

 カムイは砂埃を払いながら、手元の杖を有栖へと向ける。

 が、態勢を正しているのは、有栖も同じことだ。

 その目が、一匹狼のその目には―――怒りやプライドに満ちた念を孕んでいる。いや―――それだけではない。ボクは、この目の正体を知っている。

 自らの信念をつらぬく者の目には魂が宿る。

 勝ち負けなどではない。そこには、勝利以外に自らを証明するに値する価値観は存在しない。それは………自身以外のだれか大切なモノを……守ると決めた他愛のトゲ

「ま、マズいですね。アレが来ます………」

 カムイはマズいというワリに落ち着いた丁寧な口調だった。

 有栖は自らのドレスから腕ほどの長さのある大針を取り出した。その先を持ったまま、頭の上へと大きくかぶりをみせる。―――そうだ。あのフォームは……野球のピッチャーの投球するときの構えだ。

 ということはおそらく……さきほどのガトリングの雨がくるのではないか―――この戸惑いの裏に、あらゆる憶測が飛び交った。

 ―――もしもだ。

 さきほどのガトリングの雨が、有栖が無造作に投げ入れただけの破壊だったとしよう。

 では有栖がもし、この一投に全力を込めて―――この鉄の塊を投げでもしたら、この破壊力はどうなるのだろうか?

 一般的に考えれば……あまりに光速にモノが動いた場合、その物体が先に壊れてしまう。なぜなら、光速でモノが動いた場合、それによって発生する摩擦や熱で、物体は燃え上がり消えてしまうからだ。

 が―――しかしここはゲームの世界。いってしまえば、既定のルールを変換することが可能であり、銭形やカムイがみせたように時間の流れさえも変えることができる。

 本題に戻ろう。

 この議論は知っているだろうか。もし光速移動する壊れないマシュマロがあるとして、それが地球を貫通したらどうなるか……。

 答えは………

 ただ、地球を貫通するだけではない。そこからできあがった風圧や摩擦は……地球を一瞬で崩壊する。物理学上、そうらしい。

「もしかして……オサムくん。イチローが地球を破壊する動画見たことあるかい? これって、この世界では可能な事なんだ。まぁ、物理学的に説明すると―――」

「いや……この説明はいいや」

 カムイがいっていることはわからんが、おそらくイヤな予感は的中らしい。

 そして、この避けようがない滅びを―――ボクはただ見守るしかなかった。

 死んでも大丈夫………といわれても、未だにこの窮地きゅうちはなれたもんじゃない。

「―――二度と俺の前にあらわれるんじゃね――ッ!」

 そう有栖の一魂がボクらへさし抜かれた。

 有栖はからぶるように、勢いのまま前のめりに倒れると―――地面が裂け、世界が白色に染め上げられる。

 ボクは目にも追えぬごう投球とうきゅうに………教会行の切符を待つしかなかった。

 目の前に金髪幼女をみるまでは――――――


「金髪幼女と………流ちゃんもか」

 流に背負われるアカリは、どこからどうみても子供―――そして、地面へと降りたアカリは、自らの足で有栖へと近づく。

「残念です。アナタのバグ技『“炎の一投球”《ファイヤースロウ》』は光速light speedではない。あくまで風属性と炎属性を混合したノーマル物理攻撃では、わたしの光魔法ライトには勝てない。この速さの違いを教えましょうか? わたしの光速が一秒あたり四十万キロに対して、あなたのホンキはせいぜい十万キロ。地球を一周ぐらい」

 そして―――アカリがいい終わるときには、バタンッと倒れこんだ有栖。

 アカリのあおい目が―――市川 有栖を支配した。

「―――ッチ、ちくしょう………」

 次こそ本当に……終わったのかもしれない。

 大きなため息に、アカリが不思議そうな碧い目をこちらへむけた。

「金髪の男性なら、もう現実へ戻しました」

 アカリは颯爽さっそうと―――有栖を無視し、そして、ボクの表情をうかがうようにみた。

 幼女のボサボサで長く金色の髪の毛でも、風は美しくきらびやかになびかせる。

「オサム………」

 おそらく―――ずっと朝から、アカリは気になっていたことが、あったのだろう。

「彼は……さっき助けたサッキー(※おそらく榊原)はわたしと同じ毛色をしていました。同じ血筋、なのかもしれませんっ!」

 ん――――――ハハ、

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