五章:何百年前から届いた運営メール


第五章:


『ようこそ! 我らの理想郷

 IDEAとは、ギリシャの哲学者プラトンの言葉である。

 元をたどれば『カタチ』や『スガタ』、由来としては『みる』という動詞である『idein』という意味である。


 ヒトはこの世界(地球)に生まれてくる前にはかならず、神さまによって彼らには別の世界での疑似的生活訓練がおこなわれます。そして、こちらへもう一度生まれ変わるとき、この別世界での記憶は抹消されて、その後、地球のヒトとして転生するのです。

 だが、これらの失った記憶はクオリアとして脳内に残留し、それらは消えない記憶として我々に視るモノの形状や色彩に懐かしさを憶えさせます。(※日本語では「愛着」という概念で説明することが多いです」)


 ARゲームIDEAとは?

 科学者でありプログラマーでもある上谷恭介を中心とした『若者育成国家プロジェクト』の一環で、20XX年の職業難や教育不足による社会現場での人手不足を補うために開発された二次元コミュニケーションツールのことです。

マッタクもって現実と変わらない実在的リアルの職業訓練をおこなうことで、以前の訓練システムでは成し遂げることのできなかったより実践的なコミュニケーション教育、かぎりなく即戦力に近い人材の育成が可能となっております。


☆お知らせ

 IDEAの多様性に着手して、今後十年以内には『職業訓練』『医療』『ゲーム』という三つの媒体へ分類していきたい所存です。特に『医療』に関して、ガン治療などの末期医療や外傷をともなう重大なケガに対して『アバターシステム』による疑似的人体による痛覚の緩和が注目されています。今後とも我がチーム一同、みなさまが安全な二次元生活を送れるように心がけていきたい所存です。               2073 年X月XX日』


 これら内容が、この携帯型『入館パス』に送信されていた最後の運営メールだった。

 寝る前に、ボクは気になって銭形から渡された入館パスのデータを確認していると、このような化石を見つけてしまった。

 ……コレ、もう何百年前のメールじゃねぇか。

 そう思ったモノの、そんなことでアカリからIDEAの世界観について催促するワケにもいかず、ボクは自室のデスクで寛いでいた。今日のゲーム大会での考察をパソコンにまとめる必要があるからだ。そして、ノートパソコンを起動しようとしたとき、液晶とキーボードの間に茶封筒があるのに気がついた。

「ふ……深町ふかまちからか?」

 深町とは、ボクとともにゲーム大会に出場するためチームを組んでいるメンバーのひとりだ。いちおうには、深町ともうひとり、樋口ひぐちという男と三人で『越谷2070』というチーム名で活動をしいている。

 この茶封筒の片隅には小さく『宗教法人:南無古ナムコ』と印刷されており、中身はいわずと知れた………友のやさしさになみだしかない。

「よ……よかった。マジでよかったぁぁぁ………」

 思わず、中に入っていた小切手をほおずりした。

 それもそのはず………。両親たちを失ったボクと多希は、この母たちが残した一軒家での生活をする代わりに親族からはいっさいの資金援助を止められていた。ボクらの両親は……父母ともに再婚だったため、親族はお互いに血のつながりのないどちらかを毛嫌いした。しかし、事故によって両親を失ったボクたちは、当初はお互いに違う家庭に引き取られたものの……気がついたらお互いにこの自宅へと戻ってきたのだ。

 ボクたちはこういう形で、どうにか家族として暮らしている。

 もちろん、食費や消耗品も、ボクらが高校へ通う費用も自身がゲーム大会で稼いできた賞金によって賄っている。時には、ボクは日雇いバイトもしてきた。大会で優勝どころか十位以内に入れなかったときや大会事体が中止されたときなど……この春先までの一年間は必死だった。

 こんな趣味の延長戦で、妹を養うことができるのか。

 本当に……妹を、大切なヒトを失うのが怖かった。

 今年の四月、妹の多希は義務教育を終えて、新たな高校生活を始めた。この費用を稼ぐために、今回のサバイバルゲームだけでない。『REAL(新時代) STREET(格闘ゲーム)』『ULTRA(次世代) MOTOR(バイク) CYCLE(レーシング)』『大乱闘ス〇ッシュブラザーズ』などの世界大会に乱入していった。

 成績は順調だったり、最低だったり……

 この中で、同じ趣味同士だった深町や樋口と出会うことになった。

 本当に、なぜこんなに深町たちが優しくしてくれるのか謎だらけだった。そもそも、どうやってこの部屋に置いたのかも不明だが、おそらく、勝手に侵入して置いたのだろう。深町も樋口も、この自宅には何度かミーティングのために訪れたことがあるから、ボクの家の事情や家庭については詳しい。


 自室のトビラが開かれた。  

 わずかに小さめな茶トラネコ柄のパジャマ。スラリとしたモデル体型に日本人とは思えない碧い目がこちらへと向いていた。

「……だれかここにいましたか? オサム」

 いつの間にか、アカリはボクを下の名前で呼ぶ。

 この言葉の髄は分からないが、ふたりの目が合わさった時だ。

「………多希もタカハシだから。オサム……でいいですか?」

 アカリは無垢なまま、そういった。

 そうか……当たり前だが、そうとしか応えようがない。それよりも―――

「それで、誰かいたってどういうことだ?」

 どう考えても、こっちのほうが気になる事態だ。

 知らぬ間に誰かいたってホラーだろ。それを……アカリが保有する異能力によって、察知したにしても、だ。ボク以外にこの部屋にいないはず……場合によっては、先ほどの感傷する場面を黙々と観ていたのか? 悪趣味にもほどがあるぞ?

「いえ……先ほど入口ゲートが開かれたと思ったので来たのですが……」

 入口……先ほど携帯型入館パスに備わっていた(プリインストール)されていた説明書によれば、IDEAにいく際に開かれる二次元へとトビラのことだ。

 まだ試したことはないが……『掌サイズほどの鏡』と『入館パス』さえあれば、どこでも侵入が可能らしい。犯罪に多用されるワケだ。

 ただそういわれると、違うかもしれないが自身にも憶えがあった。

「もしかして……コレをいじっていたせいか?」

 アカリの目の前へと携帯型入館パスをぶら下げた。

「さっきメールが届いた。何百年も昔のな。さすがに現実側のIDEAサーバーがどうやって起動しているかは知らないけど、そのときのなにかと勘違いしたんじゃねーのか?」

 アカリは氷結状態になったように動かない。

 無知のクセして無口って……ホントに残念な奴だな。まぁ……コレだけの異能力があれば、うまく現実では魔術ズルをして渡っていけるんじゃねーか。

 そう考えてしまったのが悪かった。

「高等教育って……知っていますか?」

 アカリは、そんな難しそうな用語(かの女にとって)で訪ねてきた。

 いよいよ、嫌な予感しかしない。

「……それがどうした?」

「多希から聞きました。この歳の青年たちはこの施設に通うんだとか」

「アカリは……あちらで学校に通わなかったのか?」

 そうだよな……。この学力じゃ通えているワケねーよな。

 さすがに視通みとおされないように横目に考えていた……はずだった。

「オサム、いいたいことがあればいってください」

 こ、これは完全にボクの偏見による尺度しゃくどでしかないよな。 

 謝るべきか……それよりも―――

「アカリは……その、学校に通いたいのか?」

「もちろんです。現実での教育を受け、魔法や体術についてさらなる強化をしたいです」

 ………コイツ、絶対になにか勘違いしているだろ?

「いちおうだが、アカリが思っているようなホグワーツとかウィンターホールド大学とかの魔術学校とは違うからな? まず現実こっちの世界では魔法とかは御法度ごはっとじゃないのか? 銭形から……説明を受けてないのか?」

「あ……、そうでした。新約で禁止されています。旧世界は、新世界よりXX年も技術の進んだ未来都市らしいですね。あと、違う価値観、宗教、技術が発達をしたって。その代わり、わたしたちが魔法って呼ぶこの力もココ旧世界にはなくて、またそれを使用してはいけない」

 本当に分かっているのだろうか?

「もう、何度も魔法を使っているけどな」

「………バレなきゃ罰せられません」

 さすがに、アカリの表情が歪んだ。

 焦っているのだろう。目じりに皺ができて、ひたい水玉みずたま模様もようがうかぶ。

 さ、さすがにルールを守れない衆知のなさと川と海さえ区別のできない学力のなさでは―――もし仮に機械仕掛けの学力(おそらく)で高校編入学に合格しても、この先の学校生活に支障がでるだろう。いや、まちがえなくイジメに合う……かもしれない。

「それは、その……。まず、四月までに待ってから―――」

「いや、今すぐ通いたいです! わたしはこの世界の事をまったく知りません。それでも、この世界で生きたい。だから……みんなと同じ経験して、みんなと同じ仕事をして……それで、ふつうの人間になりたいんです」

 アカリは、今までになく抗う。

 まるで子供のように与えられないことに嘆く。そして、自らの生まれを呪うかのようにその目には涙が浮かんでいた。

 ボクは、アカリが今まで過ごしていたIDEAでの日々は知らない。

 だから、こんなご時世だからとはいえ教育を受けることのできないアカリの気持ちを理解することはできない。身体だけがこうも大人になっても、その引き締まった胸がどんなに大きくても……目の前にいるのは、IDEAでの金髪幼女なのだ。

「わかったよ。ただ……これはボクだけがどうにかできる話じゃない。学費だって掛かるし、なにより受験だって―――」

「大丈夫……です。明日にもいろんな手続きは銭形にも相談します」

 本当にコイツは、どこまでボクの話を理解できているのか?

 そもそも、学費や受験という言葉の意味を理解しているのか怪しいところだが、結論からいうと……ボクが反対したとこでアカリの気は収まることはないだろう。

「そうかい。とりあえず、ヤル気があってもなくても、銭形に相談しな」

 まぁ、学費はこちらが工面するワケじゃないんだから、他に反対する理由もないだろう。 

「はい」

そのときには、アカリはすでに夢から覚めたピーターパンに戻っていた。碧い目が虚ろになり、しおしおと口を窄めて部屋から出ていった。

 だからというか―――次の日の朝、テーブルに置かれた手紙には驚いた。

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