三章:社会更生者のリーダ


三章:社会更生者のリーダ


 どれくらい寝ただろうか……そんなことさえ理解できないぐらいに頭の中が朦朧とした。それも無理もない。ボクは一度、ホンキで死んだと思ったのだから。だから、この反芻する過去の繰り返しは走馬燈と呼ばれる幻………さすがに本日三度目だから気づくわッ‼

「―――はあ?」

 白々しく目の前の板を開けると、ゆれる褐色の光に包まれた。

 寝ていたのが台形の長編をふたつ重ねた奇妙な形……ようするに『棺桶』だった。

 さすがに、死にたかった……というと、ご先祖様に顔をみせられない。まだ……生きれてよかったが妥当だろう。

 しかしまぁ、よくできたもんだ。

 アタリには何基もの棺。まぁ、この世界ゲームではRPGでよくみる『死んだら教会』というシステムを採用しているのかもしれない。気持ちよさそうにスヤスヤと皆さん寝ている。中には、先ほど光線銃で貫いたコスプレ集団も蓋を外して寝ていて(おそらく空調のせい)なぜか安心する。

 たしかに形的にも寝やすい場所だとは思うが……どうみても違和感がある。休憩所かなにかと勘違いしているのではなかろうか。

 おそらくもなにも、ここは夜の教会だろうか……木造の建物の奥には十字架。左右にてられた蝋燭の褐色でゆらゆらと十字の影が揺れる。

 もしかして、アイツ(榊原)もここにいるのかとあたりを見渡すが、彼の姿は見当たらなかった。

 その代わりに……ここには自分を刺した流と、先ほどとは違う無精髭の男がひとり。

 ボロな黒いコートに片手を突っ込み、逆の手にはなにかアルコール類だと思われるガラスコップ。その証拠に、男は偉く酔っているようにみえた。

「君の友人なら、仏教徒の霊安室にいるはずだ。ようこそ、IDEAへ。俺は銭形。社会更生者……といってもわからないよな」

 銭形は、手元にある飲み物をボクへと差し向けた。

 おそらく、飲むか? というワケだと思うが、

「アンタ、未成年に酒を飲ませる気か?」

 とツッコんで思う。ここが本当にゲームの世界なら、法律的にもなんとも問題ではないはず。どちらにしても、役職を社会更生とか謳歌しているヤツが、青年に酒を渡すとかどうなのかは別として。

 だが、銭形はヤケに面白そうにニヤりとした。

「おっとスマなかった。新約では、子供の飲酒も禁止されているんだよな」

 新約だって? なんのことだかさっぱりわからんが、

「そうか、ここから説明が必要か。『新約』というのは、まぁ、日本でいう新日本国憲法のことさ。まぁ、IDEAにおいて、以前の法律と現在の法は異なる。それを区別するのに、ここ十字の古き教えと新たな教えを区別する方言を模倣しているのだけれど」

 そして銭形はいう。

「君はここに来るまでいくつもの罰を犯してしまった。この大罪は、新約でいうところの死罪にも値するんだけどね。まぁどちらかといえば、こちらの世界では死ねないから永久労働。レ・ミゼラブルって映画を見たことあるかい? ジャンがたしか、妹の子のためにパンを盗んで、永久労働の刑に処されなかったっけ」

 まあ詳しくは、牢から逃げ出してだけれど。そう付け加えた。

「あの……実はアタイの手違いで、連れてきちゃったんだ……」

 隣にいた流が、バツが悪そうに横槍をいれた。

「どうやって?」

 銭形はかの女に顔さえ合わせずに尋ねた。まるで自身に尋ねているようでもあるのが不思議だった。

「あ……それはその……彼は友達なんだけど……、そうよ。手をつないでたら一緒に来ちゃったッ! なんちゃって」

 ボクは、<チゲェだろ。テメェがヘンな店で購入した鏡を部屋に置いといたせいだろ>と、

 流の嘘に、白々しい目線をかの女に向けていたが、

「流……」

 銭形は大して笑いもせずに、相変わらずに、なぜかボクのことを凝視していた。

 それが、『魔術』であることをボクは知らずに、

「あの鏡、あとで没収だからな」

「………ぇ。ぁ」

「没収………」

 その瞬間、流の顔が破顔し始めた。

「イヤーだぁ……‼ ねぇ、わかるでしょ私の気持ち。一か月以上も必死に学校に通って、アルバイトもしてやっとで買ったの。そもそも、どうしてオサムくんッ‼ アタイが必死にあなたを守ろうとしているのに……あああああああああああああああああああッツ‼」

突然、流はボクの胸倉をグラグラと揺し始めた。それがどういう理由か……ちょっと吐きそうで、それどころではないのだが。

「まぁ、事情はわかったよ。ただね……犯人が流っていうのは困ったなぁ。この場合、流。彼らの罰は、君が支払うべきだよ。………あの男どもだったら永久労働にでも処してやろうと思ったけど、流じゃな……どうしよう」

 こいつ今、さらりとイカレたこといわなかったか。

「いやあああああああああああああああああああああッ‼」

 未だに、流が胸倉を離そうとしない。

 まぁ、ダメになった美少女に色気はない……だから、そろそろ元の世界に戻していただけないだろうか。

 それからしばらく、

 流を宥めるのにかなりの時間を要した。その間に、コスプレ集団が棺桶から出口に向かうのを見送った。………ヤケに見慣れない光景だった。

「ぐすんッ」

 奥のほうで落ち込む流はさておき、ボクは銭形との話を始めた。

「ボクは現実に帰りたい。どうすれば現実に戻れる?」

「ああ、できるとも。だけど、タダでは渡すワケには行かないんだ。それぐらい君にもそれは理解できるだろ?」

「……金なら払う」

「いやいや、そういう事じゃないんだ。そもそも、現実オモテの通貨は“IDEA”《裏》では使えない。ここは、日本であって日本ではない。それは君にも理解できていると思うけどな」

 ではなんだ。

 言葉が通じるが、海外に放置させられているのと同じということか。

「じゃあ、どうやってボクは現実にもどりゃいいんだ」

「……さっきから話を聞けん奴だな。俺だって、君が困っていることぐらい把握しているよ。ただIDEAの法律上、君はいくつもの罰を抱えている。それが流のせいだとしても、認められるまでは帰すワケにはいかない。まぁ、流の重罪について法廷で……」

 銭形は突如として会話を打ち切った。誰かの死線、、を感じたらしい。

「……それは冗談だとして」銭形は一度、酒を口に含んだ。「アレだ、本当に本題だけど、ふたりには特例が降りることになった。ただ、高橋くんが望めばということになるけどね。

一年間、このIDEAと現実を取り巻く問題を『社会更生委員』として解決してもらいたい。無論むろん、タダではない。呑んでくれたら、かの女の終身刑はチャラにしようじゃないか?」

 これ、ボクは関係あるのか? 

「逆に、流はどうでもいいんで帰してください」

「ああ?」流。

「すみません。なんでもないです」

「……いや、その手があったか? 参ったな。人手不足を犯罪者で賄おうってのもよくない話なんだけどな」

「なんていいました?」

「いや、気にしないでくれ。でもね、この場合だと、君の免罪が晴れるまで最低一年はこちらでの生活をしてもらうよ」

「……いいたい放題だな」

「『IDEA』でのことを口外されるのを防ぐための特例証がなければ、君は現実には帰れない。もちろんあの彼も。これも『新約』。神の言葉だからな」

 それは詰まるところ、銭形の話を呑め、ということだろう。

 にしても、さきほどの銭形が提示した『帰るための条件』が脳を鈍らせる。

「銭形さん。さっきIDEと現実がなんちゃらっていったけど……、それはどういうことだ?」

「そうだったね……まぁ早い話が、バカがアホやったせいで、表とウラの関係が危ういことになっている。FF5やったことある? これの前段階というところかな?」

 ………なにがいいたいんだ?

「まあ、見てもらった方がいいのかな」

 そう言うと、銭形は教壇にあった黒板へと歩みはじめた。意外とこういう設備だけはちゃんとしている。と、思っていたが……それらスベテはボクの妄想のはるか先をいく『ゲーム』ということを忘れていた。黒板だと思っていた板がスクリーンへと変化し、そこにとある映像が流れ始めた。

「最先端だな」

「君にいわれると、オカしい気もするね」

映像は、どこかの競馬場けいばじょう。ただ表記が日本語ではなく、コレは……フランス語だろうか? 銭形の手元には馬券が握られていた。その番号は十三の『ワンダフル』と五番『雑魚さんホワイト』………。

「――うお、バカ……」

 そう思ったのは、言うまでもない。つうか笑えない。銭形の馬券に表記された倍率がおそらくほぼワースト一位と二位。いや、名前からして当たりそうもないネーミングだし……。

その隣で銭形は馬がスタート地点の柵へと馬が収められていくのを眺めていた。

 そして、銃声のような音が鳴り響くと、馬が次々に飛び出す。銭形が選んだ馬は思った通り、スタート早々に……一番後ろだった。

「はあ………」

 貧乏性びんぼうしょうのせいか、大金をドブに捨てる哀れさに呆れて物事がいえない。

 だが、この表情を視通されたのか、銭形は笑みにも似た嗚咽おえつを出す。

「まあ、観とけって」

 そうはいったものの勝負という世界には『限界値』というのがある。たとえば、日本人の体格的に短距離走は海外の選手に劣るとか。世界のサラブレットたちに日本の馬が勝てるワケないとか……。

 だが銭形は、これらハンデを覆すだけのズルを保有している。いや、あとから考えれば、この能力は『新人』と呼ばれる別世界の住人なら誰もが身についている魔術なのだ。

『世界の理』……それを意図も容易く覆すなんて、『ゲーム』の世界以外はありえない話、今までそう思っていた。

 銭形の腕から、アニメーションなのに妙に立体的な光の輪が浮かび始める。

時間列高速魔法time fast

 その瞬間からだ。

 ビリを走っていた馬が暴走を始める。それは、映像の早送り。次々と外回りから前を走っていた馬を追い抜いていく。

 そして、気づいた頃には画面上いっぱいに紙吹雪が飛び交った。実況のキャスターさえも言葉を失っていた。銭形が指名した馬がウイナーズ・サークルを歩き回る。その中で一番驚いていた顔をしていたのは、その馬に乗っていた日本人騎手だった。

 ボトン……と、上からスーツケースが落ちてくる。

 中身は、視ずともだいたいの予想はつく。

「あ……アンタ、いったいなにをやらかしたんだ?」

「そうだね。あえて言うなら、馬がパチンコでいう虹色に輝いた。それだけの話さ」

 どこの八百長の話だよ。

「いや、それバレたら犯罪だろ? どう考えてもイカサマじゃねーか」

 ボクだって、プロゲーマとして最低限のルールは守っている。

 だからというか、こいつのなんの苦労のない掟破りを見逃すワケにはいかない。が、

「そうだな。だけど証拠はない。それに今のご時世、まともに働くほうがバカげている。命をすり減らして死ぬまで奴隷。結局、親が金持ちだった奴らが土地や株、いい大学に出て、俺たちみたいな日陰ムシの苦労でメシを喰う。それがいつの時代も変わらない真実だと思うがな。まあ、そんな冗談はさておき―――」

銭形は目の前でスーツケースにてのひらを向けた。「――劫火ごうか

中身から、黒い煙が出てくる。

「まぁ、さっきもバカがアホやってと説明したと思うけど、要するにこのゲーム『IDEA』のデータが改ざんされて、現実に魔術や道具が作用されるようになっちゃったんだよね。君にはコレを止めてもらいたい」

 もはやコレは……ゲームじゃない。

 スーツケースを燃やした銭形はポケットからタバコを取り出した。「劫火」火をつける。そして、気さくな笑みをコチラに向けるが………冗談じゃねぇッ‼

「いやいや、コレを止めてもらいたいじゃねぇよ。無理ですよ? 意味わからんし、僕は魔法使いでなければ、一般の高校生なんだよ」

「いや―――」

 銭形はすでに、そのことを知っていた。

「君はプロゲーマだ。俺もゲームが好きでね。あの大会での戦いぶりをみさせてもらったよ。冷静かつ巧妙で、大胆かつ卑怯でゲスで……躊躇ちゅうちょなく初心者から武器を奪い、嘘も達者。ぜひとも、力を貸してもらいたい」

「―――ッ‼」

 つか、ほんとコイツはムカつく野郎だ。

 どちらにしても、嘘でも真でも『はい』といわなきゃ帰れないと判っていて、このような荒唐無稽な提示をしている。そもそも……これらスベテが真の目的、、を通すための『常套句じょうとうく』であることを、ボクは気づくべきだったんだ。

「ただ、いきなりは不可って理解はしている。だから、君の仕事はあくまでも補佐。俺の指示通り、まずはかの女が現実で暮らせるように補佐さえすればいい」

 銭形は、スタスタと十字架の元へ歩くと、祈るような優しい男の声が誰かの名を呼んだ。

「アカリちゃん、自己紹介してごらんなさい」

 今まで気づかなかった。十字の横にあるイスには、金髪の幼女が祈りを捧げていた。

 幼児体型に、ボサボサにふくれあがった長い金髪。うっとりとした眠そうな碧い目。

 蝋燭の小さな灯でも、この幼女のことは鮮明に思い出すことができる。

 ボクは……アカリと呼ばれた幼女と目が合ってしまった。

「アカリちゃん。十六歳です」

 こんな堂々と、自分のことを……ちゃん付けして呼んじゃったよ。

 アカリは、子供というには口調には夢から覚めたピーターパンのような落ちつきがあり、大人というよりは幼児の胴長のボディである。それなのに……なんだ? さっき、ボクと同じ年齢をいったような……。

 @@@


「まあ自己紹介はともあれ、これで役者はそろったワケだ。今からアカリちゃん、流、そして、高橋オサムくん、君ら三人はスリーマンセルで、『次元犯罪者』の捕獲に当たってもらう」

 ………は?

「はあ? どうしてアタイも………」

 一番に神前に嘆いたのは流だった。が、

「心に聞いてみなさい」 

「ぇ……あ、あはは………」

 銭形は、先ほどから変わらぬ笑みをみせているが、どうやら今が最高潮らしい。おそらくもなにも、今までのふたりを巻き込むための段取りがこの一瞬にあることは一目瞭然―――そしていうまでもなく、これは立場的にも心理的にも回避不可能な完全無比の言い分だった。

 が、ここで黙っていていいのか? というか、うまくまとめたようで、これらスベテが違う選択肢を提示しないようするための前置きじゃねーか。

 流や榊原には悪いと思っている。

 だからってボクはもう決めたじゃないか。

誰かに優しくすることで、大事ななにかを失うのが怖かった。それだけじゃない。それによって、誰かが傷つくのが怖いのだ。

 ボクが断ることで、かの女たちが危険な目から待逃れる可能性だって十分にありえる。そうだ。また、ボクはかの女たちを裏切り……

 が、その時だ。

「わたしも、現実にいってもいいの?」

 いままで、つまらなそうにしていた幼女が目を輝かせていた。

「ああ、そうだよ。ただ、現実はとても危なくて恐ろしいところだ。あのお兄さんのいうことをちゃんと守るんだ。けっして、うぐ……ッ‼ ケッシて、ヘンなおじさんのあとについてっちゃダメだからな………」

 銭形はそのまま裏へと消えてしまう。

 娘が嫁にいくんじゃねーんだから、こんなとこで泣くんじゃねーよ。

 さすがに呆れる。

「あ―――‼ 分かったよ。やりゃいいんだろ?」

 結局、ボクは自分を変えることができなかった。


 ハンカチ片手のおっさんこと銭形が教会へと戻ってくる。彼の手には四角いデバイスが握られていた。

「取り乱してしまいすまなかった。いちおうこれが携帯型入館パスだ」

 ボクは黙ってそれを受け取った。入館パスの形状は……、中学の教科書に掲載されていた近代初期の携帯電話に似ている。おそらくそれが元だろう。

 隣にいたアカリが、さりげなくくっついてきた。

「教会内にいるときだけ、オプション内の『ログアウト』がアクティブ状態になります。失礼、わたし、今までログアウトしたことなかったから………」

 その続きは話すことがなかったが、アカリには先ほどの狂プレイヤー性は消え去り、そのかわりに指先が震えていた。

「これを押せば……一緒に帰れるのか?」

 念のため、銭形へと問いかける。

 彼は、頷いて返事をした。

「じゃあ……とにかくいってくるわ」

 地元に帰れるのに、そのときにはこの言葉が妥当な気がした。腕にしがみ付くアカリに、心情を合わせ過ぎたせいかもしれない。

 銭形が、言葉を繋げる。

「オサムくん、アカリの耳を少しだけ塞いでくれないか?」

 アカリに目視で確認をとると、かの女はそれに了承した。

 立ち向いたアカリの小さな耳を、ぺたんと閉じる。そして、銭形はかたり始めた。

「アカリはIDEA生まれ、IDEA育ち。だから、現実のことはあまり知らない。君には迷惑を掛けるかもしれない。だけど、どうか頼むよ」

 それには、どうしても気になる点がある。

 どちらかというと、同情してしまった要因の正体が……気になって仕方がなかった。

「ひとつ聞きたいんだけど、さっきの泣きマネも演技か?」

「さあね」

 まぁ、こういうと思っていた。

「オサムくん。アタイはIDEAからあなたたちを補佐していく……と思う。そのうち、アタイだけの能力も教えるね。だから……その、ムリだけはゼッタイにしないで。アカリも」

 流の手がアカリの肩を掠めたときに、ぴくんとカエルのようにはねた。そういえば、この耳当てももういいだろう。

「もういいですか? それではタカハシ、お願いします」

 ボクは、アカリとともにログアウトをした。


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