二章:魔法使いと金髪ロリ

二章:魔法使いと金髪ロリ


 鏡が強く輝き始めた。

 ただ、こんな眩いイルミネーションに別に驚くことができない。というかは……思考が停止してしまっていた。そりゃ、こんなにも現実と瓜二つの世界がゲーム世界だなんて信じられるか? 宗教法人『南無古』では、未だにテレビゲームのような箱型のゲーム台が主流であり、また、バーチャルリアリティーは制度により禁止されている。そもそも、仮想A現実R

とは……いったいなんのことだ?

 ただ、中古品の鏡が連れてきた人物にボクの考えは胡散する。

 キャノン砲のような爆発音に振り向いていた。目の前に転がるように、事の顛末を招いた原因のひとりが、腰を抱えていた。

「ぁ……いたたたた……」

もはや、鏡という可愛げはいっさいない。

砂埃が立つ部屋の中、目を掠めながら被害状況を確認していた。そして、鏡に吐き出された榊原は壁に打ちのめされ、しばらく激痛との争いに励んでいた。

「だ……大丈夫ですか?」

 流は、可憐にもこんな田舎もんにも心配の声を掛けたが……ぇ? という小さな嗚咽が、彼女から漏れる。その手が僅かに震えていた。が、次第にその震えを押し付けるように、困った笑みを榊原へと向けなおした。


 ボクは……その隙に扉のほうへ足を向ける……。流というハイカラ風文学少女にムンムンな気分になっていたとて、先ほどの体力をすり減らすだけの限界バトルを忘れたワケじゃない。のだが、

「おい、高橋まてや」

背筋から伸びる大柄な声に、口を歪めた。

 またしても狂い始める発汗作用。指先からヘンな汗。ごちゃんまぜになった理性の歯止めがゆらぐ。

「人の恩は、ちゃんと受け取るべきだと思うぜ?」

 ……またしても、こいつは賞金云々をぶり返すつもりか? それだけなら、いっそ構わない。それによって、自身のやさしさという愚かさに気づく半面、勝負に対する甘さがよみがえるもんだから、詰まる所、黙っていることができなかった。

 今まで、対戦相手に冷たいフリだってしてきた。ときには冷酷に残虐な般若の心で、誰かの運命を断ち切ってきたのだ。こんな自分が、自身の生活を苦しめてまでこんなバカな榊原を救おうとしている。それが偽善であったとしても……救うと決めたモノを救えない恐怖は、自身の崩壊と―――似ているのだ。

「テメェは、自分の家族だけ心配してろッ‼ 木偶の棒ッ‼」

「はぁ? さすがに拳で語り合うしかなさそうだな⁉」

「ちょ……ちょっと待てよッ⁉ 落ちつけ? 言葉で解決しようぜ?」

「だから、オラはなんども言っているべ⁉ オメェの情けで手に入れたお金は受け取れなぇんだよ? オラはな、オラの力で家族を救うって決めたんべッ‼」

「運も実力だ……。これで、家族によいメシ喰わせてやりなさい」

「違う……」

 榊原は、突如となく泣き始めた。

その……田舎もんの純粋の涙は、汚いという簡単の言葉で片付けることができない。

「妹が……入院しているんや」

 その言葉に胸が締め付けられる。

「オラの妹は……。学校でイジメにあって、飛び降りた。だけど、どうにか生きることができたんや。でも、手足ともに不自由に……歩けるようになるにはお金が要るんや‼ どんな金でもええ。でも、だけども……涙が………。オラは妹を助けたいのに。こんなご時世に他人のやさしさに付け込んで、友人たちにも迷惑を掛けて……」

 榊原は膝から崩れ始めると、目から鼻から液という液が溢れ始める。

 心臓を掴まれた思いに言葉は出ない。妹を助けるために、同じような立場だったら……、ボクだって似たようなことをしたかもしれない。

 だが、それだけじゃない。

 誰かをイジめることは、決して許されることではない。それも判っているつもり……だった。

 ヒトはどうしても、誰かの上に立ちたがる生き物だ。蹴落としてまで這い上がろうとする。逆に、蹴落とされそうとする生き物はどうであろうか。

 ボクは、そのとき自身を失ってまで、己を守ろうとしていた。結局、その因果で、大切なモノを失ったのだ。このとき、残されていた絆を、糸を切るように容易く断ち切った。 

 今でも覚えている。

 バケツの大雨を頭から受けたかの女は、「大丈夫」とボクにはにかんだ。

 そのときから、ボクの歯止めは壊れてしまったんだ。


「だから、恥は捨てろッ‼ いちいちムカつくんだよ? 助けて欲しいんだか、助かりたくないんだか……ボクはな、そんなのどっちでもいい。だけどな、大切なヒトを助けられない苦しみを知っているのか? ……オメェみたいな構ってちゃんが大嫌いなんだよ? 助けてもらえるのに、その手を受け取ろうとしないだけでなく、自分からじゃないとダメだぁ? フざけるなッ‼」

 言葉を発するときに、自然と榊原の胸元を揺するように掴んでいた。

 感情が制御できない。悔しい。苦しい。自分がしてしまった贖罪しょくざいが、死ぬまで消えることのない十字架のように身体にこびりついていた。

 だがそれも―――束の間。

 ボクは………完全にあやまっていた。

 それらを見て、一番傷ついている人間が誰であるか、ボクたちは知る由もない。いってしまえば、一番傷ついているハズの誰かを置き去りにして感傷に浸ることは、とても滑稽なことなのだ。

 このとき、ボクは気づいていなかった。

 かの女の傷の深さも、正体も……。

 その怒りにはなにが含まれていて、なにがないのか。それとは違うなにかが、かの女を傷つけていたことを、

「―――ねぇ、アンタたち?」

 流の声がボクらの間を裂いた。

 ボクの胸倉をつかんだ手さえ引きちぎるほどの圧力が……かの女の覇気だけでない、なにか二次的要因と気づいたとき、ボクは瞬きさえ忘れそうになった。

 ―――流の足元から、突如となく爆ぜるように湧き出した疾風。

 流が纏うソレは、まるで現実とは遠く離れた西洋の超自然現象さえも超越する魔術師の力。感情を意のままに、物理学的理論を無視した疾風が激しくあらゆる布をなびかせる。ボレロのスカートからは、かの女の紺のスパッツが見え隠れした。

 そして、流の振り上げたこぶしが―――狭い部屋、ふたりに向かって間接的にそれが落とされた。

「いい加減にしろッッ‼」

 女の子がみせるピヨピヨパンチが……渦となり、白い糸を巻くかのような膨大な力になるまで、ほんの一瞬だった。部屋中の物という家具が一瞬にしてスクランブルミキサーにかけたあとガラクタへと変貌すると、そのクズの下にボクらはいた。

 流は、肩から息をしていた。

「そんなこと。当の本人の気持ちもなんにも知らないで、あーだこーだ勝手な妄想で、議論しないでくれる? 誰だって、知らないとこで影打ちされていたら気持ちよくない。それが妹だったり、大切な人でも。そういうのはさ? 直接いうのが一番………ってアレ?」

 ボクらは、すぐさまこの部屋から逃げだしていた。

 最後にお道化どけるかの女のポカン顔を脳裏に焼けつけて、キッチンの奥の出入り口から外へと駆け出していたのだ。


 ボクと榊原のふたりが、あの破天荒はてんこうな高校生活で培った野生の勘は伊達ではない。

 相手の喧嘩に好んで応戦する奴はイカレテいる。かの女はおそらく、そういう点において、ボクら底辺偏差値学生より喧嘩慣れしている。………そんな予感がした。 

 ただ、危険と判断した理由は他にもある。

 先ほどの魔術と思われる疾風は………

「―――おい、アイツ、どうしてあんな腕力持っているんだ?」

 榊原が、走りながら声を絞り出す。

 腕力で、疾風が起こるかバカッ! と思う気持ちを眉に込めて、どうにか冷静に言葉を選んだ。

「いや、ボクも知りませんよ」

「はあ? じゃあ、なんでふたりは一緒にいたんだよ? それにここドコだべ。さっきからここ、オラたちがいた越谷じゃねーべ⁉」

「ボクが知るかッ‼ それに全部テメェのせいだろ? こうやって因縁つけて鬼ごっこしていたから……」

 あまりの不問に愚痴を吐き散らすも……おかげであることを思い出した。

「ここは……ゲームの世界なのかもしれない」

「はぁ?」

 疑問文を浮かべた榊原を無視して、ボクは足を止めた。

 それっきりふたり黙って、身に覚えのない路地裏の先に見える大通りに目を向けた。

「……おいおい、冗談だろ」

 恐れなのか、ボクの肩に手を置く榊原さえ、それがあまりに自然なことに思えたのだ。


 目の前に、知り得ない世界。

 まるで、古代人が妄想した二十二世紀の空想劇……。

 宙には車が飛び交い、真夜中の大通りには未だたくさんの人々が個々独特な衣装で着飾る。そして、聳え立つビルの上には、当たり前のようにアニメーションのキャラクターポスターが大きくプリントアウトされた看板。

 ただ、ボクにはこの景色にどことなく見覚えがある。

 それは、ある友人が所持していた秘匿VRゲームでの経験だった。

 ウイルスによる各地域の崩壊が起こる手前、日本は今よりずっと高度な文明だった。それは近代史と呼ばれる第XX次世界大戦が終えてから何十年の教科書に小さく記載された時代。高度こうど情報じょうほう社会しゃかいと呼ばれる時代に世界では人間の脳裏に直接映像を送り込む『バーチャルリアリティー(VR)』という技術が誕生した。

 しかし、その技術はある事件から規制されることになる。

 中学教科書通りに説明するのであれば、その技術はあまりに人を凶暴化、現実と架空の区別を曖昧へとさせるため、発売や売買、そして、回収へと陥った。……だが、この存在は確かに、現代のゲームマニアの間にも流通されて、ボクも……興味本位でこのVRゲームを体験したことがあった。

 通称『リアル東京』というゲームは、ある研究グループが当初、地震などの災害のための訓練用ソフトとして制作された……当時(二十一世紀と二十二世紀の間)の東京二十三区すべてを回ることができる架空現実の世界。

 ここは…… 

「………秋葉原の大通り広場」

二十一世紀の東京千代田区と台東区に挟まれた『秋葉原』と呼ばれていた街に酷似していた。


ここの住人たちは個性豊かな機能性に欠けた洋服を身にまとい、国家指定の対ウイルス性ゴムウェアを着用するヒトは誰もいない。街中はアニメーションを中心とした可愛らしくデフォルメされた女の子たちや雑居ビルや外灯、電気屋の装飾によって街中を明るく照らしていた。まるで、夜を消し去るように

 そして、匂いや触覚……それらすべてが現実と変わらないことに気がつくと、ここが……本当にゲームの世界なのか……いや、だとしても、東京都23区はこの世にはもう存在しない。ましてや、この世には未だに宙を闊歩かっぽする車は販売されていない。

 その光景は……ここが現実以外のナニモノであるかを裏付けているため、存在しているような気がした。

「待て待て……オサム、都内はもう存在しないぐらい知っているだろ?」

「判っている。だけど、間違えなく、この街は東京都千代田区内にあった『秋葉原』なんだよ。だから、ここは現実ではない異質な空間………そうとしか説明できない」

「異質な空間って……じゃあ、この手触りとか、その他諸々どう説明するんだ?」

「知るかッ!」

 この時代の風景に、茫然と立ち尽くすしかなかった。

 ただ、ながる、かの女のことを少しでも信じていれば、こんな問題にはならなかった……だろうか。ここが『禁断の園』だということを改めて押し付けられた。


「おいおい、困ったね」

 後ろから声を掛けたのは、まるで絵にかいたようなイケメンだった。

「こんなところで、『旧人』を見かけるなんて……。今から、君たちを連行しなければならない」

 アンタは……なんて、お約束めいた言葉がでたときには、すでに事態を把握した。

「制御(リミッター)解除。暗証キー入力『20730719』。名はカムイ。今から、旧人二名を拘束する」

 早口言葉に近い感覚でいい終わると、男の手元から半透明のディスプレイが表示される。まるで、ゲームのコントロールバーのようなそれにより……彼の容姿は変貌していく。それが過去の『コスチュームプレイ』という類だったら、どれだけよかったか。

 黒のマントをひるがえす。その手には如何にもファンタジー世界の魔術師たちが持つ知恵を知識の象徴として扱う大きな杖が握られていた。

「悪く思わないでくれよ」

 カムイと名乗った男は、杖を空高く上げると……なにも起こらない。

 なにも起こらない代わりに……ボクの身体は、まるで糸で縛られるように動かなくなる。

「『時間列拘束魔法Zeitbeschränkung』。安心してくれ、痛いようにはしないから。ただちょっと、今までなにがあったのか洗い浚い話してもらおうか?」

 カムイは、アルカイックスマイルで、こちらへと歩みはじめた。

 かすかに動く眼球の動きで榊原をみた。どうやら、魔術に掛かっているらしい。同じ表情ではわからんが、この窮地に蒼ざめているのは、お互い同じかもしれない。

どうにか考えないと……そうだ。ボクには考えることしかできないのだから。

 おそらくもなにも、この『魔法列拘束Zeitbeschränkung』というのは、ゲームでいう『停止STOP』と呼ばれる相手の動きを制限する魔法だろう。大方、この魔術は、主に上級者が下級プレイヤーに使用したり、ボスキャラがチート的に使用するケースが多い。

 ただ、どのゲームでもありえる共通点がある。

 一般プレイヤーがこの魔術を利用するとき、その威力は膨大に半減されることが多い。なぜなら、時間系列魔法が膨大の威力を発揮してしまえば、どの闘いも先に相手を停止させたほうが勝利、なんてことになりかねないからだ。そのうえで、このような魔術を簡単に阻止する方法は、もしかしたら存在する、はずだ。


「おい、榊原?」

「へ……へぇ?」

「なんでもいいから、八桁の数字を数字を叫べッ‼」

「……ワ、ワケわからねぇぞ?」

 カムイという男が先ほど呟いた八桁の数字……それが、ロック解除パスに違いない。

 もしここがゲームの世界で、一応にはカムイという男同様にオプションをみることができるのであれば………

「2XXX.0719」

 僕が自身、、の誕生日を叫んだ瞬間だ。予想は………的中した。

 その半透明な板には、『アイテム』『装備』『魔法』『能力』『スキル』『クエスト』『アバター』いくつものアイコンが浮きでる。これは……典型的なゲームのツールバー。そして、目に追うように情報化された装備ボックスを目視する。思っていた通り……目的の『あなたにぴったりな装備一式』がここには存在した。

 力強く願うと……デジタル信号のようなブロック状の粒が自身の纏わりつく。今までのキュッとした目の細いゴム室の肌触りが一変、今まで感じたことがないふくらかで、どこか暖かい……布の感覚が身体中を覆った。そして………

 時間列拘束魔法は解除された。

 ボクは、そのまま無理やり動かした手足で、榊原に肩からの体当たりを決めた。

「いてぇぇ……な、なにするんだ? ってアレ? 動くぞ」

 榊原は不思議そうに掌をグーパーする。が、そんなことで時間をすり減らす暇などない。

「いいから、ここから早く逃げるぞ?」

 ボクたちは、とにかく逃げるしかなさそうだ。

 こんなことなら、流のいうことをちゃんと聞いとけばよかったとわずかに後悔した。

 振り向いたとき、カムイという男はそれ以上追いかけるそぶりは見せずに、依然として不敵の笑みを零し続けた。


 またしても始まる大運動会。ただ今回は、追いかけていたほうも一緒に逃げているというのはなにやらおかしな話だ。JR山手線の高架下を潜り、外灯の数の少ない雑居ビルとの間でふたりは膝に手を置いた。

「どうして魔法の解除方法がわかったんだ? それにこのダサい服は………」

 黄色にオレンジのマリファナ模様のアロハシャツは、どうみても場違いにしか思えんが…… 

「どのゲームでも、初期装備ってのがあるだろ。それと、それなりにパラメーターがきちんと決まったゲームなら、停止魔法は下級モンスターにしか通用しない。それに、だいたいは装備の抵抗で防ぐことはできる。また、完全停止型ストップ魔術の持続可能時間は一ヒットまで……」

 だから、なんでもいいから一発当てれば解除はできる……と説明がおわる頃合いには、榊原には話の折がついていたようだ。

「わ、わかったから………。んじゃあもうひとつ、この服装はどうやって着たんだ? それに先ほどの八桁の数字、どうしてわかったんだよ?」

 ………榊原は本当に鈍いヤツだ。

「八桁の数字っていえば、誕生日ぐらいしか思い浮かばないだろ? VRだと実際にボタン操作とかそういうのがないから、音声でコントロールバーがひらくようなってんだよ」

 それには合点がいったのか。榊原は手を打つ。だが彼は、それでも少し不安げな面立ちをみせた。

「オラ……誕生日を叫んだが、やはり、ひらかねーべ」

 榊原はちょっと寂しそうな顔をしているが掛ける言葉がない。『誕生日が違うんじゃね?』とか思ったが、これほど失礼な言葉も見当ああたらないだろう。口を歪ませるしか他にない。ボクだって、安易にヒトを傷つけるのはゴメンだ。

 休憩もつかの間、「2XXX0719」ウィンドウをひらき、道具を確認した。その中には、初期設定……とは思えないほどの道具が詰められている。名称だけではどれが武器かの区別もできない。その中で……ひとつだけ黄色いマーカのある道具……おそらく、さきほどの『あなたにぴったりな装備一式』によってドロップされたアイテムだろうか?

 それを選択すると………「んげッ」

 デジタル信号のモザイクから、なにやら物騒なアイテムが地面へと転がる。たしかに、このゲーム内の世界観とは掛離れた未来人であるボクが持つにはお似合い……ということだろうか? 過去の人物が想像した『未来型銃:tomorrow』は、シャープな造形をした如何にも原理不明な『小型銃』だった。

「なんや、次はこうも物騒なもん持って……」

 それには応えない。それは単に榊原がウザいからとか、そういう理由ではなく、

「おい、コイツらも……」

 背後から誰かが近づいてくる足音がした。

 まぁ……鬼ごっこは終わっていないのも確かで、路地の突き当りに、どうみてもコスプレにしか見えない男たちが複数人……ボクらへと指をさす。どうみても、現実にしかみえない世界で、コスプレした人間が追いかけてくるというのは………滑稽だが。理解しがたいが、コレらがあの時代に流行していたサブカルチャーという文化であるのだろうか?

「仕方がねぇ……」

 試しに……銃先を彼らコスプレ集団に向けると、引金を引いた。

 ピピッという効果音……には似合わず、この一閃が星座の聖衣を纏いし男に直撃すると、男の姿がデリートキーを押すかのように意図も容易く消えていた。

「あれ、強いんじゃね?」


 そこからは無双だった。

「ピンクキャピな魔法少女(男)シねッ‼」「オレンジ武道服だけで強くなれると思うなッ‼」「ただの学ランじゃねぇかッ‼」「ロー●ス戦記かよ」「銀河●雄伝」「服着ろ………ッ‼」「杖で暴打するなッ‼」

 にしても……ここまでリアルなコスプレ集団はシュールにしか見えない。化粧もせずに、自身の体型も考えずによくもまぁ、コスプレをするもんだ。まぁ、こういうのは本人がオモシロければいいのかもしれないが、襲い掛かってくることもなかろうに。

「……罰ゲーム大会か」

 消えた人間たちの心配というより……まぁ、消え方からしてゲームなのだから、大丈夫だろうと思う反面、彼らはドコへと消えたのかは、興味深いモノがある。

 もしかしたら、HPが0になれば、ログアウトするのでは……? そう考えて、未来型銃:tomorrowを見直すが、ここまでリアルな世界で自らの息の根を止めるほど殺伐とした愚考に、理性が―――その手を下ろさせた。

「おいオサム、ドコに逃げるつもりだ?」

「……とにかく距離はあるかもしれないが、越谷までは六時間ほど歩けば辿りつく」

 それがどれだけ無謀か、体力的に限界があるのはわかっているつもりだ。それでも、ここが本当にゲームであるとしても……ログアウトがわからない限りそうするしか他にない。

 だが―――またしても足音がした。静かな路地で、底の深いブーツを踏み鳴らすようなカタいコツコツした規則正しい物音にふたりは耳を澄ます。相手は……ひとりだろうか? 街頭によって伸びる影が、その女性と思われる長髪をフラフラさせながら、こちらへと向かっていた。

 そして、かの女が街頭に照らされた。

「金髪………幼女?」

 背が子供並みに低い容姿に不似合いなほどに伸び切った白金の髪。成長過程の細い腕は、今にも折れそうなほどのかよわい容姿だった。だた……それとは別に、あまりの不自然さに、ボクは気づいた。

 だから、ここからの行動は、あくまで自らの驕り……だ。

「うごくなッ‼」

 銃口を金髪ロリに向ける。かの女は、それでも矛先を冷たい碧い目を一瞥しただけだった。その態度が、なおさら強くグリップを握らせる。

「ボクは、現実に帰りたいだけなんだ。ここはどこなのか。んで、どうすれば戻れるのかを応えろ」

「そんなに」金髪ロリは首を傾げた。「そんなに現実に、帰りたい理由なんてあるの?」

 金髪ロリは、またしても歩みを始める。ただ、敵意だとかそういうのはいっさい感じとれない。それが、完全に自身の油断になるとわかっていても、だ。

 ヤラレルとか、そういうのではない。かの女に教えたかった。このゲーム世界に彷徨う幼女に……絶望の中に眠る、現実について教えたかった。

「いいことなんかあるワケねぇだろ。だがな、自ら希望を探さないでどうするんだ?」

「……希望?」

 そうだよ。

「ゲームばかりやってるとな。現実が視えなくなるんだ。辛いことは忘れられても、一番大切なことはいつまで経っても解決できねぇ」

 できなくても、いいことだってあるかもしれねぇ。

「でもな、立ち向かいもせずに負けるほど愚かなことはない……ボクは現実に帰れるなら、まだやるべきことがたくさんあるんだッ‼」

 今では妹や、上谷と樋口だって心配する。そして……生きることが唯一の抵抗だった。

 死のうとした……かの女への、精いっぱいの抵抗だった。

「そう、なのね」

 そんな無関心ともとれる金髪ロリの一言。が、その瞳孔が……かすかに動いたのに気づいた。ボクの背中側……それが、無意識の行動だとしても、ボクは寒気がして、前のめりに転がった。――――そのあと、壁が壊される音がした。

 アドレナリンが瞼を引っ張り上げる。大柄な男がうつろな表情で、ドコからか拾った鉄パイプを握っている。それが、榊原だと気づいたとき、ボクは裏切られた気持ちが心を掻き立てた。

 ただ、その原因は明らかだ。

 先ほどの戦闘不向きなコスプレ集団といい、榊原といい、そこにはなにかしらの『魔術』があったのではなかろうか?

「思ったよりも敏感なのね。でも、次は避けられる?」

 金髪ロリは人差し指を立てる。明らかに、これら姿勢ポーズ高度魔術ター発動ファクションするための要因ファクターだ。どのゲームでも必殺技を使用する際には、わずかな油断が生まれる。それが短ければ短いほど有利なこともあれば、長くても一発逆転だってありえる。

 しかし、指を立てるという誰でもできるような手段には油断や隙があるワケもなく、ボクはその場に立ち竦んだ。金髪ロりの目線が貫くようにこちらへ向く。

 累乗されていく眩い光が街中を照らす頃には、在りえないほどの光球ができあがった。

「あ………」

 さすがにそのときには、生死の行方があんな金髪ロリ少女に握られているだな……なんて、ヘンな快感に襲われる。そういうとき、なにに祈ればいいんだ……。妹?  女神様?

 だが、助かってしまうのは……何度目だろうか?

「―――てやッ‼」

 流は目にもとまらぬ速さで、金髪ロリの指先にサマーソルトキックを決めていた。

 光線が―――空高く聳え立つと、北欧神話の生命樹ユグドラシルのような枝分けれをしながら、街中を揺らした。

 そして、

「ごめんね、辛い思いさせちゃって」

 感動しているのもつかの間、流の持つガターナイフが、腹部を貫通した。痛みもなく……もはや、感動した。気が薄れる感覚だけは……クセになりそうなほどに快楽を含んでいたのは、なぜか。


 そうだった。今までの感情とかの女の優しい声が攪拌していく。その中で、自らの誤りが浮き彫りしていくのだ。

 あとときイジメられていたのがボクだけならどれだけ楽だったか。

 辛いのがボクだけだったら、今ごろかの女は……自殺を試みることもなく、イジメをおこなった学生たちと無縁の高校に進学して、毎日がつまらないほど幸せな日々を送っていたのかも、知れない。

 痛みに負けたのはボクだった。

 そして、過去は二度と訪れることはない。

 後悔してから、自らの日々を変えようとしても無駄なのだ。気づいたときには、大事なモノは目の前から消えている。

 それでも、逆に大事なモノは増えていく。

 それが幸せだったり、不幸だったり……。大人にならなくては理解できない関係だったとしても、それが自分になっていった。引き取り親を捨てて両親と過ごした家で妹と暮らし、そのために必要な資金を『ゲーム』によって掴み取った。自ら犯してしまった罪を忘れようにして、

 この中で、無自覚に通り過ぎても……確かに自分は、壊れていった。

 そして事の顛末が、榊原というバカに優しくしてやろうと思った行動が原因だなんて……どうにかしているとしか思えない。これらスベテ、自分の弱さのせい……。

 それだけは、想像するに容易いこと。そう思えたのだ。 


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