一章:迷い込んだ先は丘陵⁉


一話:迷い込んだ先は丘陵⁉


面積およそ0.437平方キロメートル、周囲は4キロほどのゲリラ地帯で、ボクらは人種、性別関係なしに殺しあう。これが毎月一度の日課だった。

銃を持ち、初心者から武器を奪い、そしてまた殺す。およそ千人を超える各国のプロ集団を有無もいわせず仕留めていく。誰に縛られることなく、卑怯なこともした。


そして―――誰もが、このゲームにおいて頂点に立つ者が、法律において戦争を放棄した国の住民だと誰が想像できるだろうか?

ましてや―――三人だけのプロ集団に負けただなんて信じられるハズがない。

 さらには、こんな一般的な高校生に―――だ。


**

 ゲームセンターの暗い雰囲気はキライだ。ヒトの本性が陰湿に感じ取れるから。

 実際に、そうなのかもしれない。

 他のプレイヤーが、怪訝けげんな顔を浮かべて通り過ぎる。ヒトによって、ボクたちが使用した台にワザとぶつかるようなマネをするやからもいた。

「オサム、そんなこと気にするなよ」

 樋口ひぐちは、毎度ながら無表情でボクにそういった。

 およそ何十年ほど前、仏教を祖とする宗教法人がゲームセンターの株を買い占めて、新たにゲームビジネス……ではなく、あらたな布教ふきょう活動かつどうを始めたのが、ここ『南無なむ』の紀元である。

 ただ、ここに訪れる若者たちの目的は遊ぶためではない《、、、、》。

 我々にとっては、この『ゲーム』に生活がかっている。世界各国、とある大国が開催したインターネットによる世界大会。当然、負ければ賞金はない。そのかわり、もし優勝すれば………。


 今回、ボクたちは順調にことを進めていた。そして、今までに成しとげることができなかった千載一遇のチャンスをつかんだ……はずだった。

 もうひとりのメンバーである深町が、ボクへと茶封筒を渡しにきた。

「今回は残念でしたね。でも、一位を獲得しただけでも満足するべきでしょう」 

 おそらく、この中身には薄っぺらな紙が一枚。このご時世では普通に働いた場合、およそ五年間の労働が必要となる金額が小切手という形で印刷されているのだろう。

 だが、『残念でした』という言葉が……嫌味ではないと知りつつも、どうも自身の不甲斐ふがいなさをぶり返させる。

「賞金が減ってスマナイ。なんなら、今回の賞金、ボクなしで山分けしてくれても構わない」

 いや、ちょっと待ちなさい……という深町の誘いを無視し、南無古の外へと出た。そしてゲーセン前の喫煙所、タバコは吸わないが、気が安らぐスペースはここしかない。

「マジで……へこむわ」

 今回の行動が自分らしくないことは判っている。だが、ボクは同情してしまった。

強敵たちをなぎ倒し、エリア内の生き残りがボクらだけ……だと勘違いしていたときだった。目の前にあるは現れた。『誰かの為に勝たなきゃいけない』という名もなきプレイヤーにトドメの銃口を向けることができず、試合終了のベルが鳴り響いた。

男を……救ってしまったのだ。


この『戦争をテーマとしたシューティングゲーム(K/O/D)』の世界大戦のルールでは、二位から十位までのチームが存在しない場合、賞金総額スベテを一位のチームが受け取ることになっている。だが、生き残りがいた場合は―――一位のみの賞金しか受け取れない。


だが、なぜ助けてしまったかを悔やむたびに……男はまぶたの中いた。武器を失い、両腕が銃弾による損傷による状態、出血によるHPパラメーターが限界値を超える――その間際に、

プレイヤーの悲痛な叫びが耳へと届いた。

『妹を………救うんだ』


そのせいで、義妹や……旧友の面影おもかげを思い出してしまったせいかもしれない。

こんな安っぽいB級映画のようなテーマに、ボクは心底メン食らってしまった。

我ながら情けなくて、深町や樋口に合わせる顔がない。ため息しかでない。

 

そんな中、後ろから一つの足音――それよりもデカすぎる叫びにボクは振り向いた。

「オイッ! オメェふざけるなッ!」

 そこには、さきほどのゲームで話していた日本人とよく似た身体つきの……男がいた。

「アンタ……もしかして、さっきのsakaki……なんだっけ?」

 たしか、そういうハンドルネームが表示されていた気もしたが………

榊原さかきばらだァァッ!!」

 体格も動き方も……声もどことなく似ている。

 違うとすれば、ゲーム内では隠された顔面に雑な染め方をしたオレンジ気味の汚いブラウンの髪、田舎クサいタラコ唇。それに……榊原がまとう対ウイルス性ジャージ。そのアクセントに使用される朱色しゅいろのラインは、まぎれもなくボクらが通う越谷総合高校のモノだった。しかも、色合から先輩だったらしい。

「なんで……オラを助けたんだ」

「オラって………プスッ」

 オラって………こんな(一人称)を使う日本人は日本各地を探しても彼ぐらいしかいない。こいつ、ボクのことを笑い殺すつもりかよ(笑) そりゃここ、埼玉県越谷市も大した田舎だが、ここまでイモクサいを誇張した人間も珍しいだろう。

 ただ、正直に今は会いたくない相手でもあった。

まさに、榊原がそういうように、ボクが今まさに悩んでいたことはこのことだった。

 まぁ……だとしても、実際に金に困っているような人相の奴でよかった。 

 偽善でもいい。今回の賞金で榊原……彼の妹がどんな形であれ助かるのであれば、コレでいいじゃないか。

 どんなに足掻いたところで、どんなにビギラーズラックだとしても、ボクを同情させるのが榊原の作戦だったとしても。榊原は何百万分の一の可能性で生き残れたのはまぎれもない真実―――

 ボクの勝負に対する甘さも、その一部に過ぎない。


「なんだって………守りたいモノがあるんだろ? 恥だとかは捨てろよ」

「いや……違う。オラはオメェに同情されたことが気に食わねぇッ! この……はした金なんか受け取れねぇんだよッ!?」

「じゃあ、ドブにでも捨てれば?」

「イイカラッ‼ さっき見ていたんだよ。アンタが賞金を受け取らないのをなッ! オラたちも山分けだから、他のメンバーの賞金は渡せねぇ。だから、あまり……残ってねぇけどよ。オラの分はアンタにやる」

 そう、ドスンと胸に、榊原のボクの顔ほど大きい拳が軽く突き刺さる。一瞬心臓が止まるような衝撃に思わず、イラっとしたボクを責める者はいるだろうか?

 さすがに……ゲームでもこういうネチネチしたプレイヤーが多いが、マジでこういう好意が一番ムカつくんだよな。


 ――――――仕方がない。

 突如として、街中へと掛けていくことにした。ホント逃げでもしなけりゃ、この場の雰囲気に呑まれてしまう。だって、あんだけいったが、金は欲しいんだよッ! 

 が、

「オィッ‼ サイコパス、待てや、ゴルゥラァァァァァッ‼」

ちなみに、『サイコパス』とは、ゲーム内でのボクのあだ名のことだ。出会った瞬間、交渉の余地よちもなくるから、そういうあだ名らしい。

 雄叫びを上げながらボクの背中を追い掛ける榊原は、筋肉ムキムキのアメリカンポリスに酷似こくじする。田舎くせぇけど。そして、こんな貧乏から金を揺するほど、ボクはクズではないのだ。

 それに、妹属性を愛する者に悪い奴が存在しないことを……ボクは知っている。

「イヤなこったぁッ! バーカ‼」

 外灯の少ないビルの合間を針に糸を通すように走り去っていく。いや……そう簡単には去ることができない。

 なんで、コイツこんなに早いんだよ。

「どうどうと金を受け取りやがれ、このクズ野郎ッ‼」

 ちなみに、『クズ』というのもボクの呼称……。平気で、初心者から狩っていき、ポイントや武器を奪うから、そういうアダ名らしい。……涙が出てきた。

「それはコッチの台詞だ! 金髪豚野郎!」

 それに応じて、思わぬ発言をしてしまった。

「んなヤロォ⁉ 体脂肪率7%だ。このチビィ‼ チぃ~ビィ‼」

 ………………ッチ‼ 

「へッ‼ どうせ脳も脳筋なんだろ? だから、喋っている間に撃たれてヤラれているんだ。気づけ‼ ネアンデルタール人‼」

 ……そういや説明してなかったが、ゲーム内で榊原を再起不能にしたのはボクです(笑)

「クソッ‼ 殺すぞ、ガキッ‼」


 いつのまにか、ふたりはいつまで続くか分からないエンドレス路地を掛け続けていた。

 お互いにお互いの悪口はむことがなく、天にいくつもの罵声ばせいが響く。

 が―――限界は意外にも早く訪れた。

というか、ある意味プロゲーマーである唯一の弱点……体力のなさのせいで、ジワジワと自身と榊原さかきばらとの距離が縮まっていく。振り向けば……もぅ、榊原はタコみてーに赤くなってやがるし。ぁ………そんなことなら、最低でもはやてる暴言だけは控えるべきだった。

もぅ、ここまでくると……工事で立ち入り禁止のロープでさえ潜りながら逃げ回るしかない。そして、土木どぼくのオジサンたちの罵声もいっせいに浴びる。もぅ、頼むから帰ってくださいぃ。現金受け取りますからぁ。マジで頼みますから………。てか、怖くて近づきたくないんだけど。


 そして、ゲームセンターに戻ってトイレに隠れていてバレた次第。開いていた窓から逃げた先は……さらに地獄だった。

 またしても狭いビルとビルの間、榊原が張っていたのだ。

「ネズミかよ、オメェはよ……」

「は、なんでここにいんの? 分身の術かよ⁉ 忍者なの?」

「違う奴に扉を叩かせるぐらい別にどうってことじゃねーだろ? オメェを叩くっていえば、誰だって快く手伝ってくれるわッ‼」


 未成年だからって……暴力は青年法で取り締まるぐらい……そうだ。最近、青年法はなくなったんだっけ? ―――逆にダメじゃねーかよ。

だが案外……コイツ、脳みそは人間並みにあるのかも知れない。失礼ながら、修正させてください。いや……疲れて汗だくで、自身ボクの思考がぶれているだけじゃねーかッ⁉

 そして、継続される鬼ごっこ。

 現実世界でここまで体力を消耗しながら、足を踏ん張るのは何年ぶりだろうか? 

 いや……、

 思えば、自分はすぐに諦める人間だった。

 逃げることもなく、抗うこともなく。誰からの指図も、暴力や多数決という権力に脅されて。そうだ、世界がどんなに変わろうとも、ボクだけは二度と同じことを繰り返さないと決めた―――あれ?


 ――その時だった。

 目の前で違和感――あのバーチャルリアリティー(VR)のヘッドの世界のような視線の歪み。

 嫌な予感。それは、春先の蜃気楼しんきろうとでもいうべきか。目の前の路地が縦上下に残像のような影を形成したかと思うと、真っ暗な世界が広がり始める。その脚を何歩も進ませようとするが、それ以上は実際に前へと進んでいるのか、後退しているのかさえ判らない。水の中でもがいているみたいだった。

 その暗い空間で、自身だけが照らされた。

 周りをもう一度見渡す。既に後ろにあったはずの現実でさえも見るも無残に消えていた。―――そして、一息ついたと思ったら……。

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」―――と阿鼻叫喚。

 まるで、急遽予測なしにジェットコースターに乗せられたように身体が底知れぬ穴へと堕とされていった。マジで? え? ボクもしかして、死ぬのか?

 あ……マジでか。ぁ、最悪でも今回の優勝賞金を多希たきさんに渡すべきだった……かな。あ、そうだよな。さすがに深町が賞金を渡しに行ってくれるに違いない。だってよ……親友だぜ? そうだよな……さっきらないっていったけど、さすがに分かるよね。冗談って……

 なワケね……か。

 死ぬ前に、自身の妹のことを考えているなんて、ボクってやっぱり妹コンプレックスなんだな。

 でも……そう考えると、なぜだか死ぬのが怖くなるのはなぜだろう。そうだよな。人間って、結局誰かを必死に守りたいって思える時が一番幸せなんだよな。

 あの男だってそうだ。

 自身の大切な、なにかを守ろうとしていたから幸せだった。なにかを誤魔化ごまかしていたとしても、それが結局………

「イモウト、バンザーーーーイッ‼」


**

 そして、落ちた先に―――何か柔らかい何かが顔を包んだ。それと同時に、究極の混沌が訪れる。

 そのなにか揉む……。クッションのように柔らかく、尚且なおかつほどよい弾力に、ここは地獄か天国かの判断が難しい。海底に沈んでいく身体をどうにか持ち上げると、そこにはボク好みの女の子……。

 少女の垂れた黒髪が鼻先にふれた。そのどうしようもなく青春じみたエクスタシーが、頭を掻きまわす。そして、今までのむくもりの正体が―――少女とは思えない、この丘陵きゅうりょうのせいだと気がついた。

 丘陵とは、山にも満たない小さな山を指す言葉。だが、この目の前の少女のソレは、布による海抜地点により隠れはしているが、その豊満さはきっと……まさしく、エデンの園の禁断の果実よりも甘く濃厚で……いや、いかんッ‼

 このあまりの無礼ぶれいさと、ここがかの女のベッドの上だと気が付くと……急に羞恥しゅうちしんが汗となり流れ始める。思わず、顔を赤らめてから「わ、ワザとじゃないんです」と両手をイイワケ苦しく手をワイパーのように、全力で振っていた。


 ボクは……なぜこんなところにいるんだ?

 たしか、榊原というバカな先輩から逃げながら裏路地を彷徨さまよっていたら、いきなり目の前が真っ暗になって丘陵………。初めての感覚。禁断の遊び。あの弾力は、いかなる技術をもってしても想像するのは不可能の『男をダメにする永久機関ブラックホール』………。

だからチゲェっつうのッ‼

 ボレロと呼ばれる制服をまとうかの女と目が合う。

「えーと、私はながる。君は……迷える子羊かな?」

 迷える子羊……といえばそのとおりだが、だとしても言葉が出ない。

 顔が……顔が近すぎるんだよッ‼ その大きくまっすぐな瞳は、あらゆる方向でボクの愚考を膨張させる。

「あ……ぁわわッ‼ ぼ……グヘェッ‼」

「えーと、あー、とりあえず、お茶でも飲んで話をしませんか? 今持ってきますね」

 かの女はピンクとふわふわな白いフリルに装飾されたメルヘンベッドからしなやかに離れると、スタスタと部屋から出ていく。顔が離れると……やけに惜しい気持ちにさいなまれるのはなぜだろうか。

おそらくここは、1LDKほどのアパートの一室。隣の狭い4畳半ほどのキッチンにはガスコンロがあり、かの女はその上に置かれた洋風ポットに火をつけた。なんか、着火式ガスコンロにこんな古典なポットは不似合いな気もするが、

 ポットに火を通している間、少女らしい鼻唄が聞こえ始めた。知らないポップ調。

その隙に、状況把握のためにも、部屋を見渡すことにした。

 少女らしい部屋といえばそうであるが、どうも様子がオカしい。実のところ妹以外の女の子の部屋を覗いたことはないが、今では販売されることがなくなった洋服が衣文えもんかけに何着も飾られている。裕福の家庭では、こういった洋服を寝巻ねまき替わりに使用するのだとか、そういう話は聞いたことがあるが……。

「お待たせしました!」

流は、甲高い声をあげながら部屋に戻ってくる。この手には木のお盆に紅茶がふたつ。そのとなりには、さきほど温めていた古典な洋風ポット。

 ちなみにボクは、急な高い声に振り向いたら、首を痛めたところだ。

「どうかしましたか?」

 流はまたしても不思議そうな顔。

「いや、なんでもない。すまなかった」

 進められるがままに、ピンクの座布団に腰を降ろし、小さなテーブルに置かれたお茶をすすった。

 このようなコップはデザイン用語でゴシックというのだろうか。さっきは文学少女といったが、花びらのような白い陶器を持つ少女はまるで、明治時代のハイカラという表現も似合うかもしれない。ボレロという制服は、いかにもこの時代のミッションスクールお嬢様という風貌―――ここ日本では、既に存在しない服装だった。


 白々しい目線に気がついたのか、ふっと、かの女はほころびをみせる。

 シュガーポットに入った砂糖さえも混ぜる余裕もなく、ボクは……絵空事のようにふんわりとした少女と、この装飾に見惚れてしまった。

「もしかして、色々迷ってますか?」

 流の上目が、なにかを欲しているようにもみえる。

「………あ、なぜキミは、この服装も―――」

 そう、ボクはこんなことも想像できなかった。

「やっぱり、間違えてこの部屋に入っちゃったんですね……いやあ、困った。ごめんなさい」

 そして、迷いながらも、流は真実を語り始める。

「ここはIDEAという『仮想A現実Rゲーム』、過去の未来の世界……誰もが平等に生きることができる理想郷」

 流は、まるで華やかに……とんでもないことをいいやがった。  

「AR……だって?」

 それは、今の近代史―――またしても、この国が使用を禁じた秘境の遊戯だなんて、今のボクには知るよしもなかったのだ。

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