第2話 八百屋に

 春の国、最北端。

 二アン村。

 一応春の国ではあるが、しかしそのなかでも一番涼しい気候で、稀に雪も降るほどだった。

 そんなニアン村いちの街道、バスカルクの一画。

 二人の子供が、建ち並ぶ店を、眺めていた。やがて二人は何かを言い合って、そしてフード付きマント姿の方がワンピースの方に小さな革袋を渡して、そして別れた。互いに、違う店に寄るらしい。

 マント姿の方は、野菜を売る店へ。

 ワンピース姿の方は、中古の衣服を売る店へ、入っていった。


 ニアン村の名物である、春野菜。全体的に、鮮やかな緑、黄緑色を放つものが多い。アスパラ、せり、キャベツ、からしな、あしたば、じゃがいも、クレソン、みずな、そしてパセリ。春の国では年中、これらを採ることができ、中でもパセリは、国一番の人気の食材だった。栄養価も高く、お金持ちほど家に多くのパセリを蓄えている。

 そんな品々が並ぶ、明るいお店に、ニアン村では見慣れないようなマントの子がやってきた。

 その店にやってくるのは、基本、婦人だったり年配の方が多いので、マント姿の子は少し、周りから浮いて見えた。いくらフードを被っているとはいえ、どうしても《子供らしさ》を隠せていない。

 周りの大人たちも、敢えてその子を気にしないよう振る舞っていた。あの子は誰なんだろう。どうしてこんなところで子供ひとり、買い物をしているんだろう、あのマントはいったいなんだろう。彼女たちの脳内では、きっと沢山の疑問が浮かんでいるに違いない。

 しばらくその状態が続いた。しかし徐に、マント姿の子は首を傾げると、店番をしていたおばさんに話しかけた。

「あの、あれはなんですか」

 マント姿の子が指差す先には、ぐにゃりと先端部が曲がった植物があった。

 おばさんには少しだけ、そのフードの下にある、その子の顔が見えた。おばさんは一瞬それに反応したが、しかしそこは冷静に、何も見ていないという風に、優しく答えた。

「ああ、あれはわらびだよ。他のと少し違う感じがするけど、でもあれもおいしい野菜だよ」

 マントの子はしばらく黙っていたが、やがてその首を振った。

「違います。あの植物ではなくて、あの植物の下、というかすべての野菜の下にある、変な模様の板がぐにゃりと曲がったような……」

 おばさんはそれを聞いて、眉を寄せた。それからずっと考え込んでいたが、やがて合点したように笑うと、訊いた。

「あれかい、ひとつひとつの野菜が入っている、入れ物」

 マントの子が頷くのを見て、おばさんは説明する。

「あれはね、植物の蔓や茎を編んで作ったものだよ。籠って、初めて見るかい?」

 頷くマントの子に、おばさんは続けて聞く。

「あなた、どこからきたの?」

 おばさんは、何気ない風に訊いたが、しかしマント姿のその子は、答えずに黙り込んでしまった。いつまでも黙っているので、おばさんがどうしようかと、声をかけようとしているのがわかる。

「だいじょ──」

 おばさんが言いかけた途端、マントの子は走って店を出ていた。慌てて何人かを買い物客がマントの子を捕まえようとしたが、やけにすばしっこく逃げ回るその子を、捕まえることはできなかった。

 マントの子は店を出ると、ワンピース姿の子が入っていった店を見つけて、そこに走っていった。ちょっとしてから、その店から二人が出てくる。片方はマント姿、もう片方は黒いカシュクールを纏っていた。恐らくは、その店で買ったのだろう。

 二人はその店を出て、バスカルクを南に降りていく。冬の国とは逆方向、春の国の中心方向に、まるでニアン村から逃げようとするように、走っていった。

 二人を目撃した人は多かったが、しかし彼らがどこへ行ってしまったのか、知る者は一人としていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る