御伽 可憐な花

芹意堂 糸由

第1話 宿屋に

 春の国の最北端、そこは冬の国との隣接地だった。

 二アン村。

 いくつもの川が流れ、農業が盛ん、いくつかの工芸品も有名だった。村いちの街道バスカルクでは、観光客をはじめ、たくさんの人々が毎日のように、人の流れる川をつくっていた。

 そんなバスカルクの一画に、一件の宿屋があった。周りと比べると小さな宿屋だったが、しかし老舗のようで、年季の入った看板が高々と掲げられている。

『宿屋 さくらの木の下』

 その小さな宿屋に、二人の若者が訪れた。


 日が落ちてまだ間もない頃合い、いくつものランプがつき始めた頃に、ちりんと宿屋の扉の鈴は鳴った。宿屋の受付嬢が玄関を見やる。

 そこには二人、いた。背丈はまだ子供のそれで、片方は濃い赤色のフード付きマントを羽織っている。もう片方はというと、となりのマントとはかけ離れた、茶色いワンピースのような衣服を、すっぽりと被っていた。ふと足元に目を遣ると、マントの姿の子はサンダルのような靴を履いていたが、ワンピースの子は裸足で、いくつかの瘡蓋も見て取れた。

「いらっしゃいませ、二名様ですか」

 受付嬢が問うと、マントの子が一歩近づいて、頷いた。フードでその子の表情は読めず、それどころか性別すら判断できなかった。一方の茶色いワンピースの子──恐らくこちらは男の子だ──は、すべてをマントの子に任せるといったように、そっぽを向いていた。

「部屋の方は──」

「どこでも。一部屋を。できるなら一番端っこをお願い」

「わかりました。少々お待ちください」

 マントの子は、少し低めの、しかし少女のものととれる声を出した。それはまるで必要最低限の声量しかださないぞというような、小さくて囁くほどの声だった。そう、まるで誰にもこの声を聞かれることのないよう配慮しているかのように。

 受付嬢が空き部屋の確認しに戻り、そしてしばらくしてからマントの子のところにやってくる。

「お客様、二階の一号室が空いております」

「じゃあそこで」

「かしこまりました」

 言って、受付嬢は一瞬迷うような表情を見せて、「代金の方ですが──」

「いくら?」

 被せるようにマントの子は訊いた。

「二十コイルです」

 マントの子はそのマントの中でごそごそ動くと、金銭袋とみえる革袋を取り出した。中から二枚の小さな銀貨を払う。

「頂戴致します」

 受付嬢はその二枚をちょっとだけ見極めて、そして頭を下げた。

「ではご案内します。お荷物の方は──」

 二人は、荷物をひとつも持っていなかった。マントの子のマントの中に、ある程度のものは入っていようけれど、それでも不審ではあった。

「それではついてきてください」

 それでも受付嬢は、顔色ひとつ変えず、むしろその可愛らしい笑顔を見せて、二人を案内した。

 受付嬢と二人が階段を上っていくのを確認して、控え室から彼らを見ていた宿屋の主、その夫婦は話す。

「ちょっと見たかい、あんた。あの二人、ほんのまだ子供だったじゃないか。しかも両手に何も持たずして、どうしてこんなところにいるんだろうねえ? ちょっとあんた、どう思うね?」

「あの子のマント、雪の結晶の形の小さな刺繍、ありゃ冬の国のもんだ」

「たしかにあのマントは暖かそうだけどね、しかしあんた、あの少年はみすぼらしかったじゃあないか。裸足にあの格好じゃあ、冬の国、いやここ春の国でも厳しくはないかい?」

「裸足だと早く走れる。もしかすると、狩りでもするのかもしれない」

「狩り! いまどき走り回って狩りをする人たちがいようものなら、わたしゃあ仰天するよ!」

「あの子の足の皮、ありゃ厚かった」

 これからもずっと、夫婦二人の会話は続いた。

 まるで、いまから読もうとする物語の、あらすじを想像するように。

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