みなさん仲良くゆきましょう!

僕は社長になった。

そして、2,000億円の借金の『人質』でもある。


「キヨロウくん、おはよう」

「あ、おはようございます、高瀬社長・・・じゃなかった、高瀬専務!」

「キヨロウ、おはよう」

「課長・・・じゃなかった、常務、おはようございます!」


・・・課長が常務に変わっても名前はまだわからない・・・


「キヨロウ、おはよう。元気?」

「鏡取締役、おはようございます。元気です」

「キヨロウ、おはよーっ!」

「おはよう・・・って言うか、一緒に朝飯食べただろ!? せっち!」

「へへー。副社長、でしょ?」

「ふくしゃちょー!」


小学校が冬休みに入っているので今日はマノアハウス から一緒に出勤してきたのだ。せっちは適当な呼び方、とかなんとか不平不満をつぶやいてる。


『社食』での朝一番の役員ミーティングを終え、いつも通り社内の各部署の業務状況を社長である僕自ら確認しに行く。これは裸の王様にならないためには外せないプロセスだ。

営業担当部署が入ったフロアを歩く。


「キヨロウさん」


あ。


「キヨロウさん、今日も一日よろしくお願いします」

「ああ。今日も一緒に頑張ろう、にっち」

「はい」


にっちは現場に留まることを強く望んだ。

にっちが『課長』に続く2代目のモニタリング課課長となった。驚くべきことに久木田社長がいち課員として嘱託での応募をしてきて、モニタリング課の課員となった。


「よろしくお願いします。久木田社・・・久木田さん」

「こちらこそ。にっち課長」


決して現場を軽視せず、仕事の本質と捉えていた久木田社長。にっちの補佐として豪華すぎる配役。鬼に金棒だ。


新体制でスタートした僕らの会社。

新社名は、


ステイショナリー・ファイター II


なんだかゲームみたいな名前になったけれども名付け親は実はチョッサーだ。


「新しい船が造られる時、II世という名前をつける。先代船の魂を生まれ変わらせ、新しい世界へ航海するのさ」


まるで中二病だ。これしかない、と思った。


廊下で遇った僕とにっちは立ったまま言葉を交わす。

にっちが、じゃらっ、とそれを取り出した。


「キヨロウさん、お忙しいですよね? これ、使いましょう」


質屋のばあちゃんがくれた、指輪のサイズを測る輪っかの束。

マノアハウスで僕・にっち・せっちの3人で同居してるのに、なかなか揃ってゲームしたり談笑する時間もない。

にっちは僕に促す。


「指を、通してください」


僕はこれかな? と思う輪っかに左の薬指を通した。


うん、ぴったりだ。


にっちがその輪っかに赤い毛糸を結んで目印にした。


「にっちの輪っかはどれ?」

「これです」


うわあ・・・細い指なんだな。

僕はにっちの薬指のサイズの輪っかを見て、とても愛おしく思った。


「じゃあ、わたしがブライダル・ショップに行って段取りして置きますね」

「にっち」

「はい」

「大好きだよ」

「・・・わたしもです」

「一緒に行かないかい? ブライダル・ショップに」

「え・・・でも、いいんですか?」

「う、うん。高瀬専務もいるし。日曜にちょろっとなら時間取れるさ」

「ふふ。乗っ取られちゃいますよ?」

「それでもいいよ」


にっちがゆっくりと首を振る。


「いいえ。やっぱり社長はキヨロウさんです。だって、社員のみんなを『傘に入れて』ます」

「そうかな・・・」

「そうです。嫉妬に燃えます」


ああ・・・男冥利に尽きるよ。


「だから、マノアハウス にいる時は、わたしとせっちだけの傘でいてくださいね」

「ああ。もちろん」

「それから、わたしと2人きりの時は」

「うん」

「わたしだけの傘でいてください」

「・・・うん」


静かな廊下の、日の光が逆光になってる窓の横。

ゆっくりと鼻と鼻を近づける僕ら。


「キヨロウ社長! おはようございます!」


驚異的な反射神経で僕らは離れた。


「あ、ああ。おはようございます!」


僕らの仕事は、始まったばかりだ。

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