愛を込めた武器で未来を撃ち抜こう
梶田は流木を手にしている。
それは木刀とほぼ同じ形状と長さ、おそらく質量も打撃に有効なものだろう。
エコ・コンベ・センターの警備スタッフたちは皆おそらく柔道・剣道の有段者だ。彼らが一様に梶田から距離を置いて特殊警棒を構える。容易に近づけないのは警備員たちの強さ故の高い危機察知能力を示している。だが、職務遂行への責任感も強い彼らは意を決して一歩踏み出そうとした。
「下がっていてください」
静かに告げ、にっちはランウェイを歩くモデルにも劣らない美しい歩行で梶田に近づく。
「にっち!」
たまらず僕は大声で彼女を呼ばわる。
そして課長から預かった、800℃の熱線を放つペン型レーザー・ポインタをポケットの中で握り締める。
「キヨロウさん。大丈夫です」
にっちには僕が武器を構える気配を察知されてしまったようだ。僕自身、にっちのその声になぜか畏れを感じ、手が止まってしまった。
にっちはそのまま歩みを進める。
「美少女ファイター。俺が生き続けるためにはやはりお前を屠らねばならん」
「梶田。あなたはボクサーを辞めて、ルールの中にいない一般の人を殴った瞬間に死んでるのよ。そして今もこうして拳以外の武器を手にしている」
「うるさい。殺し合いにルールなどあるかっ!」
「違うわ。さっき高瀬社長はわたしの土俵のルールに合わせて正々堂々と戦ってくれた。あなたとはレベルの違う人格よ」
「これは
「ええ、その通りよ。でも、武士もルールを持って戦ってたわ」
「なにおっ!?」
「縁あって戦場で巡り会い、殺し殺される者同士の尊敬と慈しみよ」
「そんな目に見えないものがルールになるかあっ!」
「梶田、憐れな人。わたしがあなたを全力で性根ごと悔悟させてあげるわ」
きゅ・きゅっ、と裸足の形のよい足指で床にほんの少しだけ体重をかけ、今度はにっちもフットワークを使う。梶田も木刀を持ちながら東洋チャンプ時代の華麗なフットワークを使う。
2人の動きが、激しい。
「とっ!」
にっちが細かな足さばきで目の覚めるようなダッシュをする。梶田が払うように振る流木を前進の推進力を緩めずに避けながら小手にパンチを放った。
「っぐ!」
梶田は撃たれた右手を瞬間的に開き、左手だけで流木をスゥイングする。にっちの股下からすくい上げるように振った流木の軌道をにっちは、くん、と股をすぼめてエコな動きでかわす。そのままターンして裏拳を放った。
「ぐわ!」
にっちの右手の甲が梶田の顎を払い、ぐるん、と彼の顔が横にひしゃげた。
「せっ!」
短く気合を入れて今度は左の小手を撃とうとするが、梶田はそのまま後ろに飛び退いた。
梶田の眼が、怒りで据わっている。
二の腕がここまで硬直するものだろうかというぐらいに固まっていくのが僕らにも分かった。
『あ・・・』
僕は感じた。
梶田はどのような反撃を受けようとも最後の一振りをにっちの顔面、ノーズガードを外した、その愛らしい鼻に打ち下ろそうと決意している。勝ち負けというよりは、悪魔に魂を売り渡してでもにっちを殺そうという恨みつらみの執念を全身から放っている。
ポケットからレーザー・ポインタを出そうとする僕の手に、じゃらっ、という感触が伝わった。
『あ・・・これって?』
なんだかよくわからない、鉄の輪っかが連なった道具。
質屋のばあちゃんから、『おまけだ』と言って渡された知恵の輪のようなカイザーナックルのようなそれ。『役に立つだろう』とも言ってた。
「にっち!」
彼女があくまで拳だけで戦うのならば、これはそのための、彼女のルールに則った武器たりうるだろう。
僕はにっちにその道具を放った。
視線を僕の方へ一瞬だけ移し、にこっ、と微笑むにっち。
左手でその武器を受け取るとすかさず右拳の指に挟み、鉄の輪っかの連なりを相手に向けるように握り込む。
「とうううっ!」
梶田が全体重どころか、魂の重さまで流木に乗せ、重さと・驚異的なスゥイングスピードでにっちの頭上から切っ先がちょうど鼻に位置するような弧を描いて振り下ろしてきた。
まるで加速する電光石火の太刀筋。
にっちが、消えた。
「てっ!」
既ににっちは流木の真横に移動し、90°の角度から流木の側面に、右拳の鉄の輪っかを短く鋭くパンチした。
ガランガラン、と梶田の手から弾き飛ばされ床に落ちて転げる流木。
「えいっ!」
最後のパンチに、にっちは鉄を装着した右拳は使わなかった。
代わりに、小さく、ピンクの可愛らしい指を握りしめた左拳で、梶田の鼻の突起を、真横から、シュパッ、と撃ち抜いた。
きれいに鼻がひしゃげる梶田。そのままふらふらと数歩前へ歩んだかと思ったら、後頭部から、ずだあっ、と床に倒れこんだ。
「救急車をっ!」
勝ち鬨の代わりにそう叫ぶにっち。
警備スタッフたちが大慌てで梶田の搬送の準備をする。
場内は騒然としたまま、その流れで総会は閉幕した。新社長である僕への取材どころじゃない。
まあ、その方がありがたいけどね。
「キヨロウさん。助けてくださってありがとうございました」
「ごめん・・・何もしてあげられなかった」
「いいえ。キヨロウさんはやっぱりわたしを『傘に入れて』くれてます」
にっちが僕の所にゆっくりと歩いてきた。ほんとはぎゅっと抱きしめたいけれども、こんなにも大勢の人前でそこまでできるほど先進的な男では僕はない。
「でもキヨロウさん、これって何なんですか?」
「さあ・・・質屋のばあちゃんがくれたやつだから、武器の一種なんだろうと思うけど・・・」
「違うわよ、キヨロウ」
葬儀を滞りなく終えた鏡さんと課長が立っていた。
「それはね、指輪のサイズを測るリングよ」
「えっ?」
なんだって?
「質流れの指輪を売るときにお客さんの指のサイズを測るやつだな。ただ、指輪を作るときにも使う道具だよ」
課長がそう言うと、せっちが早口でまくしたてた。
「そっか! じゃあ、2人して指輪のサイズ測っちゃいなよ!」
「な、なんの指輪の?・・・」
「バッカ! にっちとキヨロウの結婚指輪に決まってるでしょっ!」
課長と鏡さんはそういう柄じゃないからヒューヒューとは言わないけれども、さっきのにっちの戦いにいたく感動したらしい警備スタッフたちが、おおー!とどよめいて拍手してくれた。
僕とにっちと2人並んで、全身を火照らせて、なぜかペコペコとその場の皆さんにお辞儀した。
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