第5話 秋葉へ

     1


 瀬勿関せなせき先生が発見したときにはなにもかもが終わったあとで。

 保護していた被害者の少女・降走満否ふるばしりマイナ(仮名)は病室を抜け出し。

 国立更生研究所。

 10時50分。

 少女を暴行したと思われる、同じく保護下にあった七名の少年たちは、

 ベッドの上で無数の刺し傷を負い、

 出血多量。

 血圧低下。

 生きたまま精巣を抉り出されて。

 死亡した。

 七名全員が。

 別の個室にいたのだが、最も階段に遠い部屋の。

 床に転がって眠っていた降走満否(仮名)が、

 握りしめていた刃物や肌に付着していた大量の血液が、

 過剰なまでの物的証拠であり。

 少女本人も犯行を認めており。

「そんな記者発表みたいな内容が聞きたいんじゃないんです」

「取り調べでもするか」瀬勿関先生が言う。「明らかに正気だぞ、彼女は」

 医師の判断は少女が今現在話ができる状態だという。そして、

 この異常なまでの犯行時、先生の診察によるなら、

 心神喪失の状態ではなかったという。ことだが、

 僕が言いたいのはそういうことではなく。

「どうして」

「のあとに続くのはなんだ?私の監督不行き届きを指摘したいのか」

 病室の天井付近に光るあれ。

「あの映像を見せてください」

 監視カメラ。

「何の権限で言っているんだ?」瀬勿関先生は、病室を掃除し片付けたスタッフに眼線で撤収命令を出す。「ここは対策課の一部じゃない。況してや傘下でもない。加えて県警含め警察組織とは縁もゆかりもない」

 対策課課長を連れてこようが、県警本部長を連れてこようが。

 まったく同じ返答をすると。

「ではどこの管轄なんですか」

 国立更生研究所。

「それを君に言ってどうする?そこの最高責任者を引きずってくるのか。ムダくん、ここは君が思っているほど」

「正義じゃないんですね」

「わかっていることは言わないでくれるか」

 保存が鉄則の犯行現場はすっかり元通り。

 証拠隠滅の隠蔽工作が、僕のいる眼の前で堂々と行われ完了してしまった。

 白い空間。

 無機質の白。

 警察組織が介入することを拒絶している。

 この白い城の最高責任者は背中を向ける。

「大学と同じだよ。自治が認められている」

「認めたその主語は誰ですか」

「誰なら納得するんだ。首相か。大統領か」瀬勿関先生が部屋を出て行こうとする。「もういいか。私も暇じゃない」

「僕だって暇じゃない」

 フライングエイジヤは、

 第四段階の終結宣言もないまま第五段階に移行してしまった。

 第四段階。

 両親の否定。すなわち殺人。

 第五段階。

 自身の落胆。すなわち自殺。

 課長と本部長が必死で食い止めようと策を巡らせているというのに。僕は、

 それらのすべてを放置してここにいるのだから。

 スーザちゃんから連絡が入った。

 いますぐ来いと。大変なことになったと。そのスーザちゃんは、

 入れ違いでどこぞへ行ってしまった。

 せめてスーザちゃんがいれば。どうして、のあとに続くはずだった言葉は。

「スーザちゃんがいないんですか」なんで。「僕に任せてここを」離れたのか。

 瀬勿関先生がエレベータに乗る。

 ドアを抉じ開ける。

「まだ話は」

「終わらせてくれないか。やることがある」先生はRのボタンを押した。

 屋上。

「何をするんですか」屋上なんか。

 第五段階がちらつく。

 飛び降り?

「付き添いは欲していないが」

「何をするのかと聞いてるんです」怒鳴ろうが喚こうがその相手が僕である限りは、

 瀬勿関先生とまともな会話をするだけの権利も持たない。

 では誰なら?誰なら先生の一切を制限できる権限を持つんだ。

 先生は一体、

 誰の下で働いているんだ?

 国立更生研究所。

「ここの沿革でも読むといい。あとでパンフレットを探そう」瀬勿関先生は首から提げているIDカードを、エレベータの操作盤にかざす。

 ぴぴぴ、という音がして。おそらく承認の音。

 ドアが開く。

 屋上。

「付き添いは不要だが」

 風が。

 視界を奪う。閉まろうとしたドアを間一髪で止め、

 11時05分。

 瀬勿関先生の白衣が煽られる。

 強風の中、

 看護師だろうか。僕は彼に見覚えがあった。

 この夏の事件で、

 初めてここを訪れたときに見た。地下で。

 名札がないので名前がわからない。わざと付けていない。僕みたいなのにうっかり見られて名前を記憶されると困るからだ。

 あのときと同じ白いナースウェアを着た茶髪の青年が車椅子を押して。

 座っていたのは、眼隠しをされ口を塞がれ。

 両手両脚を体躯ごと拘束された。

 降走満否。

 全身の力が抜けている。鎮静剤かなにかを打たれた。

「御苦労だったな。暴れただろう」瀬勿関先生が青年に言う。空を見たまま。

 青年は先生の数メートル後ろで車椅子をロックする。僕を横目で見遣ったが、

 すぐに先生の背中を捕捉し言った。

「遺体の引き取りですけど」

「任せるよ」

「来るでしょうか」

「死体に興味はない」好きにしろということだ。瀬勿関先生は、

 空を見上げたまま。

「どうするつもりですか。来なかった場合」

 ここでの暗黙の了解を言語化させたかった。僕は惨めに食い下がる。

「悪いがあの部外者を追い出してくれ。うるさくて敵わない」

 ぱらぱらぱらぱら。

 遠くで。

「注射を持っていませんので」青年が真面目なトーンで言う。

「常時携帯命令を出そうか。そこにいるムダくんのように」

 聞こえる轟音を利用して。

 こちらの音を消すとしよう。

「動かないでください」

 一つは白衣。もう一つは、

 これまた白衣。

 強風に弄ばれているほう。

「やれやれ、守衛に長期休暇をやらないとな」先生は余裕の表情で。

 まさか僕が本当に撃つなんて思っていない。

 さて、どうかな。

「手を挙げて。そうです。そのまま頭の後ろで」

 先生が顎をしゃくり。

 青年が無表情でそれに従う。車椅子から手を離す。

朱咲スザキがやることやってとんずらした理由がようやくわかったよ」

「スーザちゃんは共犯ですか」

「君は?どっちがいいんだ」敵か味方か。「私は君のために副所長の座を空けてあるんだが。甘味料のふざけたツラ目掛けて辞表を突き付けてくれる日を心待ちにしている」

「お断りしたはずです」

「フられるのは慣れているよ」瀬勿関先生が言う。「男にも雨にも」

 ぱらぱらぱらぱら。

 やけに、

 近くないか。建物は七階建て。

 周囲にはほかに目立った建造物はない。

「何をするつもりなんですか」

「ここが何をするための施設なのか考えろ」

 国立更生研究所。

「更生とは名ばかりの、犯罪者とその被害者を名実ともに抹消する」

 風が強いのとうるさいので。

 照準がどうにも定まらない。

「フライングエイジヤは第五段階に入ったそうです。少女をそこから突き落とせばさぞ、さっぱり消えてくれますよね」

「何を言っているのかよくわからないが」瀬勿関先生が組んだ手で首の後ろを掻く。「すまないな、昨日から不眠不休で風呂にも入れていない。早く済ませてゆっくり温泉にでも浸かりたいんだ。その物騒な違法飛び道具を下ろしてくれないか」

「下ろしたら落とすんでしょう?」

 証拠隠滅で。関係者抹殺。

 口封じ。

「僕も懐柔するつもりですか。副所長のポストを餌に」

「朱咲がそんなタマか。頼むから冷静に」

 ばらばらばらばら。

 瀬勿関先生と青年がほぼ同時に、

 空を。

 見ると。ヘリがホバリングをして。

 瀬勿関先生の口が動いて、空を顎で。

 ばらばらばらばら。

 ものすごい轟音とものすごい強風で。

「なんですか?」聞こえやしない。

「ってもいいか」

「はい?」聞こえないという意味のジェスチュアも付ける。

 外耳にパラボラ。

「離れろと言ってる」

 言ってるのはヘリの操縦者。瀬勿関先生が空を指さす。

 ばらばらばらばら。

 降下。

 着陸。

 青年が車椅子を押して待ち構える。

 ヘリから降りてきたのは、

 またも白衣。メガネをかけた物静かそうな没個性の。

 僕と同じくらいの年齢。三十代かそこらの。いや、もう少し年上か。

 日々全方向からの重圧に苛まれ心労が絶えない。中間管理職的な苦労を滲ませた。

 そんな彼は早口で自分の身分を名乗り、その証を瀬勿関先生に見せるも。

 先生はそんなもの見厭きたとばかりに軽くいなす。

「嗅ぎつけるのが速すぎやしないか。いまに始まったことじゃないが」

「迅速な対応が第一と考えています」彼がヘリを振り返る。「お願いします」

 鮮烈な赤の作業つなぎを来た男が降りてきて。

 軽々と車椅子を持ち上げ。

 ヘリの中へ消えた。その手際の良さには一種の美学すら感じられた。

 赤いつなぎの男は、この手のことをもう何十年と日常茶飯事的に繰り返しているのだろう。そうゆう職人的な最適化がなされた、一瞬の出来事だった。

「いいのか。身柄を連行されるぞ?」という瀬勿関先生の冗談めいた発言でようやく。

「待ってください」

 僕のちゃちな脅しでしかない二つの銃口は、

 突然の来訪者には、

 足を止めるくらいの効果しかない。

「何か」白衣の彼が言う。

「彼女をどうするつもりですか」

「降走満否(仮名)は、現時刻を持って当局の預かりになりました」

「当局とは?どちらですか」

「名刺が要りますか」彼は白衣のポケットから出した名刺を僕にくれた。「瀬勿関所長より伺っています。この夏に異動になった徒村等良あだむらナドヨシさん。次期副所長候補だという」

「完全なデマですね。僕はそんなつもりは更々ありません」

 名刺に書かれた肩書きと名前を読んで皮肉球をまんま打ち返してやろうと思った僕の目論見は、失敗に終わる。

 漢字が多すぎて意味が霧散している。略して対策課以上に。

 財団あかいにしん?

 どこの悪の秘密結社だ。

「年末に定例学会がありますので」悪の秘密結社の幹部の彼が瀬勿関先生に言う。仲間という同志に勧誘する意図があるのかもしれない。「ご都合がつくようでしたらまた」

「結構だ。クリスマスカード代わりにゴミを送って寄越すな」

 ばらばらばらばら。

 搭乗。

 離陸。

 ぱらぱらぱらぱら。

「何者なんですか」

 強風と轟音が遠ざかる。

「そこに書いてないか」名刺。

 財団あかいにしん立環境人格研究所邦内最年少世代分室室長・小児科医、

 逆灘覚史さかなだサトルシ

「先生との関係が知りたいんですけど」敵か味方か。

 茶髪の青年が先に戻る旨を告げてその場を去る。

 11時45分。

 瀬勿関先生はヘリの飛び立った方向に背を向ける。

「ライバル会社みたいなものだ」

 ライバルが医者?

 精神科医ヴァーサス小児科医。

「先生の因縁の方ですか」

 過去にその立場由来の信念により対立したりなんだったり。

「代理戦争だ。私には関係ない」瀬勿関先生がエレベータに乗る。「もっと訊かなきゃいけないことがあるんじゃないか」

「三つだけですね?」僕も追いかける。

 瀬勿関先生はわざわざドアを開けるボタンを押して待っていてくれた。

「この場では一つだ」

 下降。

「彼女、降走満否(仮名)は更生不可能ということですか」

 笑う。

 紅い三日月。

「やはり副所長の座は空けておくとしよう」


      2


 平日の真昼間だというのに行き交う人の量が半端ない。

 よけ違いができない。前が見えない。ついでに後ろも左右も。

 見えるのは、

 延々続くアーケードの天井。

 この商店街で、今日・明日・明後日と開かれる祭りのせいだ。

「すみません」も「ちょっとごめんなさい」も無意味と化す。

 ただ流れに従って一方方向に進むほかない。

 時刻ばっか確認してるとどっかの優秀な部下みたいだからあんましやりたくないんだけど、やらないと。

 どーにもこーにも。ねえ?

 11時44分。

 本日正午までに、

 このごった返しの商店街のどこかにいる、

 本名・久永幕透ひさながマクトもしくは、

 HN・Recorderとどのつまりフライングエイジヤのリーダと名乗るガキを見つけないと、

「どーなるんすかね」さっきっから鬱陶しいの権化ともいうべきキャッチともナンパともつかない成人男子軍勢を振り切りつつ。「しょーじきどーでもよくないすかね?」

 監視カメラの映像を見つつナビしてくれてる我らがご主人さまと生電話。

「悠長なこと言ってますと出入り口を封鎖して袋のネズミ作戦を決行しますわよ」

 11時45分。

 スーザちゃんの作戦は完璧だ。穴がない。しかしその方法では、

 何も解決しない。

 この鬼ごっこは俺が提案した。

 ガキと遊ぶにはこれが一番。

 逃げろ逃げろ。そして捕まえて。

「本気でやってくださいましな?」スーザちゃんの声。「大王さまが激励の言葉を仰りたいようですの。いま」

「ごめん。電波が」

「オズく」

 切った。

 11時46分。

 地の利は五分五分。だろう。俺はここいらが地元だけども、

 久永幕透は?

 リーダは?来たことあるだろうか。

 アーケードが全長二キロ強とかあり得ないし勝ち目もなさげだけど、俺は。

 この方法しかないと思った。これなら、

 捕まえられる。

 鬼という立場を利用して。

 いや、

 鬼という立場を最大限活かして。なんだかそれも違うか。

 考えろ。走れ。

 止まるな。

 頭も足も。どっちも違う意味で痛いんだけども。

 腹痛たよりはマシだろうってね。

 向こうも動いてる。

 せめて定点。それなら隈なく探せば見つけられるしそれに、

 それじゃあ、

 鬼ごっこでもなんでもない。

 11時47分。

 おっといけない。交差点。

 うーんと、

 こっち。右。

 ご主人から電話がきた。

「人が多すぎますわ。いまからでも増員を」

「いーんすか?」

 単体でよーかい露出狂んとこの研究所に乗り込んでるはず。

 対策課期待の新人。

 他ならぬスーザちゃんの垂れ込みで。

「追い返すおつもりですのね?そうは問屋が卸しませんわ」

「そうゆう言葉どこで習ってくんですか。死語かと」

 ゲーセンに行くとキャッチに声をかけられる。

 通りを歩くとナンパに引っかかる。いっそ首から提げようか。

 俺は元ケーサツの端くれで、

 男ですよって。この装備が失敗した。

 この秋の新作。

「ムダさんなら心配には及びませんわ」

「信じてますねえ」

「それもありますけれど、ムダさんはわたくしがいると本気を出せませんの。本気を出すことでわたくしに本性を晒したくないからですわ。ですが、ボーくんは」

 すぐ前を歩いていた長身の青年が急に足を止める。

 邪魔だ。そうゆう周囲の流れを読まないのが一番困る。

「聴いてます?ボーくん」

「見てないとやる気出さないってことすかね?しょーにん欲求が強いんでしょうね」

「わたくしは見ていますわ」レンズの向こうで。

 11時48分。

 例の空気の読めない長身の青年に腕を掴まれて路地裏へ連れ込まれる。

 うーわ。サイアク。

「離してくれない?」

 急いでるし。そんな気もないし。

 まだ真昼間だし。

 ダクトから肉の焦げたにおいがする。

「足、痛いんすか」青年が言う。俺の右足を見ながら。

 包帯が物々しいのだ。

 そんなに物珍しいか。たかが包帯。

「用はそれだけ?」こちとらそれごころじゃないんだっての。「行くよ」

「あの、俺で役に立てることあったら」

 一目惚れでもされちゃったのか。

 あちゃー。そうゆうのは夜中に仕切り直してって。

「さいならー」日の高いうちは相手にできないんだ。

「フライングエイジヤって知ってますか。俺、それに入ってて」青年が路地の出口に立ち塞がる。「朝のあれにも参加してて。そんで、あなたの写真が貼られてて」

 一目惚れをしたと。

 違うか。違ったらしい。

「俺がケガしたことも知られてるの?」

「リーダに蹴られたんすよね?大丈夫すか」

 そこまで割れてるのか。

 わかった。ボスこと塑堂夜日古そどうヨルヒコが実況中継してくれていたのだ。

 しきりにケータイをいじってるから何してるのかと思えば。

 11時49分。

 げ。時間が。

「じゃあ俺が何してるのかも知ってるね?」

「協力したらいけないとは書いてなかったと思うんで。てゆーか」青年がケータイを見せる。来月の給料で俺が買おうとしてる話題総ざらいの新機種だった。「俺だけじゃないんで。俺以外にもここに集合して、散らばって情報交換とかやってて」

「心意気だけ受け取っとく。でもこれは俺とリーダの問題だからさ」

 青年が無言でケータイを突き付ける。

 チャット画面。


 Recorder 〉てめーらが束んなったとこで俺は捕まえらんねえよ


 明らかな承諾の意。そうか、そうゆうことを。

 君たちは、

「ごめん。30秒だけ」青年の分厚い胸板を無許可で借りる。俺は、

 創始者の肩書を返上したほうがいいのかもしれない。

 君たちが、

 フライングエイジヤの紛いもんだとか。

 似て非なるまったくの別もんだとか、へーきで言ってのけたのは。

 いったいどこの暴君だ。

 情けないやら恥ずかしいやら。

 ログイン。

 やっぱ俺は死んでもボーくん極まりないらしい。顔から火が出そう。

「30秒経ちます」青年が静かに教えてくれた。

 11時50分。

「ほーこくごくろー」もし、許されるのなら。

 これが最後で構わない。

 君たちが認めてさえくれるのなら、

 名ばかりの創始者権限を発動させてほしい。


 Oz 〉フライングエイジヤの復活をここに宣言する。トヲル


 書き込んだ瞬間にものすごい勢いでメッセージが流れて。早すぎてまともに文章を取れなかったけど、たぶん。みんな、

 喜んでくれてるっぽかった。それだけでこっちも嬉しくなる。

 ああ、これだ。

 この感じだ。これこそが、

 在りし日に、

 久永幕透くえいまくトヲルが創ったフライングエイジヤ。泣きそうだ。

「行きましょう」青年が大通りに出る。

「君に言われなくたってさ」

 どこにいるかはわかんないけど。どこにでもいてくれてる。

 両親の迎えを待って立ち尽くしてた絶望的なガキどもに、

 何があったかわからないけど。

 よかったことがあったんなら。よかったことがあったのだ。だからこそ、

 いま、

 ここにいてくれている。ここにいて、

 何とかしようと。

 僕の私の俺のフライングエイジヤのために、

 何かできないかと。協力を申し出てくれたのだ。

 古着。宝飾。

「君はさ」

 11時51分。

「迎えに来てくれたの?」両親。

「いえ。でも迎えに来てくれたとことか、第二段階で自分で行ったとかでも、うまくいったってゆう書き込み見てたら、なんかバカらしくっつったらアレすけど。なんつーか」

 屋台。民族料理。

「俺、こんなことしてていいのかなって。思って」

「来てくれたんだ。ありがとね」

 むず痒くって。

 やってらんないや。

「いえ。あなたのお陰なんすよね?こいつら、みんな感謝してるっつーか」

「そうゆうのは終わってから聞くよ」

 とにもかくにも、

 困ったちゃんたちを探してやらないと。

 リサイクルショップ。

 なにやら人だかりが。在庫一掃セールでもしているのだろうか。

 違う。

 青年がケータイを操作するまでもなく。

 両脇によける。中央に、

 通り道が。

 店の中に、

 いるのだろう。リーダが。

 11時52分。

 間に合った。通り道が、

 閉じられる。

「ばーっかじゃねえの」ドアが開いて。

 黒の上下ジャージ。ピンクのライン。

 髪の流れごと重力に逆らっている。

 あのときのガキだ。

「まんまと罠んかかってくれてよお」

 人だかりがブラインド代わり。

 店内からしか見えない。通りからは、

 何が行われているかわからない。

「へーわな商店街で、こーかいレイプでもしようって?ガキが」

 リーダが笑う。

 視線が集まる。フライングエイジヤの新規メンバの有象無象が。

 後ろから。

「妙な真似してみろよ?こいつで」刃物。リーダの手に。「首根っこ掻っ切る」

 青年が、

 11時53分。

 リーダの側に。ああそうか。

 そうゆうことね。

「わざわざ迎えに来てくれたってわけ?ごくろーさん」

 てことはさっきのは。

 まるっとウソっぱちか。畜生めが。

 全俺が泣いたあの感動を返せ。

「死にたいなら死ねばど?止めないけど」若干怒ったよ。

 さすがの俺でも、さ。

 そうゆう小賢しいだまし討ちは。

「マクト」リーダが青年に言う。「おらよ。かんどーのご対面だぜ」

 改めて見る。長身の青年。

 壊滅的に眼つきが悪い。

 私服。

 全体的に白い。ネクタイだけ黒い。

「君が」

 久永幕透ひさながマクト

 正真正銘本名。

「自首しようと思ったんすけど」

 11時54分。

「第五段階ってのはなに?ご両親の眼の前で死ぬ演技?」

 作戦失敗したメンバが、

 ここに雁首揃えている。ざっと、

 ウん十名ほど。

「あのカスどもは俺らに一切関心ねーっての」リーダが言う。「意味ねえわけよ。五年も死んでたってのに捜しもしねえで」

「そりゃさ、完璧な死亡診断書と替え玉死体をこんちはーって宅配されちゃったらね」信じるほかない。

 動かぬ証拠、というやつで。

 疑ってかかろうにも、

「おいしー飴ちゃんで口封じされちゃってたわけよ」リーダが親指と人差し指で丸をつくる。

「君ら一人頭いくらだったか教えたげよーか。よけ絶望しちゃうけどさ」

 驚きの安さ。

 人間は、こんなにも貨幣的価値の低い。

「心配かけたかっただけなんだろうけどね。それをどっかの極悪人にうまいことりよーされちゃって」

 デッドエンド。

「どーせなら、心配してくれそうなあんたの前で死にてえわけだ」リーダが刃先で自分の頬を撫でる。

 11時55分。

 通行人には見えていない。もし見えていたとしても、若者に大人気の大道芸か何かだと思われて通過されるのが関の山。

 ガキのすることは、大人にはその程度にしか取ってもらえない。

 スーザちゃんには、

 見えているはずだが。あえて何もしてこないのは、

 何もしないように説得してくれている。血気盛んな大人らを。

 タイムリミットはすなわち、

 対策課のタイムリミットでもある。正午になれば、

 この作戦は失敗となる。

 あと5分。

「そうやって一人ずつ順番に死んでくところを見てろって?じょーだんじゃない」

 俄かに足が痛い。

 この足でヒールなんか履くもんじゃない。

 よろける。久永幕透が、

 支えてくれようとしたが。支えてくれようと?

「死にたい奴は死ねばいい」気丈な俺は突っぱねる。「果たしておくびょーな君らにそんな大逸れたゆーきがあるんならね。ほら、やってご覧よ。ここで」座ってやった。「見ててあげるから」

 久永幕透ひさながマクトが臆した。のをリーダが感じ取って、

 刃物を。

 真っ逆さま。

「ホントに死ぬぜ?いいのかよ」自分の首に。

 突き付けて。

 その手が震えてるのも知らずに。

「いーよ。君らが死んだところで悲しむのは俺だけだから」

 止まる。

 手も。足も。

 刃物は。

「君らに死なれると俺が悲しい。だってさ、君らは俺の仲間だから。フライングエイジヤは復活したんだ。君らは正式にメンバなわけだよ。友だちが死んだら悲しいよ」

 要らない。

 そんな凶器は。

 俺が受け止めてあげよう。

 その狂気ごと。

「おかえり」

 正午を知らせるサイレンが響き渡る。

 あかい。

 帽子をかぶったパンダが。


      5映


 *一つ目の映像


 白い空間で、

 白いワンピースに白いカーディガンを羽織った少女が。

 白いベッドに白い拘束具で四肢を保護されている少女に話しかけている。

「いいことを教えて差し上げますわ」

「あんただーれ?」少女は天井しか見えない。

 少女は少女の死角に立っている。

「せーぎの味方と申しましょうか。男根という概念を憎みきっているあなたに朗報ですのよ。引き取り先が決まりましたわ」

「それっていいこと?ぜーんぜんうれしくないよ」少女は眼を瞑る。「どーせ殺されちゃうんでしょ? しけー? でもあたしはふくしゅーしただけだもん。おんなじことしてやっただけだもん。じごーじとく」

「あなたの復讐は完了してはおりませんわ」少女は冷ややかに言う。「先ほどあなたが強姦したのちに殺害した七名の殿方ですけれど、あれ、人違いですわ」

 少女が眼を見開く。

 首を動かして少女の姿を捉えようとする。

「どーゆーこと?あたしは」

「確かに? 昨日夜間、公園であなたを集団で暴行したクソガキに間違いないと? 自信を持って言えますの?」

「だって、あの」少女が狼狽する。「あの顔は。それに、ちゃんと七人」

「常識でお考えになって? あなたの素性を知っているわたくしたちが、どうしてあなたの行動を予測しないでいられましょうか」少女は携帯電話を手元に。それを操作しつつ会話に応じる。「わたくしたちは、あなたのことをよく知っていますわ。降走満否ふるばしりミツイナさん。お望み通り死なせて差し上げましたのに」

「わかんない。ぜんぜんわかんない。なんで?」少女は動かない四肢に力を入れる。

 白い拘束具はびくともしない。

 ベッドがぎしぎし音を立てるだけで。

「なんで? なんでそーゆーことすんの? あたしは、あたしは」

「男が大嫌い? でしたわね」少女は手元の画面を見ている。「無理もありませんわ。ですが、無理に思い出されなくて結構ですのよ。無理に思い出されたからかのごとく天罰をお下しになっているのでしょう? あら、天罰は違う方の論拠でしたかしら」

 少女の呼吸が乱れる。

 少女は少女の顔に顔を近づける。

「ごきげんよう。連続レイプ魔のマイナさん」


 **二つ目の映像


 灰色の空間で、

 灰色のワンピースに灰色のカーディガンを羽織った少女が。

 白のシャツに白のジャケットを着た長身の青年に話しかけている。

「いいことを教えて差し上げますわ」

「俺はまたあすこに逆戻りすか」青年は床を見つめている。

 少女は青年に背を向けている。

「戻りたいのでしたらそのように手配することもできますけれど。お戻りになったところであなたに施す更生プログラムは存在しませんわ」

「誰も犯してないからすか」

「せめて思いの丈をぶつけておくべきでしたわね。至極暴力的な方法で」

「そんなこと」青年が顔を上げる。しかし、すぐに下を向く。「できないす。思いつきもしなかった」

 少女は携帯電話の画面を凝視している。

久永幕透くえいまくトヲルさんに気がおありだったのでしょう?フライングエイジヤを騙った理由はそこですわ。あんなもの、誰も憶えていませんことよ」

「お見通しすか。相手にされてなかったすけどね」

「クソガキは対象外ですわ」少女が携帯電話を青年に手渡す。「どうぞご覧になって?」

「なんすか」

「炎上していますのよ。あなたを釈放しろと」

 青年が画面を見る。

 表情が変化する。

「久永幕透が創ったフライングエイジヤは解体しましたけれど、あなたが再結成を唱えたフライングエイジヤはこんなにもお元気ですことよ」少女は青年を見ている。「なにせ伝説の久永幕透くえいまくトヲル公認ですもの。あの復活宣言は痺れましたわ。動機は不純ですけれどわたくしも、曲りなりも二つ返事で加入させて戴いた身ですもの。公認を盾にとって後任されては如何でしょう」

「俺でいいんすか」

「いま手にされているものが答えですわ。もっと堂々となさってくださいな」

 青年は無言で少女に頭を下げる。

 少女は柔らかに微笑む。

「無駄に生きるのも悪くありませんわよ?」


 ***三つ目の映像


 黒い空間で、

 白いワンピースに黒いカーディガンを羽織った少女が。

 黒いジャージの上下を着た少年に話しかけている。

「いいことを教えて差し上げようかと思いましたけれど」

 少年は何も言わない。

 言えるような状態にない。

「あなたは一体どこの誰ですの? それをお答えいただかないことには」

 少年は何も答えない。

 答えられる状態にない。

「生体データは引っかかりませんし、もちろん先生のカルテにも存在しない。当時のフライングエイジヤのメンバリストにもそのような方はいませんの」少女は少年を中心とした円上を移動する。「リーダ。指導者。リコーダ。縦笛。記録するもの。お聞きになってます?」

 少年は返事をしない。

 返事ができる状態にない。

「困りましたわね。家に帰そうにも身元がわからず。更生させようにも」少女が足を止める。

 少年の真後ろで。

 耳打ちをする。

 音声が拾えない。声量が小さすぎて。

 口の動きを読み取ろうにも。

 少年の頭部に隠れて。

「これをご覧になっているムダさん?」少女がこちらを見る。

 眼が合う。

 少女はカメラの位置を知っている。

「質問がございましたらのちほどまとめて伺いますわ。その代わりにお願いがありますのよ。聞いていただける?」

 僕は画面相手に頷いてしまう。

 ライブ映像でもなんでもないのに。

「そう。交渉成立ですわね。これからわたくしはこの身元不明の少年に放送禁止行為を行ないますのよ。それを見られたくありませんの。特に愛するムダさんには。ですから、わたくしが合図をしましたら速やかに停止ボタンを押して、その映像データを消去していただきたいの。準備はよろしいですかしら」

 僕は停止ボタンにカーソルを持っていく。

「合図は簡単ですわ。わたくしがこれを」少女は携帯電話を持った右手を高く上げ。「こうしたら」

 投げつけた。

 砂嵐。

 映像が途切れる。

「さあさ、ムダさん。約束は守っていただかないと」スーザちゃんが言う。

 僕は。

 彼女にぶつける質問をまとめられる自信がない。

 スーザちゃんが僕のために用意してくれた映像ファイルはあと二つ残っている。


      3


 今回の俺の収穫。

 右足の包帯と、

 右手の包帯。

 今回の俺の不始末。

 左足と左手では足りない。何を懸ければ、

 あのガキどもに明日をまっとうに生きる糧を与えられるのか。

 五年前に殺されてそれっきり。

 五年後に生き返ったところで。

「君のせいじゃない」

 ただっ広いだけの会議室。

 対策本部は解散。当然それを執り仕切っていた最高責任者は。

「戻ったほうがいいかと」

「君が戻ったのを見届ける責任がある」

 本部長はとっくにステージを降りている。二重の意味で。

 ぐだぐだとパイプ椅子を片付けられずにいる俺を見上げる形になるんだけども、暴力的な武器でしかないその高身長のおかげでちっとも威圧感が和らがない。

 相手が俺だからか。

 なるほどそうかも。

「んじゃ帰りますんで」ステージを飛び降りようと思って気づく。

 片足でこの高さは自殺行為だ。

 そんな俺の思考経路を順繰りになぞった本部長が手を貸そうとする。

「危ないよ」

「階段を作らなかったのはあれですか。どんだけ俺が偉いとかそうゆう厭味な」

「明日中に付けさせるよ」

「今日中で」

 本部長が困った顔をするのが見たかったのだが、ガキでしかない俺には未来永劫できっこない。

 足への衝撃を最小限にすることを最優先に慎重にステージを降りる。着地時によろけたら思う壷だ。まずはヒールを脱いで。

「送らせよう。対策課まででいいかな」本部長が通信機器を耳に当てる。

 出入口付近で控えている厳ついメンツが手を耳にやって口を動かす。イヤフォンとインカムで会話。

 見えてるんだから。

 直接言えっての。すぐそこだろ。

 叫ばなくたって聞こえる。

 その程度の距離。

「別に歩けますんで」

「君の思うとおりにならなかったからといってそれが最善だったとも限らない」本部長が出入り口を見遣る。

 会場の照明を落とそうとしている厳ついメンツにガンを飛ばす。

 それが意味するところは。

「聞かれて困るようなことなら聞きたくないんですが」

「出向いてもいいのかね」対策課に。

 授業参観気取りか。どの面提げて。

「来たいなら来ればいいんじゃないすかね。あなたの権力のおかげでやってけてるようなもんですしね」

 勝手にしてくれ。

 どうだっていいんだ。

 バレようがバレまいが。

 本部長は隠そうとしてない。自分は隠すようなことを何もしていないと本気で思っているからだ。でも、いまここで直属の取り巻きを追い払ったのは。

 他ならぬ、

 俺に気を揉んでいる。俺に嫌われたくないから。おそらく、

 俺がそうしてほしいのではないかという想定の下で行動している。

 誰かの望み通り、

 出入り口封鎖。

「彼らの親元を捜し当ててもいい。送り届けることもできるよ」

「現にやろうとしてましたもんね」俺とか俺に。「で?彼らは? ガキども本人はなんてゆってるんです?帰りたいって?」言っているわけがない。

 帰りたくない。いまさら。

 自分を棄てたクソ親どもの庇護下にどうして帰りたいだなんて。

「先生に相談したほうがいいだろうか」ガキどもの担任の先生のことじゃない。

 大王と恐れられる本部長が畏まって先生だとかふざけた呼び方をする人間はこの世に一人。

 国立更生研究所・所長。

 瀬勿関せなせきシゲル精神科医。

「対象外でしょうが」性犯罪者の更生施設なのだ。表向きは。「女子だけなら文葦ぶんいにでも引き取ってもらったりとか。やりようがなくはないんですけどね」

 文葦というのは、私立文葦学園のこと。

 いまは亡き、祝多いわた店主が創った、

 世界に馴染めない女子が通う女子のための女子校であり。

 それこそ託児所から学業。就職まで面倒を看てくれる。

 しかし男子は、

 引き取り先がない。かといってこのまま野放しにもできない。

 そのための、

 フライングエイジヤではないのか。行き場のないガキどもの居場所としての。

「何もかも一人で背負うことはないよ。君一人で彼ら全員分の人生を背負ったらどうなると思う?押し潰されてしまうよ」

「足も折れてますしね」

「折れているのか」本部長が俺の足を触ろうと屈むので。

 一緒に屈んだ。

 それでも本部長の表情は変わらず。

「見せてくれ。ことによっては」

「折った相手を24時間耐久取り調べとかするつもりで?」笑えやしない。「じょーだん。すいません、折れてないです。ウソ言いました」

 特にコメントもなく本部長が立ち上がる。

 俺も、

 と思ったけど。眩暈がした。立ちくらみならぬ座りくらみが。

「休んだほうがいい。あとのことは任せて」

「相談するんですよね?」よーかい露出狂に。「五年前と同じですよ?まったくおんなじことになるの、わかってゆってます?そうならないために」突っ走ってきたってのに。足が痛かろうがめげず。手が血まみれになろうがお構いなしに。それが、

 ぜんぶ、

 無意味になる。消えてしまう。

 クソガキが。

 この街からごっそりいなくなってしまう。

 どうして誰も気づかないのだ。

 気づかないような価値しかないから。違う。

 必要ない。棄ててもいいようなガキだから。違う。

 必要なガキは、

 いなくなっていない。それが証拠だ。違う。

 ちがうちがう。

 違う。

 違うのだ。違わない。

 眩暈。

 めまい。

「大丈夫か」本部長が床に膝を付けて。

 俺の顔をのぞきこんでいる。

 似てない。俺の顔は、

 そんなに殺人級に強面じゃない。

 俺と本部長には血のつながり未満すらない。

 擬似親子。

 父親なんかとかく娘の心配を焼きたがる。

 それだけのことだ。

「大丈夫じゃないってゆったら入院とかさせるつもりでしょうに」

「帰ってきなさい」

 そうゆうのは、

 所有者に断ってからにしてもらわないと。ねえ?

 そのへんから見てんでしょ。

 常時のぞき魔・スーザちゃん。

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