第2話 キングN
1
疑い濃厚な少年たちを逮捕する権利はやはり、対策課にはなかった。
県警本部にもなかった。ので、合法的に収容しておけるスーザちゃんの奇策は、素晴らしく功を奏したわけで。
「意識が戻るまでだからな」瀬勿関先生が迷惑そうな顔で病室のドアを閉める。
国立更生研究所。
病院的な治療入院施設も兼ね備えている。地上階には。
「クソガキのお守りをしろと言っているわけではございませんのよ?」スーザちゃんは涼しい顔で暴言を。
クソガキ、て。確かにクソガキには違いないが。
「なんですの? ムダさん」
「なんだかなあ」
「意識が戻るまでは私の仕事になるんだ。まったく、無茶にもほどがある」
先生が気にしているのは、自らの仕事が増えてしまったことだけではない。スーザちゃんの奇策についての是非も含まれるだろうが、
タイムリミット。
少年ら七名の意識が戻るまでに。内一命でも意識が戻ってしまえばそこで。
ゲームセット。
命に別状がない少年たちをご家庭へと送り届けなければならない。本人たちが帰りたいか帰りたくないかは問題の外で。
彼ら自身には、自分をどうこうできる権利はない。
それが未成年であり、親権ということだ。
「でも誰一人として殴り込んで来ないんだね。うちの子を返せ、的な」
「不要なのではございません? そんな不良はうちの子ではありませんことよ」
「スーザちゃん」
「なんですの?」
22時46分。
主治医立ち会いの下、被害者の少女に面会を。
「できるわけがないだろう」
先生に追い立てられてエントランスロビィへ。壁際の人工滝の内側にまさか、エレベータがあるとは思うまい。
吹き抜けの天井から、首の長い恐竜の化石(おそらく複製)が逆立ちしている。
「許可できない理由は3点だ。わからない君ではない」
先生お得意の三本理論。
「全部当てたら明日出直してもいいですか」
「君たちの仕事は何だ? 甘味料がいなければすべきこともわからないのか」
スーザちゃんがこっそり耳打ちしてくれた。
瀬勿関先生の機嫌が悪い理由。
「すみません。一週間後に出直します」
ホルモンバランスだだ崩れ。
「それまでに片を付けろ」先生が檄を飛ばす。「いいな? 甘味料がいようがいまいが、対策課は成果を出さなきゃならない。“次”はないんだ。“今”をどうにかしろ」
「肝に銘じます」
「囮の可能性も含めまして」スーザちゃんが言う。「フライングエイジヤは、本当に復活したのでしょうか」
「推測か。確信か」先生が訊く。「対策課はお前だけじゃないぞ」
情報を共有しろと言いたいのだろう。
「お言葉ですけれど、わたくしは対策課に協力しているだけで席は置いてはおりません。不親切で言っているのではありませんのよ?違和感を覚えますの。とてつもない。言い知れない何かを」
「そいつがわかったら真っ先に報告しろ」
「ええ、ムダさんにお伝えしたそのあとでよろしければ」
瀬勿関先生のホルモンバランスをこれ以上掻き回さないためにも、さっさか退散したほうがよさそうだった。夜も遅いし。
23時05分。
僕は車を走らせる。
「フライングエイジヤにはリーダと申しましょうか。そもそもはネット上での活動が主でしたのよ。加入用件は中学生以上であること。創始者こそボーくんですけれど、クソガキの眼線でクソガキを束ねる形式上の長がおりましたの」
スーザちゃんがクソガキと言うたびに、ハンドルをあらぬ方向へ切ってしまいそうな衝動に駆られた。
なんとか踏み留まりながら延々と田舎道のドライブ。
「なんか食べる?」僕らは夕飯を食べ損ねたことに今更気づく。
「嫌ですわ。この時間に食べた物はすべて」
死亡になる。
かと思って吃驚した。脂肪だ。乙女の大敵。
「ムダさんがお食べになりたいと仰るならば、腕を奮いますわよ?」
「形式上の長の話に戻りたいんだけど」
フライングエイジヤ。
「死亡していますわ」
「死人が多いね」被害者の少女の身元といい。「本当に死んでたの?」
「替え玉説ですわね? 悪くはありませんけれど。ふふふ」スーザちゃんが笑う。口に手を当てて。「それをする利点がございませんもの。死んだように見せかけることで得をするのは真犯人くらいのものですわ」
「じゃあ真犯人なんじゃない?」
スーザちゃんが僕の顔を見て、眼球がこぼれそうなほどの大きな瞬き。
「さすがですわ、ムダさん。そうですわ。そうですのよ。死んだように見せかけて得をするのは」
「リーダとやらは死んでない。てこと?」
「目的地を変えますわ。わたくしと夜通し踊りまくっていただける?」
「返事は一種類しかないんでしょ? りょーかい」アクセルを踏み込む。「ところでどこ行くの? 実家で披露宴とかじゃないよね」
「まあ、お式が先ですわよ」純白のワンピースのスーザちゃんがカーナビをいじくる。「ある意味、ご実家かもしれませんわね対策課の」
表示された座標。
県警本部。
「いまから最高責任者を叩き起こしますわね」そう言って、スーザちゃんはケータイを耳に当てた。
よりによって、本部長を巻き込むのか。
あ、いや、本部長の後ろ盾なくして対策課の諸活動はあり得ないわけだが。
実験的趣が強く、下手をすれば無駄な公共事業になってしまいかねない対策課が対策課としての体裁を保っていられるのは、他ならぬ本部長のお陰だとかいう噂を小耳に挟んだり挟まなかったりで。真偽のほどや詳細は不明だが。
しかし本部長か。
と、思う。
「何を気にされていますの? 公務員など、国民のために滅私奉公してなんぼですわよ」
「あんまり訊きたくないんだけど、訊いてもいい?」
「なんですの?」
「本部長と、そのね、うちの課長殿って」
そうゆう関係なのか。どうなのか。
本当のところは。
「上司と部下の関係を著しく逸脱しているムダさんに言われたくありませんわ」
いや、まあそれに関してはごにょごにょで。
こっちもごにょごにょにしといたほうがいいかもしんない。と思ったのも束の間。
県警本部に到着してみると。
闇色のスーツ。正義の味方にしてはガタイがよすぎるし、にこりともにやりともしないことで有名な。凶悪ヅラをさせたらおそらくは、この組織がお縄にしてきた歴代のどの凶悪犯にも負けない。
「オズ君が行方不明だそうじゃないか」そんな本部長が血相変えて喚き散らしていた。「どうなっとるんだ。下に君がいながら」
いささか気になるのは、額に巻いたバンダナ。というよりは完全に手ぬぐい。そしてなぜかリンゴ柄という。
深夜テンション?とか?
その前や後ろにぞろぞろと、部下なのか直属なのか腰巾着なのか。とにかく明らかにとばっちりで叩き起こされた可哀相な本部勤務の皆々さまもご集結で。むしろご終結。
あれ?伏せるとか、隠すとかご内密にするとか。
そうゆう方向性の慎ましさはないのか。ないんだ。
なんで?
いいのかそれで。
「何百人欲しいんだね」本部長は捜査員の数を問うている。「すぐに捜査本部を」
「落ち着いてくださいな。皆さまも」スーザちゃんがぱんぱんと手を叩く。「このような深い時間に奇襲を掛けてしまい申し訳ございません。すぐに持ち場にお戻りくださって結構ですわ」
一同の視線が、最高責任者に集う。
焦点は手ぬぐいのリンゴだったかもしれない。
「待機したまえ」
「解散でよろしいですわよ」
24時00分。
組織もされていない捜査本部解散。
「捜査資料かな? 用があるのは」本部長がこともなげに言う。
わかってるじゃないか。
なんだ、さっきの大騒ぎは。
「フライングエイジヤの件は耳に入っているよ。五年前の再演だけは阻止してくれ」
「そのために、わたくしと、この」スーザちゃんがどさくさにまぎれて僕の手を。「ムダさんがおりますのよ」
「参ったな。いつの間に済ませたんだ」
「まだです」式もなにもかも。
「明言は避けますわ」死亡フラグになりますので。スーザちゃんが微笑む。「まだ死ぬわけにはまいりませんのよ。わたくしも、ムダさんも。そして」
胡子栗も。
勝手に死ぬんじゃないぞ?頼むから。
「オズ君にもしものことがあったら」本部長が僕の肩を掴む。スーザちゃんの死角における一瞬の出来事。「憶えておくといい」
僕も全速力であとを追わされる。
完全に死亡宣告。
2
どうして女装なんかしているのか。
便利だから。
何の答えにもなっていない。答える気はたぶんない。
「お会いできてうれしいです。歓迎します」ボスと思しき褐色の肌の少女が、リーダを顎で使って。
勧められた椅子にまんまと腰掛けた俺をくくりつける。
「歓迎しますって腹じゃないよね、このVIP待遇」
「あんたを巻き込みたくねんだよ」リーダが言う。中華まんを頬張りながら。「そこで見ててくれりゃあいい。俺らがふくしゅーするとこを」
「予習復習は学習の基本だよね。感心感心」
リーダが脚を蹴った。
椅子のだが。
「頼むっからよお。黙っててくんねえかな」
「手荒な真似はしないでくれるかな」ボスが平然と言う。「僕は暴力を好まない」
「あのねえ、暴力を好まないんだったらこれ、やっぱおかしくない? 本人の意思をガン無視して座ってたくもない椅子に長期滞在させるのは如何なもんかと」思うよ、が掻き消された。
リーダが脚を蹴った破壊音で。
椅子のだが。
「なんべんも言わせねえでくんねえかなあ。オズさんよお。頼むよお。俺あ、あんたを傷つけたくねえんだ」
こんなとこで。
久永幕透が、一方的な暴力の犠牲となって。
命を落としたこの場所で。
未来永劫何も建設されることのない、永久に建設中の看板が設置された。
空き地。
高さ2メートル強の白い壁に囲まれており。
繁華街の外れにあることとも相まって。人通りも車通りもない。
静かだ。
この静かな場所で。彼は。
「自分を責めないで。終わりにしましょう。なにもかもを」ボスが頷く。「僕らの手で。トヲルに報いてみせます」
具体的に。
どうするつもりなのか。何をし始めているのか。
「ガキどもは君らの手に負えてる?」ボスを揺さぶろう。話が通じそうだ。「善悪の区別もつかないおケツの真っ青なガキ使ってさあ、国家でも滅ぼす気? いいね、その国を挙げた洗脳プログラムから逃れてる感じ。行く末が楽しみだ」
「滅ぶのは僕らではありません」
「俺のほうでもないね」指を差せないのが残念だが。「ゲームセット」
「これはゲームではないし、終わってもいません。まだ始まったばかりです」ボスが段ボール箱を逆さにして。そこにノートパソコンを載せる。
映像がいくつも。モザイク状に。
これは、
「のぞきって犯罪なんだけどね」
監視カメラの映像。
この街の。
スーザちゃんのお膝元。
「だったら、あんたんとこのおじょーサマは大犯罪者じゃねえのよ?あ」リーダが中華まんの底のシートをぐしゃぐしゃと丸めて。
地面に叩きつける。
「なにが違えんだって?え? おんなじことしてっだけだろうがよ」
「ポイ捨ても犯罪だ」ボスが冷ややかに言う。
「へいへいへいへい。拾やあいんだろ?」
彼らは俺に危害を加えるつもりはなさそうだ。いまのところ。
気が変わらない限り。もしくは俺が、彼らに仇成す存在だと認識されない限りは。
たぶん、夜。星が見える。
野ざらしなので雨とか槍が降ったらどうするつもりなのか。傘を貸してくれればいいが。両手両足が使えないので、代わりに差してくれないと。
体が冷える。やはり、夜。
「俺をぼっちにしたいんだったら、もうちょいアタマ使ったほうがいーね」
「風邪を引かせたくない」ボスが首を振る。
「念願叶ってさあ、この夏部下ができたんだよね。すごくキレる」
一人ぼっち、イコール置き去り。ではないことにようやく思い当ったらしく。
ボスの目配せで、リーダが身体検査的な手つきをする。
「まだ治ってねえのかよ。つーかよ、見た目どー見ても」
「早く」
「へーいへい」リーダが身体をまさぐってケータイを2台。俺のと被害者少女のと。「なんつーとこに入れてんだっての。使うときいちいちめんどーだろうがよ」
「慣れればそーでもないんだよね」
「どうして教えたんですか。言わなければそのキレる部下とやらが」ボスの言い分ももっともだ。
「迎えに来てほしくないんだよね。未成年の家出じゃないんだから」手掛かりも書置きも目的はただ一つ。「邪魔はしないよ。君らのふくしゅーとやらの。だけどね、ふくしゅーしたいんなら真っ向から自分だけで挑んでおいでよ。斜めとか裏側から自分以外の手を使ってさ。そんなのはふくしゅーって言わない。なんてゆうか、教えてあげよっか」
「前人未到の」
秘境。
「そう、それ」
卑怯。
「わかってんならさあ、締まりのないガキどもを」
リーダが脚を蹴った。
椅子のじゃない。
「あんたが一生立てなくなったらトヲルさんに合わせる顔がねえな」
痛い。
なんてもんじゃなかったが。顔に出している場合でもない。
「それ貸せよ」ケータイ。リーダがボスから奪い取る形で。
蹴った。サッカーボールのごとく。
白い壁がゴール。
シュート。ボール破裂により試合続行不可能とみなし。
「弁償はすっから」リーダが言う。
「出世払いでいーよ」
本当は声なんか出ないほど痛くてやってられなかったが、応じないわけにはいかなかった。
この手のタイプは相手にされなくなると途端強行に移る。
構ってチャンの困ったチャン。
だからガキは面倒くさいんだ。
「君たちがさ、そんな下らないことしてるなんて知ったらおとーさんやおかーさんは」
「清々してんじゃねえの? 俺らが処分されちまえばよ」リーダが言う。「そーゆーよお、必要とされねえ奴らの溜まり場こさえてくれたのがあんたじゃねえのかよ。なんで」
壊した。
殺した。
「死んだとかふざけたことぬかしやがって」リーダが吼える。
「ガキども止めろ」
「止まりません」ボスが代わりに答える。「もう止められないんです。僕らでは」
だから、俺に。
止めてほしい。わけではない。止めてほしかったら、
こんなところで椅子に固定して。
脚まで奪っていない。
「止める気がないってだけだね」
「止まったらふくしゅーになんねえだろうがよ。あ?」リーダが空気を威嚇する。「大人どもにふくしゅーする方法。あんたならわかっだろ? 最低最悪で最高のやつがよ」
「止めてくれるでしょうか。そのキレる部下なら」ボスが言う。
「俺に頼まないんだね?」
「止める理由はないはずですが」ボスがノートパソコンの後ろに丸椅子を運んできて座る。
ムダくん。
止めても無駄だよ。君には向かない。
どう転んでも後味が悪すぎる。
何の力もないガキどもの持ち得る唯一にして最大の武器。生命。それを、
無駄遣いしようが無駄死にしようが。
自殺の前に宣言するようなやつは、死ぬ気なんか。
ありゃしない。
3
当時の捜査資料は見つからなかった。どういうわけか。
たった5年前の。
紛失するはずがない。何者かによって、
紛失させられたのだ。
当時の担当者は。
「オズ君がやったというのかね」本部長は異を唱えるが。異を唱えるだけの根拠もなにもなかったらしく。「もう一度捜させよう。データの復元も含めて」
会議室の入り口で待機していた物々しい集団に別命が出る。
他にすることがあるだろうに。お気の毒に。
「どうしてオズ君なんですか」今なら聞けるかもしれない。
本部長特権の謎の呼び名。
「5年前に殉職したという警察官のお名前ですけれど」
小頭梨英
スーザちゃんがホワイトボードに記す。
「本名?」胡子栗茫の。「それでオズって読むの?」あれ?スルー?
「紛失したものは仕方ありませんわ。それに書類というものはとかく改竄の恐れがございますもの」スーザちゃんが本部長に目配せ。「関係者にお話を伺ってもよろしいですかしら」
「私が知っていることは、君たちが知っていることと差がない」
「ご謙遜を大王さま。わたくしは一言も捜査資料を見たいとは申しておりませんわ。それとも大王さまにご存じないことが?」
「オズ君に嫌われたくないんだ。君が知らないのなら私も知り得ない」
「今度こそ本当の本当に殉職ですわよ? そのもたもた加減がこの国を衰退させていますことをお気づきでないとは言わせませんわ。大王さまがすべきことは素早い英断。こんなつまらないことをこのような小娘に指摘されないでくださいましな」
スーザちゃんの眼球は、本部長を捉えて離さなかった。
当の本部長はまともにスーザちゃんの姿も見えていない。手ぬぐいを取って、取ったはいいがどうすればいいのか。
手元で行き場をなくしている。
「どうして最初の被害者が出た段階でわたくしどもに報せていただけなかったのでしょう」
「無関係だと思ったんだ」
「嘘ですわ。大王さまはとっくに掴んでおいででした。ことの発端も顛末も。そしてこれからどのような経過を辿り、どのように収束を迎えるのか。眼を背けないでくださいましな。まだ手はありますの。まだ。ありますわ。わたくしと、この」
僕と眼が合う。
スーザちゃんがいつになく真剣な表情で微笑む。
「ムダさんがおります限り」
「君の提案通りに報せていたらどうなっていたかな」本部長が言う。
「二人目以降の被害者は被害者にはなりませんでしたわ」
「数が多すぎるよ」
「人員を割けない代わりにお時間を割いてどうしますの? 裂くべきは」過去。スーザちゃんはだいじそうに抱えていたクッションを切り裂く。
中身は、なんのことはない。ノートパソコン。
なんのことがありすぎる。
「ムダさん。フライングエイジヤの加入条件は中学生以上。上限もありますの」
僕はスーザちゃんの後ろに回って、モニタをのぞく。
砂嵐。
その中央やや下に、入力欄が。
スーザちゃんが何かを打ち込んで。パスワードか。
エンタ。
砂嵐が晴れる。
そこに並んでいる文字列。
Fring Ager
アルファベット表記はそう書くらしい。
フライングエイジヤ。
「未成年てことだね」加入上限。
「ええ、わたくしがぎりぎりですわ」スーザちゃんがメンバ登録をクリックする。「幽霊の方々を成仏に導いて差し上げましょう」
Susan
スーザちゃんのハンドルネーム。
「わかっちゃうんじゃない?」
「わかるようにやっていますのよ。頭の悪いクソガキにも」
書きこみ。その内容は、一言でいえば。
ツラ貸せ。
「スーザちゃん怒ってるの?」
クソガキといいクソガキといいクソガキといい。
「分別の付かないクソガキどもを教育しているだけのことですわ」
本部長がモニタをのぞき込む。
僕を押し退ける形で。
「無事なのか。一人で行かせて」
「ぎゃーぴー喚かないでくださいましな。耳が壊れてしまいますわ」
フライングエイジヤのホームに、コンテンツは一つだけ。
黒い画面に白抜きの文字。
メンバ登録
「当時のものをそのまま使っているわけではありませんのね」スーザちゃんが言う。
「前にもあったの?」
フライングエイジヤ交流サイト。
「ええ、ボーくんが管理者で」
サイト管理者は、
Stomachache
「腹痛た?」
「至急付き止めさせよう」本部長が新たな別命を発しようとドア付近を見遣ったが。
「その必要はありませんわ」スーザちゃんが微笑む。
反応があった。
メール。メンバ登録の際にアドレスを要求されていた。
サイト管理者から。
Stomachache 〉加入を認めました
ようこそフライングエイジヤへ
よろしければお部屋へご案内します
「お部屋?」
「チャットルームのことですわ」リンクを開く。認証画面。「秘密のお話をしましょうと、そうゆうことですわ」
IDも指示があった。スーザちゃんがそれを入力すると。
フライングエイジヤのホームに新たにコンテンツが増えた。
メンバ名簿
メンバ交流
スーザちゃんはすかさずメンバ交流をクリック。
現在チャットルーム可能なメンバが、一覧になっていた。
総勢四ケタ。そのすべてのIDとハンドルネーム。
ID 00002 Stomachache
クリックで招待できるようだった。呼ばれているはずのスーザちゃんが管理人を招待するというのも変な話だが。
Susan 〉そちらのクソガキを七名ほど人質に取っております
Stomachache 〉用件は
Susan 〉本当にフライングエイジヤは復活したのでしょうか
Stomachache 〉ケーサツ?
僕はスーザちゃんと眼を合わせようとしたが華麗にスルーされる。
こんな程度の揺さぶりには揺さぶられない。
Susan 〉あなたがたの狙いは復讐ですわね
Stomachache 〉ケーサツすか?
Susan 〉自分のお命を持ってすべての大人に復讐する
集団自殺とどう違いますの?
Stomachache 〉もしあなたがオズさんの知り合いなら
止めてほしい。
彼らの復讐を。
Susan 〉あなたが首謀者ではないと?
Stomachache 〉俺はここの管理だけ
フライングエイジヤを復活させたくて
どうゆうことだ?
管理人イコール、首謀者かつ真犯人でないとなると。
Susan 〉新規メンバの暴走ですかしら
Stomachache 〉ひとことでは言えない
でもひとことで言うなら
新規メンバの暴走。
が一番近い。
Stomachache 〉中学生以上ならほぼ無審査で受け入れている
それの本当の意味をわかっていない
Susan 〉居場所のないクソガキどもに居場所を
これがそもそもの存在意義でしたわよね
Stomachache 〉クソガキはクソガキでしかないらしい
でもクソガキにも居場所は必要だ
Susan 〉わたくしたちにできることはありますかしら?
Stomachache 〉クソガキに家に帰るよう指導してほしい
Susan 〉その家がご自分の家の概念から著しく逸脱しているから
フライングエイジヤに入ったのではありませんこと?
Stomachache 〉人質のクソガキに迎えは来たのか
Susan 〉来ないと思いますわ
Stomachache 〉だからクソガキはクソガキになるしかない
大人はもっと子どもを見るべきだ
Susan 〉愛情欠乏甚だしいですわ
愛が欲しければご自分が誰かを愛すればよろしいの
そうすれば
Stomachache 〉本当に愛を向けてほしい相手からは返ってこないとしてもか
親からも愛されたことない子どもが誰かを愛せると思うか
Susan 〉愛せますわ
Stomachache 〉何を根拠に
Susan 〉わたくしは親から愛されたことなどありません
また僕はスーザちゃんを見てしまう。本部長も。
スーザちゃんがモニタにまっすぐに向き合っているので、僕と本部長の眼が合うだけ。
本部長も初耳の情報らしかった。でも、絶賛会話中の腹痛たの共感を誘うための真っ赤な嘘という可能性だって多分にあるわけで。
スーザちゃんの親。すなわち、
誰だ?
祝多さんは育ての親だとかいう話だし。
Stomachache 〉そんな気がしてるだけだ
俺たちに比べればずっと
Susan 〉では生まれてすぐに棄てられて国外に輸出された家畜同然のわたくしの
どこが
そんな気がしているだけだと?
返事が返ってこない。
夜が明ける。
4
脚が痛すぎて鼻水が出そうだったが。垂れても拭えないので我慢する。
モザイク状の監視カメラ映像。
補導。
補導補導。補導の嵐。
五年前と何も変わっていない。
五年も経てば何か変わると思っていたのに。
むしろ、
悪化している。
小頭梨英がいないから。
フライングエイジヤがないから。
小頭梨英もいない、フライングエイジヤもないこの街は。
滅ぶしかないのか。
いや、五年前になかったものが。ここにある。
対策課。
一人じゃない。
「うげえ。えげつねーの」リーダがモザイクの一つを指さして。「いくらなんでもよ、これはねーだろうがよ。うーわ、見てらんね」
少女を拾ったあの公園で。
我らがスーザちゃんが、
ガキども複数相手に大立ち回り。ばっちり映っていた。
そして、立ち尽くす優秀な部下ムダくん。
「だったら見なければいい」ボスはモザイクを見ずにケータイをいじっている。
「そっちはどーよ? 飛んで火に入る?」
「トヲルが僕らの邪魔をしている」ボスが顔を上げる。
眼が合う。
「あなたはどっちの味方ですか」
オズさん。
俺は胡子栗茫であって、
小頭梨英ではないので。返事をしなかった。
2王
胡子栗茫には昔の名前がある。
久永幕透。
私がオズ君と呼ぶと嫌そうにする。
「近々その名前の人は殉職するんで」
小頭梨英。
止められない。止めない。
全人生を棒に振ってでもやり遂げたかった復讐を。
私にできるのは、
彼に、こう言って、
連日の非行をやめさせることくらいのものだ。
「そんなに待ちたいなら私を待ちなさい」
少年は私を見上げていた。
虚をつかれたような虚ろな表情で。
若者の笑い声。
眩しい電飾。如何わしい有象無象。
「あの、どういう意味ですか」少年はようやくそれだけ言った。絞り出すような声だった。
「なんだ。私を待つのは不満か」
「待つと何かいいことがあるのでしょうか」
「当てどなく誰かを待つのはつらい。だったら形のある私を待ったほうが現実的でないかな」
「別に現実的なことをしたいわけじゃ」少年は困惑の表情になる。
「君が待っているのは、形がなく非現実的なものなんだろう?」
パトカーのサイレン。
私を連れ戻しに来た。
「連れて行きたいなら最初からそう言ってください」少年が俯く。「悪いことをしてるのはわかってます。でも、こうするしか」
「足に自信はあるかね」
「え?あ」
私は戸惑っている少年の腕を掴んで。
「夜の散歩といこう。ちょうど月も綺麗だ。見たことないだろう」
こんな光も差さないビルの合間に立っていたのでは。
見えるものも見えない。君には、
もっと、
光り輝くものを見てほしい。
君自身が、
いかに光り輝いているか知ってほしい。
私のその連日のお節介が功を奏したのか、その少年は。
夜の歓楽街に立ち尽くすことをやめた。
代わりに私を待ってくれているかどうかはわからないが、
ほかに、
待つものができたのだろう。喜ばしいことだ。
しかし、待てども私は帰らない。都合のいいことだけを言っておいて。
言い逃げの。そんな私の背中を追って、
私と同じ職業に就かせてしまったのならば。
謝らなければならない。
土下座も辞さない。
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