第6話 和解と胸騒ぎ

「響夜…」


 普段から感情をあまり表に出さない彼が、この時初めてと言ってもいいだろう、依頼人相手に本心を見せたことで、桜香も胸が締め付けられる思いだった。響夜の表情と言葉に、男性も我に返り、胸ぐらを掴んでいた手を緩める。少しの間を置いて、男性は深々と頭を下げた。


「も、申し訳ない…! 娘のことでいっぱいいっぱいで、失礼なことをしてしまった…あんたたちも、苦しんでたんだな…」

「いえ、こちらこそすみません…思わずあんなことを口走ってしまって…」


 男性は、響夜の言葉に首を横に振った。


「いや、話を聞こうとしなかった自分のせいです…こんな空気にしておいて不躾かと思いますが、改めて依頼をお願いしてもよろしいでしょうか…?」

「…良いのですね?」

「はい。枯魔に取り憑かれた娘を、どうか助けてください」


 彼の瞳に迷いは無かった。真剣な眼差しで、二人に懇願した。その様子を見た響夜と桜香は目配せし、互いに頷いた。そこからは順調に事が進み、依頼人の娘に取りついた枯魔を速やかに退治し終える。残念ながら、救った娘の記憶は先の忠告通り、枯魔に喰われ失われてしまったものの、男性から咎められることは無かった。

 このように、主師として活動をしている中で、依頼人からなかなか理解が得られず、肩身の狭い思いをしている主師たちは多かった。説得をするのも、前述した響夜たちとのやり取りのように、いざこざが起きるのも少なくないのが現状だった。こういった対応に追われ、それを苦痛に感じ主師の資格を放棄する者も度々出てきていた。それでも尚、響夜たちは民への理解を広めようと、必死に奮闘していたのであった。


「今日もお疲れさま、響夜」

「桜香も、お疲れ。無事に済んだし、屋敷に戻るか」

「えぇ」


 例の娘の依頼が完全に終わり、二人は帰路に着いた。向かった先は、都で最も広大な屋敷。その門に掲げられた表札には『硝宮ショウグウ』と書かれている。門の前には門番も配備されており、その周囲は一般人が気軽に立ち寄れるような雰囲気ではない。更に二人が門を通る際、門番たちは道を開け深く頭を下げた。

 響夜は、この硝宮の家の有望な跡取り息子であり、桜香はその彼の妻として嫁入りをした身だった。互いに支え合いながら、枯魔の討伐に身を投じていた二人の相性は、夫婦としても相方としても非常に良いものだった。この時はまだ、自分に特に厳しく情に流されずに任務をこなしていく響夜の姿に、都中の女性は想いを寄せていた。それは桜香との婚約が果たされた後にもしばらく続くほどだった。


 屋敷に戻ってからは、現当主である響夜の両親への報告、歓談。食事や入浴といったごく普通の生活。非常に長閑な時間が過ぎていった。しかしそれも束の間、次第に厚い雲が空を覆い、強い雨風をもたらし次第に嵐へと天気が移り変わっていった。まるで、これから起こるであろう出来事を予感させるような、妙な胸騒ぎのする落ち着かない夜となった。

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