第5話 疵付け合う過去

 時を遡り二年前──…桜香は、今過ごしている村ではなく、国の要である都で暮らしていた。都では、彼女を知らない者はほとんどいないであろう。この日も、都の住民から枯魔討伐の依頼を請け負っていた。


「どうかお願いします、桜香様! 娘を…大事な娘なんです…! 助けてください!」

「わ、わかりました。わかりましたから、落ち着いてください。娘さんから枯魔は必ず祓います。ですが…」

「あぁ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 桜香が依頼人の男性に落ち着くよう促すも、なかなか最後まで話が進まず翻弄されていた。大方このようなことは度々あり、最終的に重要な部分が話せないまま依頼に向かわされ、結果に失望されることがほとんどだった。


「あ、あのっ…」

「申し訳ないが、最後まで話を聞いていただけませんか」

「! 貴方は…!」

「響夜…」


 二人の間に割って入ったのは、響夜だった。端正な顔立ちの彼が少し睨みを利かせれば、男女問わず多くが怯んで口を噤んでしまった。この時の依頼人もそうだ。彼の姿を見ただけでも固まってしまい、先ほどまでの勢いはどこかへ行ってしまったようである。

 話は響夜が代わり進められた。


「娘さんに枯魔が憑いてしまったことは聞きました。主師の使命として、必ず祓うことは約束しましょう」

「はい…っ! それで娘が助かるのであれば…!!」

「ただ!…一つ了承していただきたいことがあります」

「な、なんでしょう…?」


 ようやく落ち着いた男性を見た響夜は、一つ呼吸を置いて続けた。


「枯魔を祓った後、その代償に娘さんの記憶が枯魔やつらに喰われ、あなたやご自身のことも覚えていなくなる可能性がありますが、それでも討伐依頼を受けてよろしいですか?」

「なっ…」

「………っ」

「なんだそれは! 助けてくれるんじゃなかったのか!!」

「も、もちろん、娘さんは必ず…!」

「記憶が無かったら意味が無いだろう!! ということは何だ? 今まであんたたちに依頼して祓ってもらった奴らみんな、帰ってきたら記憶が無くなってたってのかい!?」

「可能性として、です。少なくとも、数人は記憶が残っていたり、時間経過で取り戻した人もいます。ですが大半が完全に記憶を失ってしまっているので、あまり期待されない方がいいかと」


 その言葉に、男性は響夜に摑みかかる。見ていた桜香が止めに入ろうとしたが、響夜がそれを制止した。


「期待の"ショウグウ"サマがこんなもんだとはなぁ…!! 枯魔が退治できる唯一の救いだと思っていたのに! 蓋を開けてみればこんな…!!」

「……………」


 男性の眼に涙が浮かぶ。響夜は男性の訴えを黙って聞いていたが、静かに口を開いた。


「…我々も心苦しい思いです。あなた方依頼人に、笑顔でお礼を言ってもらえることがどんなに嬉しくて幸せなことか…でも現実は、そんな優しいものじゃなかった…!」


 唇を噛み締め、響夜は悔しい思いを男性に正直に打ち明けた。

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