第7話 "無"の降誕
その気配の予感は桜香や響夜も感じており、晴れる気配のない嵐は更に強まり、夜も深くなった頃。それは人知れず静かに現実のものとなった。都のとある一角…激しさで霧を伴う雨に紛れ、今まで潜んでいたその存在が色濃く現れる。"それ"は、一言で言えば"無"だった。死装束のような真白な着物を纏い、履き物は履いておらず裸足で、顔は無表情な白い仮面で隠されている。体型を見る限り、男性だろうか。激しい雨に打たれているにも関わらず、鬱陶しそうな、急ぐような素振りも見せずにゆっくりと地を踏みしめるように歩いている。木の下で雨宿りをしていたであろう猫が、得体の知れないものに怯えるように威嚇していた。
「…あぁ」
男はぽつりと息を吐くように呟いた。
「"ここ"もいずれ…」
雨の音にかき消されそうなほどの静かな独り言。ぽつぽつと紡ぎながら、威嚇する猫の脇をするりと通る。
「さぞ悲惨な場となるのだろうな…」
仮面の下で、にやりと薄ら笑う。その目線の先──…少し遠くに見えるのは、都の結界も担う硝宮の屋敷。屋敷を見据えながら、歩みを進める男。彼の後方には、先ほどまで威嚇するほど元気だった猫が、力なく倒れていた。周囲の空気が、ひやりと重く肌に纏わりつく。人知れず、その"無"は霧と雨の中に溶け込んでいった。
「あ…っ」
「桜香…? 眠れないのか?」
それと時を同じくして、硝宮の屋敷は寝静まっていた。この二人を除いては。
「明日も早いんだ。今日はもうゆっくり休んで…」
「響夜…」
「…あぁ…"何か"が近くにいるな…」
二人は、屋敷の周囲に立ち込める、重く異様な空気に身を構える。息を潜め、各々の
真相を確かめるため、屋敷内の他の人間を起こさないよう静かに外へ出る響夜と桜香。雨は不思議と、先程までの激しさはなく霧雨へと変わっていた。外へ出て、改めて実感する。二人とも感じていたのは、「この空気は普通じゃない」ということ。それが屋敷の中と外では大きく異なり、尋常ではない異変だった。しかし、その異変が具体的に何か、というものが全くわからない。不安をさらに増長させるこの事態に、焦燥感に駆られるのは当然のことか。早く原因を解明しなければ、と二人の表情が物語っている。
「これは…油断できないな…」
響夜がぽつりと呟く。その言葉に、桜香はさらなる不安を覚える。脅威と対峙する
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます