第10話 夕方のファミレス。穏やかな老夫婦。
何かをしていないと、狂ってしまいそうだ。
そう思ったから、放課後は久しぶりにアキラと一緒に食事に来ている。
いつものファミレス。高校生御用達の安くて量のある山盛りのミックス・枯れ葉を前に、アキラが言った。
「そこで絶句するのはよくなかったな。もっと気の利いたセリフでごまかせばよかったのに」
オレの大きな落ち込みの要因について、アキラは簡単そうに結論を述べた。
「じゃあ、お前だったらなんて返したんだよ?」
「うーん、【今は正直分からない。でもオレはキミのことがずっと好きだから、いつか抱けるようになる日がくると信じているよ】みたいな感じかな」
「でもそれは本音じゃないワケだよ。オレだって何度も時間経過でどうにかならないか考えてみたけれど、この嫌悪感は消えないよなと思っているんだから、ウソになるよな」
アキラは、おや、意外だな、と小さくこぼした。オレの顔を見ながら、おかしそうに笑う。
「お前らしくもない。そんなつまらん倫理観を持ち込んでコミュニケーションしてたっけ?」
「してない。ホワイトライだとか何とか言って、関係を円滑にするためにウソをつくのは上等だと思っていた」
「だろ。オレもそうだけど、お前もそういうキャラクターだったじゃないか。ウソついちゃえばよかったんだよ。ヤコちゃんにも」
「……オレも頭ではそう思うんだけどな。ヤコには、ウソをつきたくないんだろうな。多分」
「皮肉だよね。傷つけたくない好きな相手にほど、ウソをつけずに傷つけてしまう。お前はそういうタイプだ」
小さく笑いを浮かべるアキラは、オレをバカにしているような、それでいて目は笑っていないような、どっちつかずの顔で言った。
昨日、ヤコに言葉をかけられず、図書室を出ていく彼女の背中を見送った。
図書室で残りの仕事をしている間も、帰り道でも、家についてからもずっと、「私のこと、抱けるの?」と問うた彼女の大きな黒い瞳を、何度も何度も思い出した。
──あの時、もっと良い回答があったのだろうか。
色々と考えてみたけど、結局答えは存在しなかった。
きっと、どうしようもなかったのだ。オレはヤコに優しいウソをつくことができないし、残酷な真実を伝えることもできない。
今、時間を巻き戻してあの瞬間に戻れるとしても、結局オレは同じように無言で彼女を見送るだろう。
会話が一段落して、アキラは手元のジュースをストローで吸い上げている。オレの悩みはどこ吹く風といった様子で、ノンキな表情だ。
アキラの肩越しに、老夫婦が見えた。
お婆さんは触覚が悪いらしく、お爺さんが手を取って丁寧に席までの道を誘導している。
その光景には妙な美しさがあり、目を奪われてしまった。
天井が高いファミレスチェーン、明るい店内を、夫婦でゆっくり一歩ずつ歩いていく。
お爺さんはお婆さんの手を引くが、決して急かさない。お婆さんにとって無理のないペースで、歩みを進めていた。
恐らく夫婦はいつもそうやって行動しているのだろう。お婆さんは安心しきって穏やかな表情だ。身体がこわばることもなく、ただ自然に、お爺さんに身を任せている。
──老夫婦の周りだけ、世界から切り取られているみたいだった。
”上品”や”穏やか”という形容詞が似合わないこのファミレスの中で、この老夫婦の動きだけが圧倒的に優雅で、それまでに夫婦が重ねてきた年月の美しさを物語っているみたいだった。
老夫婦に目を奪われたオレを見て、アキラは不思議そうな顔をしている。視界の中でアキラの怪訝な表情をとらえていても、オレは視線を老夫婦から外せなかった。
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