第13話 月明かりの帰路

 すっかり暗くなった帰り道を、沙月と二人で歩く。言葉を交わすことなく、しばらくの間、二人はただひたすら歩いた。

 紺碧の空が、静かに街と二人を包み込んでいる。不意に、先にその静寂を破ったのは、沙月だった。


「…ごめんね、巻き込んじゃって…」

「えっ?」

「…『えっ?』って、突然奇妙な出来事に巻き込まれているのよ、あなた!」

「うん…そうなんだけどさ…」


 優星は恥ずかしそうに笑い、頭を抱える。


「俺さ、今まで本っ当に平凡に過ごしてきたからさ。なんていうか、その…こんな突拍子もない事が逆に新鮮だなぁ…って」

「へ…」


 今度は沙月の方が面を食らってしまった。何度も言うが、誰しもなんてことのない生活の中で、突然得体の知れない化け物に襲われた挙句、自分が普通の人間じゃないと言われたら、混乱して気が気じゃないはずだ。

 それなのに、沙月の隣を歩く少年はどうだろう。そんな非現実的な出来事を目の当たりにしておきながら、本人は笑っているうえに、"新鮮"だと感動しているではないか。

 沙月は少年を、"不思議な人"と認識し、好奇の目で見た。当の彼は、「やっぱりおかしいよね?」と言い、照れながら笑っている。しかし、彼の笑顔は、すぐに憂いを帯びたものへと変わった。


「…俺、これからどうなるんだろうなぁ…」

「…そうね…」


 そう言いながら、優星は夜空を仰いだ。その一言に、沙月は胸に苦しさを覚え、ぽつりと呟くように答えることしかできなかった。


「あ、ごめん! 別に白金さんを責めてるわけじゃ…」

「…"沙月"」

「え?」

「私のこと、"沙月"って呼んで。これから関わっていくのに、いつまでもよそよそしい呼び方はやめましょ?」

「そっ、か…そうだよね。じゃあ改めて、沙月…"さん"?」

「"さん"も要らないわよ。"優星"」

「っ!」


 恐る恐る自分を呼ぶ優星に、訂正しつつ沙月はクスクスと笑みをこぼす。不意に名前で呼ばれた優星は、今まで経験したことのない高揚を感じた。胸の高鳴りはすぐに治まらず、しばらく呆然としていた。すると、ふと沙月が足を止めた。


「あ、優星の家って、ここ?」

「え、え!? もう着いた!?」

「えっ違うの? 表札に"銀条"って書いてあったからてっきり…」

「いやいや! 俺ん家だよ! なんかいつもより着くのが早く感じて!…それでっ」

「そう、だったの…よかった、帰りに何も無くて。じゃあ私はこれで。また明日ね、優星」

「あ、お、おう。気を付けて」

「ありがとう」


 あっさりとした挨拶だけ残しふわりと微笑んだ彼女は、月明かりに輝く髪を靡かせながら住宅街の奥へと進んで行ってしまった。その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、優星は先ほどの胸の高鳴りがなんなのか悶々と考えていた。さらには、彼女を家まで送っていくべきだった、と激しく後悔していた。

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