8.二つに一つ

 それから琴音は、故郷が滅んでこの星にやって来た経緯を話してくれた。

 自分は両親と大都市に旅行に来ていたこと。

 ステラで一番高い建造物に登ったこと。

 その最中、空が輝きだして都市が滅び、それが以前から囁かれていた、五光年離れた宇宙にある恒星の超新星爆発だったこと。

 自分の両親が自らの命と引き換えに、琴音を流星にする魔法をかけたこと。

 琴音が流星となり宇宙を駆け抜けて、偶然に墜落したのがこの地球だったこと。



 そして自分の住んでいたステラは、四季が存在し、澄みわたった世界においしい空気が存在することを教えてくれた。

 自分が住んでいた星の思い出を語る琴音は得意気で、あの星に生まれた事を誇りに思っているみたいだった。

 涙も引っ込んだ琴音の目元を確認した僕は、彼女に質問を投げかけてみる。


「でも、どうして今まで嘘をついていたの? もし出会った時から本当の事を言ってくれたら、僕が心の支えになってあげられたのかもしれないのに……」


 僕の言葉に琴音は、再び表情に影を落とす。


「それは……誠とはもうすぐさよならをしなければいけないから……」

「えっ?」


 琴音の口から出た言葉に、僕は背筋にひんやりと悪寒が走ったのを感じ取った。


「流星となったあたしの体は、大気のある惑星内で三十日以上滞在し続けると消滅してしまうの。この体を維持したければ、タイムリミットまでに宇宙空間に飛び立たなければいけない。そうしたら恐らく、この星には二度と戻ってこれない……」


 琴音の説明を聞いた僕は、眼前が真っ暗になり、激しい動悸が襲ってくる。しかしそれでも僕は、ゆらりとベッドから立ちあがって琴音の下へと詰め寄る。


「なんで……なんでそんな大事な事今まで黙っていたんだよ!?」

「会って唐突に真実を伝えたって、誠はどうせ信じないでしょ!?」

「信じるさ! 出会った時から琴音はただの女の子じゃないって分かってた! だから……仮にその時は信じられなかったとしても、時間が経つにつれて少しずつ受け入れて行くのに……どうして、どうして今なんだよ!」


 悲しみと悔しさで、僕の右の拳は床に敷かれた布団に打ち付けられる。苦しいという感情があらわになり、それを見た琴音は少し肩を震わせた。


「……琴音には、一人で宇宙に飛び立つか、この地球で消滅するか……二つに一つしかないんだね?」


 歯を食い縛りながら発した質問に、琴音は「うん」と返事をする。


「タイムリミットは三十日――琴音が河川敷に落ちた日は十一月二十四日……」


 僕は琴音と出会った夜の事を、綱を引き寄せるかのように少しずつ思い出していく。

 暗闇の河川敷に煌々と照らされる赤い橋。

 夜空を駆け抜ける青と赤の尾を引く流星。

 突然現れた眩い光。

 川に墜落した琴音。

 身体を貫かんとする冬の川の寒さ。

 そして、星の涙を隠すためだったのであろう、決してこちらを振り向く事なく、力なく震わせていた小さな肩。

 あの時の記憶が今でも鮮明に呼び起こされた。


「そしてそれからちょうど三十日後といえば……」


 僕は立ちあがり、壁にかけられたカレンダーを見つめる。


「二十二……二十三……二十四! ちょうど三十日後は、十二月二十四日だ!」


 そう、僕たちの住む日本では、クリスマスイブと呼ばれる日だ。それまでにこの星を去らなければ、この上条琴音という存在は初めからなかった事になってしまう。

 僕がカレンダーを見つめながらボーッとしていると、琴音が声をかけてきた。


「じゃあ逆に質問するけど、もしあたしたちが初めて出会った時、誠に三十日しかこの星に居られないって伝えたとして、その三十日はどうやって過ごすつもり?」

「えっ?」


 カレンダーから目を離した僕は、床の布団から立ち上がった琴音を見て少したじろぐ。


「出会った瞬間にあたしの事好きになったんでしょ?」


 琴音の発言に、僕は全身の血液が活性化したのを感じ取った。


「なっ!」

「そんな事くらい知ってるよ。それも日に日にその気持ちが強くなっていってる……それくらい、誠の仕草をみればだいたい分かったよ。そんな誠に、出会った夜にあと三十日でこの星を去るか消滅するか二つに一つなんて伝えたら、誠はどうなると思う?」


 確かに、琴音が異星人という事は受け入れられたのかもしれない。けれど同時に、僕が琴音を好きだという気持ちを殺してしまうのかもしれない。諦めるかもしれないけれど、ひょっとしたら悲しみに打ちひしがれるかもしれない。


「琴音は……僕のこの気持ちに気づいて、それでいて僕の心を傷つけないようにしてくれていたの」

「……うん」


 少しだけ間をおいて、琴音は優しく頷いた。

 僕の心をおもんばかるためについた、琴音の優しい嘘。

 真実だけが人の心を救うわけではないと、僕は心の中で感じ取った。



 その時突然琴音が、僕の身体に抱きついてくる。


「あたしだって誠の事が好き。あの夜に助けてくれた時から、誠の温もりが伝わってきたよ。そのネックレスだって、あたしの気持ちを誠にいつか知ってもらいたくて渡したんだよ」


 僕を抱き締める両手の力が、次第に強くなってくる。


「だからね……あたしは最後の最後まで誠と一緒にいたい。この地球っていう星を飛び立って、二度とこの星に来れなくなるくらいなら、消えちゃうまで、誠の側にいたいよ……」


 琴音の震える声を聞き、僕は同じように両手で彼女を包み込む。僕の指先に黄色の長い髪が触れる。

 生まれてから十六年しか経っていない少女に、消滅するか宇宙を永遠に彷徨うか、どちらかの選択を背負わせるなんて……

 琴音を産んだ世界を恨めしく思わずにはいられない。


「けれど琴音が消えちゃったら、僕を好きだという気持ちすら消えちゃうんだよ? それでもいいの?」


 僕の質問に、琴音は口を噤んでしまう。その間、静寂な時間が部屋の中に流れる。

 そんな静寂を突き破るかのようにして、琴音は口を開いた。


「ごめん誠……タイムリミットまでには答えを出すね。あたしが消える夜になったら、またいつもの河川敷に来て」

「……わかった……」


 僕たちは恐らく今生で最後の待ち合わせの約束をする。


「もう遅いから……寝よう……」

「うん」


 僕と琴音は重なり合った体をほどく。そしてお互い布団の中に潜り込み、次の日の朝を待った。



 次の日の朝、琴音は朝食を口にする事なく河川敷に向かっていった。

 食卓に向かっていた母さんが、琴音はどうしたのかと聞いてきたので、僕は具合が悪いようだから家に帰ってもらったと答えた。母さんは残念そうに承諾していたが、歩美は少し怪しんだように僕の事を見た。僕はご飯を口に運びながら、ダイニングのカレンダーを一瞥する。

 今日は十二月十日。琴音が消えるまであと二週間だ。

 この二週間のうちに、彼女はどんな答えを出すのだろう……

 琴音を心配しつつ、僕は本日のバイトに行く準備に取りかかった。

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