7.ステラ

 見慣れない街並みの中を、背の高い男性と美しい顔立ちの女性、そしてその間には黄色の髪の少女が手を繋いで歩いている。

 三人とも笑顔に満ち溢れており、仲の良い家族なのだという事が一目で分かる。

 タクシー乗り場らしき場所で三人は乗り物に乗り、近未来的な街の中を走っていった。



 やがて乗り物の窓から遠方に、ガラスで張り巡らされた巨大な塔が姿を現した。スカイツリーよりも高さがあり、それでいて直径百メートルはあると思われる機械造りのタワー。

 塔の中に入ると、三人はエレベーターで最上階へ行った。塔の端っこに行くと、近代的な町並みが一望できる。手すり越しに町並みを見てはしゃぎ回る黄色の髪の少女。それを見て幸せそうに微笑む夫婦と思われる男女……



 その時空は突然光輝きだす。光と共に街に襲い掛かる衝撃波。倒壊する建物、ドロドロに溶ける建物。衝撃波で粉々になる人間、助けを求め必死で逃げ回る人間――塔の上から見たその光景は、正に終末と言っても過言ではなかった。

 悲惨な光景に言葉を失う夫婦。泣き叫ぶ黄色の髪の少女。

 衝撃波の影響で崩壊しだす塔。遠方から再び襲い掛かる衝撃波。

 夫婦が少女に向かって何か喋っている。少女は口を噤んだまま頷くと二人は少女に向かって両手を伸ばし、何かを呟きだす。すると魔法のような光が現れて少女の体を包み込む。その光はどんどん強くなり、少女が見えなくなるほどになる。

 光を纏った少女は物凄い速さで塔を飛び立ち、やがて宇宙空間へと突入する。少女は自分の飛び立った星を振り返る。その星のはるか遠くで、星が爆発しているのがわかった。どうやら少女の住む星が、超新星の爆発に巻き込まれてしまったようだ。

 光となった少女は、滅び行く星からどんどん離れ、暗黒の宇宙空間へと筋となって進んでいく。遠くのほうで、少女の星が粉々に砕け散ったのが分かった。



 光は宇宙空間をどんどん進む。周囲に見える星々が物凄い速さで通過していく……

 やがて目の前に見えてくる青い星――そしてその中にある列島に飛び込む小さな光。


「地球……」


 僕は口から擦れた声を出すので精一杯だった。口の中はカラカラになり、呼吸もどんどん乱れてきている。しかし、それでも宝石の中の景色を見続けずにはいられない。



 光に包まれた少女は、日本列島の長野県の南部の辺りで動きを止める。そして自ら纏う光がどんどん強くなっていく。そして一瞬、眩い光を放ち周囲の町を明るく照らし出した。次の瞬間光を失い、川に飛び込んだ。

 僕はこの少女を右目を凝らして見つめる。少女の服装は星の描かれたパーカーに黒のスカート。間違いなくこの少女は……


「琴音……?」


 僕が映し出された少女の名前を口にすると、宝石の映像はパッと途絶える。その瞬間、宝石の向こうで眠っていた琴音がまぶたを開いた。あまりに唐突な出来事だったので、僕は思わず体を震えさせて宝石を布団の上に落としてしまった。


「あれ……誠? 起きてたの?」


 眠そうな目つきで僕を見つめた琴音は、カバみたいに大きな口を開いてあくびをする。


「う、うん……どういうわけか目が覚めちゃって……」


 僕が見た光景に驚いた事もあり、思わず目が泳いでしまう。僕の言い分を聞いた琴音は、チラッと布団の上に落ちた星型の宝石の付いたネックレスに目を配る。


「あたしが寝てる間……この宝石で覗きこんだでしょ?」

「……うん……女の子が、星になって宇宙へ飛び立つ光景が見えた……」


 琴音が微かな笑みを浮かべて尋ねてきたので、僕は嘘をつく事ができずに真実を述べた。

 それを聞いた琴音はフフッと鼻で笑って、焦っている僕の顔を見つめてきた。


「バレちゃったんだね……」


 琴音は口角をキュッとあげて、僕に向かって真実を語りだした。


「誠が想像してるとおり、そのネックレスの宝石を通して見えた光景は……あたしの寝ている時に見た自分の夢。そのネックレスは、流れ星の力を得た人間の見ている夢を映しだせるの。原料は、その人間の目から溢れ出てくる星の涙。だから誠に渡したネックレスは、あたしの涙で作ったんだよ……」


 淡々と話す琴音の声が次第に震えてきて、両目から黄色の雫がこぼれ落ちてくる。やがてその雫が琴音の頬を伝ったかと思えば、顎から床に落ちて、小さな宝石の粒となった。それが止めどなく流れ落ち、琴音の布団の上にいくつも積み重なる。その一粒一粒が黄色にきらきらと光っており、まるで光り輝く雨のよう……



 琴音の目から溢れ出る涙を見て僕は確信する。琴音は、地球の人間ではなく、はるか遠い宇宙からやってきた星の人間なんだ……

 僕が言葉を失っている中、涙を堪えた琴音は、更に言葉を続ける。


「ごめん誠……あたし、誠にいっぱい嘘ついてた。星を見てたらふらついて川に落っこちたのも、両親が離婚したのも、家が貧乏なのも、ネックレスはママから貰ったってのも、小さいころから大したもの食べてこなかったってのも……全部嘘なのよ」


 今までを振り返ってみれば、確かに疑わしい場面というのはいくつかあった。家が貧乏であるはずなのにネックレスを持っているという事、レストランで出されたパスタすら名前を知らなかったという事、そしてあの河川敷にしか姿を現さないという事……


「本当にごめんね、誠……怒ってる?」

「いや、誰が怒るもんか。むしろこの場所で話してくれただけでも、僕は感謝してもしきれないくらいだよ……」


 僕が宥めると、琴音は唇をギュッとかみ締めたあと「ありがとう」と言ってくれた。


「心苦しい事を聞くようだけど……琴音が住んでいた故郷の星はもう……」


 僕が慎重な声色で尋ねると、琴音は静かに首を縦に振った。


「近くの星が超新星爆発を起こしてね――ほら、この間天文博物館でも見たでしょ? その爆風に巻き込まれて、跡形もなくなっちゃった……」


 再び星の涙が雨のように溢れ出てなお、琴音は真実を語り続ける。

 僕はこの前の博物館で、琴音が「爆発」という単語に反応した事を思い出した。


「あたしの住んでた星の名前はね――『ステラ』っていうんだよ」


 語りながら必死で笑顔を作ろうとしている琴音を、僕は真剣な表情で見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る