6.明かされる真実

 琴音と博物館に行ってから更に六日が経過した。

 日が経つにつれて、町はクリスマスの雰囲気を帯びてくる。町中はきらびやかな色のイルミネーションが波をうつように順番に点灯し、道行く人間を虜にする。商店街の店先でもクリスマスの装飾が施され、店に訪れる者の目を楽しませていた。



 学校が終わった僕は自転車に乗ったまま、琴音と出会った河川敷を目指す。

 今日琴音に会いに行く理由は、彼女が僕の家に泊まってくれるからだ。スマホを持っていない琴音には、予め直接会いに行って約束をしなければいけなかった。そして琴音は僕の家を知らないから、今日もこうして彼女を迎えに行く。



 河川敷の土手の階段に座っていた琴音は僕の顔を見るや否や、かつおぶしを目にした猫のようにそそくさと駆け寄ってきた。そして両手を後ろで組んだまま、僕のからだ全体をまじまじと見つめる。


「今日は、着けてないんだ……」

「えっ? 何が?」

「ほら、これ」


 琴音は右手の人差し指で、自分の胸元をチョンとつつく。星のネックレスの事を指しているらしい。


「あ、ああ。今学校帰りだから……ほら学校に持ってったら、他の生徒に目をつけられるかもしれないし……」


 僕が言うと、琴音は無表情のまま「ふーん」と返した。


「とりあえず行こっか」

「うん」


 僕は自宅まで琴音を案内する。



 琴音に出会った当初はバイトを理由に、会えないのは仕方がないと勝手に決めつけていた。

 しかしこの前博物館に行ってからというもの、頭の中に浮かんでいた琴音の残像が以前より強くなっていた。食事中もバイト中も容赦なく、彼女の像が僕の脳裏にフラッシュバックする。寝る前に琴音の事を考えると、睡魔すら琴音の残像に勝てなくなり、眠れない日々が続く。

 こんな習慣になってしまった原因はただ一つ、僕が琴音を好きになってしまったからなのだと思う。

 橋の見える河川敷で出会った、僕と同じく二色の流れ星に興味を抱いた女の子。

 そんな彼女だからこそ、僕は夜を共にしたい。そしてこの子の側にいたい――僕が琴音を誘った理由がそれだ。



 僕は隣を歩く、黄色の長い髪の女の子を眺める。

 その横顔は、僕の心を穏やかにさせるような、優しい波動を放っているように感じられる……



 僕は琴音を連れて自宅の門を潜る。初めて来る場所だからなのか、琴音は不安そうに肩をすぼめていた。


「そんなにオドオドしなくて大丈夫だって」

「うん」


 僕が声をかけても、琴音はなかなか肩の力が抜けない。



 琴音と共に自宅に足を踏み入れた僕は、キッチンで夕食を作っていた母さんにこの子を紹介する。


「紹介するよ母さん。上条琴音ちゃん」

「こんにちは。今夜はよろしくお願いします」


 僕に紹介された琴音は、蛇に睨まれたネズミのように硬直しながら深々と頭を下げる。


「あらぁ、かわいいお嬢ちゃん、いらっしゃい。母の文香ふみかです。よろしくね」


 母さんは琴音の姿を見て、珍しい黄色の髪に驚いていたけれど、温かく迎え入れてくれた。



 そして琴音を連れて、今度は二階にある歩美の部屋の扉をノックする。


「お兄? どしたの?」


 歩美の声がした。


「扉、開けてもらっていい?」


 部屋の中からため息混じりの声が聞こえた後、木でできた扉は開かれる。

 僕の隣に立っている少女を見た歩美は、豆鉄砲を食らったような表情をする。そして僕と琴音を交互に見るなり、うっかり「彼女?」と口走ってしまう。

 僕は心の動揺を隠したまま、肩をすくめる振りをして「違うよ」と否定する。


「ええっと……上条琴音です。よろしく……」


 力のない声を出した琴音は、同じように力なく右手を歩美に伸ばす。それに応えるかのように、妹も「歩美です。よろしく」と返し、右手を琴音に向かって伸ばす。そして二つの右手は、二人の距離の間で優しく結ばれる。

 二人とも緊張して手が震えていたので、なんだかんだで似た者同士なんだなと僕は心の中で笑った。



 その後、父さんも帰宅して琴音とお互いに自己紹介をする。

 普段四人で夕食をとっているダイニングは、今夜は琴音が加わった事で、幾分賑やかに感じられた。父さんと母さんは、楽しそうに琴音と談笑している。歩美も初めは琴音をいぶかしんだ態度を見せていたものの、話し合っているうちに大分打ち解けたみたいだ。

 テーブルの中央に置かれたカレーの鍋を取り囲み、藤崎家の食事は進んでいった。



 それから僕と琴音は入浴を済ませ、彼女は僕と同じ部屋で寝る事になった。僕はいつも通りベッドで寝て、琴音は床のじゅうたんの上に布団を敷いて寝る事に。

 寝室で二人で談笑をしていたら、零時近くになってしまった。


「そろそろ寝よっか?」

「うん、そうしよ」


 部屋の照明は落とされ、僕と琴音は掛け布団を羽織り、まぶたが重くなるのを待った。

 琴音は何時に眠りに就いたのかは知らないけれど、僕の意識は布団に潜ってから三十分もしないうちに途絶えた。



 眠りに落ちてから何時間経ったのだろう――僕は何かに反応したかのように目を覚ます。まぶたを開くと、その何かは微かな光である事が分かる。

 何だろうと思って光の元を辿ってみると、棚の上に置かれたアクセサリーが光を放っていた。それは助けたお礼として、琴音から譲り受けた星の宝石の付いたネックレス。

 僕は宝石の部分を手のひらの上に乗せてみる。



 貰ってからかなり経つけれど、暗闇ではここまで光輝いて見えるなんて知らなかった……

 僕は右目を瞑り、宝石の中を覗きこんでみる。半透明の透き通った宝石の内部は、いくつもの光の筋が屈折を繰り返している不思議な空間だった。夜空に流れる流星を連想させる宝石の内部を見ながら、僕はそのまま部屋の中を見渡してみる。


「あれ?」


 宝石を透かして見る視線が琴音と合わさった時、紫色のモヤみたいなものが宝石の中に現れる。

 僕が驚いて目を見開いている間、宝石の中のモヤはどんどん広がり、やがてモヤの中で現実では見た事もない景色を映し出す。

 SF映画に出てくるような機械的な建物が立ち並ぶ街。ホバーリングをして浮かび上がって移動するUFOみたいな乗り物――

 僕は宝石の中に浮かび上がる景色を、しばらくの間眺めていた。

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