#2-2 仕事の話だと思った
「どうでしょう。まだ逃げますか?」
「……いえ、もう、十分です」
もうここまで見せられたら嫌でも理解できる。社内とは思えない廊下の長さ、階段の数、何より彼女、アークさんの容姿だ。ハッキリと言うならば、最初から瞳の色は本物であり、耳も何も着けていないと分かっていた。
これでも映像を通して人の変装や合成等を何千と見てきたし、作ってきた。それを踏まえてアークさんを見た時、特撮なんかじゃこんなのあり得ないと思うほどであった。今まで仕事の方へと思考を逃がしていたのは……そう、
もうあの過酷で楽しい仕事場に戻れないと感じるのが怖かったからだ。
自分だって日本人であり、それなりにサブカルチャーを知っているし、少し仕事で携わったこともある。
これは言わゆる『異世界』なのだろう。しかも本物……だと今は思う。
それには何通りかのパターンがあるが、大抵戻れない物語が多い。ここもその例に当てはまるかは分からないが、何かを課せられることは間違いないだろう。
なんせ『救世主』と彼女は言っていたから。
この世に多くある作品のあらゆる救世主は無理難題を課せられる。そしてそれを遂行するため命を投げ捨ててまで使命を果たすのだ。
「そうですか。それならばもう少し踏み込んだ話をしましょう」
アークさんは先ほどのように骨を鳴らすような音ではなく、パチンと指を弾いた音を鳴らす。すると焦げた部屋が最初に入った時と同じよう豪華絢爛な部屋へと戻った。さらに部屋の中央に椅子とテーブルが現れる。しかもティーカップやお茶菓子付きだ。
どうやら長くなることは間違えないようである……とりあえず話の中で帰れる
方法があるのかを確認してみよう。
椅子に座るとアークさんが紅茶と思われるものを淹れてくれ、ひと口飲んでから話が始まった。
「まず、先に謝っておくことがあります」
「いきなりですか……命? この社会人3年目の命が欲しいですか?」
「命、と言われればそうなるのですが……それも含めての謝罪です」
よく分からない言葉は流すことにしたのか、アークさんは合っている言葉のみを引き抜いた。
「レイにはレイの住む場所や勤め、家族や恋人がいた中、私事で突然それを奪ってしまいました」
「あ……はい。でも恋人は、あの……いないです」
「では今の謝罪の『恋人』に対しての罪は無かったということで」
「何故だか心が痛いです」
なんか罪の数を減らしてきた。それでも正面からそう言われるとバッサリ切られたような感じがしてしまった。ちょっとは気にしていたことでもあるんですよ……
「そしてレイはこれから過酷なことが待ち受けています。命も落とす可能性もある」
「命……」
こればかりは実感ができない。今まで生きてきた中で身の危険を感じたのは交通事故になりそうになった時などしかない。殺人があったニュースもただのニュースとしか見ていなかった。だからこれに関しては平和な日本人では実感しづらいのだ。
「ええ、何故ならばあなたサピエンス側ではないのだから」
「サピエンス?」
「レイと同じ種族です。このスローンで一番多い種族。多くの国々でもっとも貴族や王が多い」
なるほど、つまり解釈するならサピエンスは人間。このスローンでも人間が一番多いらしい。それだけでも少し安心した。やっぱり近い種族がいるのは心強い……のだが、サピエンス側ではないとはどういうこと?
「ええっと、サピエンス側でないとは」
「そのままの意味です。レイは私を見てサピエンスと見えますか?」
「似ていますが、少し違うと思ってます」
「少し……まぁ今はいいでしょう。でも本当は全然違いますけどね」
いいと言って違うとすぐに否定する。しかも言った直後紅茶に砂糖らしきものを大量に入れ始め一気飲み。その顔や口調、さらにはドレスを着てやると凄いギャップがある。多分アークさんは自分の種族に誇りやらを持っているのだろう。
「私は『覇(ゼグレス)』という種族です」
「それはサピエンスとは友好的じゃないんですか?」
「友好的じゃないです」
新しく淹れた紅茶なるものをを飲みつつアークさんは表情を変えずに言った。
「見かけたら殺してしまうぐらい嫌いです」
彼女は今日一番の微笑みを向けてくれたのだった。
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