#2-1 仕事の話だと思った

 アークさんに色々と説明をされた。


 この世界はスローンというらしく、大きな大陸が二つ、そして島国が数個ある。どの国も基本は王制らしく、そのほとんどが英雄と呼ばれる者たちが王である。そして中世ドラマ設定お決まりの貴族もいる。


 何より驚いたのは魔物なる生き物がこの世にはウヨウヨといるらしい。もちろん人を襲い、食べ、中には犯して繁殖用にする生き物も存在するとか。


 ……な、なかなか作り込んだ特撮じゃないかと、少々日本の制作会社やテレビ局を舐めていた。こんな設定アメリカが喜んで制作するか、日本のアニメぐらいかと思ったぐらいだ。


 「ほ、ほう、面白いじゃないですか。これなら子供から大人まで楽しめる」

 「まだ理解できてないようですね……分かりました」


 こちらへとアークさんに言われ後をついて行く。それにしてもこんな廊下あっただろうか。もしかしてあまりにも眠たくて違う部署の方まで行っていたのだろうか。こんなことがあるならちゃんと代休や有休を使ってもっと疲れをとらないといけない。


 もはや労働基準などが存在している業界ではないが、そもそも体調管理は社会人として当たり前。辛い顔して出社などもはや頭がおかしい人間というのが自分の解釈だ。


 それにしても見たことない物ばかりだ。廊下に並べてある甲冑、絵画、壺などの骨董品はどれも自分の給料では買えなさそうな物ばかり。アークさんはそれに見向きもせずにどんどん進んでいく。


 しかし時々歩きづらそうにしてるところを見るに、ドレスは着慣れていないとみた。たまに自らのドレスの裾を踏み、体勢を崩しそうになっているし。その度に後ろをチラッと確認し、「見ましたか?」と目で訴えてきてる。なんだかそれが面白くてつい笑いそうになるが、また吹っ飛ばされると思うので頬の内側を噛み、必死に堪える。


 長い廊下を歩き、階段を降り、また廊下を歩くこと5分。アークさんが足を止めた所はまるでダンスを踊るような広いホールだった。ここにも豪華絢爛なシャンデリアがあり、その光が部屋全体の質を上げているように見える。


 部屋の全てに目を奪われていると「こほん」とアークさんが注目をさせる。 


 「いい加減認めなさい」 

 「な、何をでしょうか?」

 「その認識をです。もう面倒なので否定できないようにしようと思います」

 

 その言葉を放った瞬間、アークさんの雰囲気が一変した。先程までこけそうになり年相応に気にしていた表情、仮眠室に入ってきた時や肩を揺らしていた時の表情とはまるで違う。


 無表情。そして圧倒的な威圧感。何もできないことは承知だが、目を離した瞬間に死ぬと思った。


 その表情のままアークさんが指をパキっ鳴らすと、床から氷柱の如く尖った氷塊が

部屋を埋め尽くす。辺りの気温が一気に下がり、呼吸をする度白い吐息が出ていた。

その現象の前に声を出すことはできず、ただただそれ見て、肌で感じていた。


 しかしこれで終わりでは無かった。急に氷塊が溶け出すと次は辺りが青く光りだし、強烈な熱波が体に当たる。吐いていた吐息は白くなくなり、その代わりに体のいたる所から汗が噴出した。


 そしてその汗を吹き飛ばすほどの強風が部屋を流れる。まるで室内で反射するかのように前から、横から、後ろから、上からと強風に殴られる。


 その威力に足がふらふらとしていると急に何かにハマったように感じた。足元を見ると床に足が食い込んでいた。


「なんだこれ!?」


何故こうなっているのか分からず、必死に抜こうとしていた。足を自身の出せる精一杯の力で引っ張る…すると急に辺りが暗くなった。


 ハッと何かの圧に気付きすぐに上に顔を上げる。そこには何十人もの苦痛の表情を浮かべる人の顔があった。それはまるで絵に描いた地獄のようだった。一人一人が絶叫を上げ、何かを訴えている。

 あまりの数に言葉が理解出来なかったが、これは聞こえてはいけない、理解してもいけないことだと頭の中で警鐘が鳴っている。


 だが数秒も経てば耳が鳴れてきてすぐ理解できてしまう……ああ、もう死んでいいんだな。確か首の頸動脈を引っ掻けばいいんだっけ? そうすれば血が溢れ出してだんだんと寒くなっていくんだよね。それはとても心地が良いものだって ミンナガ言ってタ……


 「しっかりして下さい」


 その言葉を聞いた瞬間意識が戻ったような気がした。いつの間にか右手で爪を立てながら首を掻いていたようだ。何かあったのだろうかと考えようとした時、部屋に雷鳴が轟いた。

 その音だけで体が反射的に屈んでしまい、「うわっ!?」と大きな声を出していた。雷鳴は鳴りやまないどころか、部屋に雷が落ち床を焦がしていく。こんなに近くで雷のを見るのは初めであり、テレビで見るものよりも禍々しく、そして綺麗だった。


 雷はアークさんの瞳が閉じるまで続き、それは僕とアークさん以外を焦がすまで続くのだった。

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