#1-2 今日は休みのはずだった

 意識が戻っていくのが分かる。


 ああ、もう少し、あと3分……いや10分寝かしてと考えるだす毎に意識が覚醒し始める。


 もう無理か、ならば起きるしかない。今日は休みで明日も休み。とりあえず借りたままの映画を観て、それから掃除して、久しぶりに麻婆豆腐でも作って食べよう。


 よし、目を開けよう。さぁ、楽しい休日の始まり……って痛い。頬が痛い。


 「起きましたか」


 「あ、はい」


 「まだ寝るつもりだったらビンタするところでした」


 「起きました。バッチリ」 


 頬が痛いと思ったら抓られていた。いや、今も抓られている。さらにそこにビンタもきたらとんでもない。先程の一撃を覚えていることもあり、脊髄反射で言葉が出た。女性はベッドに腰掛け、さらに頬を抓りながらまた僕を凝視している。まるで何かを確かめるように。


 しかしこの衣装やメイクはどうなってるんだろう。目はコンタクト、耳は……なんか付けてるのかな? 少し触って確かめてみたいが、そんな行動力も無くただこの確認が終わるのを待つことにした。


 「……出てきた場所はどうあれ、どうやら成功したようですね」


 「さっきのパンチですか? あれが腰の入った拳ってやつですよね?」


 「ここの世界のこと分かりますか?」


 「ここの世界? すいません、台本とか無いとちょっと……あ、できればカット割りの資料でお願いします」


 「ん?」


 「……へ?」


 女性が眉をひそめた。あ、この表情知ってる。コイツ何言ってんだとか理解してないなコイツとかの類だ。しかしそれで何かを理解したのか、女性は部屋に入ってきた時と同じような表情になった。


 「やっぱり中途半端になりましたか……ああぁ! もう!」


 「ちょ!? やめ、やめてやめて下さい!!」


 肩を猛烈な勢いで揺らされ、乗ってもいないのに凄く激しいジェットコースターを体感できた。起きたばかりの体にこれはあまりにも辛いっすよ。その拷問は約1分程続き、危うく虹色のキラキラを吐くところだった。


 お互いが無意味にもベッドの上で息切れしていると、女性がボソッと言った。


 「アーク・ヘル」


 「うっぷ……あ、アスクル?」


 「違います。私の名前です。アーク・ヘルと申します」


 アーク・ヘル。この女性はそう名乗った。日本ではまずない名前であり、やはりこれは役名かと疑わずにはいられない。役者は凄い……こんなにも真剣な表情でさらっと役になり切れるのだ。ならば自分も少々の吐き気がある中ではあるが、しっかりと名乗ろう。


 「私の名前は綾辻零で……うぇ、す」


 「アヤツジレイ。その名前、私の魂に刻みました」


 「い、いえ、そこまで大それた名前ではないんですが」


 何か凄い大袈裟な表現だ。この作品はそこまでスケールが大きいものだというのだろうか。しかし僕は特撮作品は体に付けた紐とかを消す作業しかしたことがない。もしかしたらとりあえずどういった作品か体験させようと先輩方が……いや、面倒を押し付けたのだろうか。


 『おじさんたち1日通しの作業辛い。若いのにやらせよう』


 こんなことを営業やらスケジュール管理の人に直談判してたからな。まあ今の時代1日通してやる仕事なんて本当に限られてるわけで、労基が来たら断罪される。いや本当にこの業界見直されないだろうか。


 またも思考が愚痴に走ってしまった時、アークさんの手が動いた。


 「そんな訳ありません。あなたは私の『救世主』なのだから」


 言葉と共にガッチリと頭をロックされ、目を強制的に合わせられた。その目は先ほどと変わらず真剣で、そして嘘など言っていないように思えた。


 「ハイ」とも「おう」とも言葉を出せないでいると、アークさんはロックを外し立ち上がった。


 「とりあえず今は現状の把握をしてもらいます。私の失敗ではありますが、知っているのと知らないでは大きな差があります」


 部屋の入口まで行きアークさんは言う。


 「なんせ、命が掛かっているのだから」

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