#1-1 今日は休みのはずだった

とりあえず声に出しておかなければならないと思った。


 「ここ……仮眠室、か?」 


 目を開けるとそこに広がっていたのは大きく、しして煌びやかなシャンデリア。何故ここにお金を使ってしまったのかと思えるほど豪華である。体を起こして周りを見ると、混乱していたのにさらに混乱した。


 壁は紅く、さらには所々に光る石が埋め込まれている。さらに自分が今いるベッド、ただ長テーブルにマットを置いたような簡易式ベッドではなく、中世ヨーロッパの映画やドラマに出てくるような天蓋付きのベッドである。


 えぇ……ここにお金使うなら機材に使って下さいよ。M〇cもWin〇owsももう少し数揃えて、SSDも4TBを各マシンに入れたりとかですね。あと椅子。椅子がちょっとダメですよ。高いの買えば大丈夫とかそれいけないです。深く座れ過ぎて作業中フワッと寝そうになったり……いやこれは自分のせいか。集中力が無いってことなのか。

でもね、24時間作業中全てに集中できるはずがないんですよ。一時間に一回は立ち上がってストレッチしながらリフレッシュしないとね。座りっぱなしはよくないと編集した番組でやっていたし、自分はタバコを吸わないから一時休憩しにくい。だからこれくらいは許されるはずなんですけどね。なのにあの監督、ストレッチするくらいなら早く編集しろとかさ、こっちは機械じゃないんですよ。あなた達はお客ですがこの業界いるなら最低限やってくることとかあるでしょう。ちゃんとタイムライン整理したデータ持ってくるとか、素材は編集室来るまでに揃えるとか。


 頼むからそれくらいはお願いしますよ……あ、なんか愚痴になってる。


 とにかくなんだこれは。我が社の仮眠室の質高過ぎだよ。おかげで疲れが無くなったよ。でも開いた口が元の位置に戻せない。


 だが大丈夫だ。あと数秒で理解できる。こんな業界にいるから非常識を常識と思い込むのは簡単だ。


 よし、よしと一つ一つに指差し確認をしながら理解していく。よし、大丈夫……そう思った瞬間だった。


 ガタッと扉が開く音がした。


 「あああぁぁ……失敗しました……って!?」


 部屋に入ってきたのは仮眠室と同じくらい豪華絢爛なドレスを着た女性だった。紫紺の髪は首元まであり、一本一本がまるで輝いてるかのようだった。顔はとにかく綺麗だ。


表現方法が雑だが、レタッチなど必要は無いと言っておこう。そして何より目を惹いたのは女性の両目である。


 オッドアイ。左目は透き通るような碧、右目は血のような赤。初めて見たが引き込まれるぐらい綺麗だ。あと耳。少し尖がってる。


 失礼だと分かっているが、とにかく目の前にいる女性を凝視してしまっている。しかし女性も何かこっちを凝視している……いや、待て。これはどういう状況だ。


 やっと頭に押し込んだ認識にまた新たな混乱がやってきた。ヤバい、焦ってきた。とにかく正解を導かなければならない。必死で彼女の表情、衣装等を見ながら一つの答えに辿り着いた。


 自惚れだが、自分もなかなか理解する力が高まったと感じる。


 そう、つまりこれは『特撮』だ。


 「あ、特撮でしたか」


 「トクサツ? とりあえず意味分からないですが一発殴らせてください」 


 はは、確かに特撮系は様々な衣装を着る。さらにはそれで演技もするものだから少し慣れないといけない。この女性はこれから始まる撮影でNGを出してはならないと緊張して練習相手を探していたのだろう。


 ならば仕方ない。不肖ながら綾辻零、演技に付き合おうではないか。


 とりあえずベッドから降り、女性の前まで行く。体の調子は最高、キレキレで動けるよ。


 「演技の練習ですか? 勝手が分かりませんがうヴぉっ!!??」


 いきなりだった。いつの間にか突き出された拳が腹に当たり、物凄い衝撃でベッドまで吹っ飛んだ。あまりの威力に意識が霞んでくる。また寝るのか、と思った時女性が呟いた。


「少々の失敗はありましたが、あなたはイレギュラーですがこちら側の『救世主』です」


 まったく、彼女は既に役に入り込んでいたのか……役者っていうのは恐ろしいです。


 拍手したい気持ちを抱えたまま、また僕は意識を手放したのだった。

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