第10話 這い出たもの

 走り続けて何とか森の外へ出ることができた。抱えていたブラウを下ろし、勢いのまま数歩よたよたと歩き膝をつく。

 練度にもよるが、強化の魔術は肉体への負荷が大きい。俺の場合今回のように子供一人を抱えて長距離を走ろうと思うと、しばらく身動きできないくらいに疲労してしまう。今魔物に襲われたら最悪抵抗もできずに死ぬ。


 碌に動けぬ間にも汗を拭いながら、突然の戦闘で頭の隅に追いやってしまった疑問を引き出してくる。


 焼け跡の謎。ブラウが見た目のわりに重いこと。ブラウが床板を抜かずに小屋に入れた理由。なぜ大量のナメクジに襲われたか。この地域で多く見られるお守りが黒いスライムのような魔物の纏っていた樹木に引っかかっていた理由は……。


 少し回復した体を起こしブラウを見る。至って普通だ。普通の平均的な男の子。太ってもないし痩せてもない。


「ブラウ。俺には弟がいて昔は君みたいに小さかったよ。今では体は弱いけど立派な魔術師になってるし君もそうなるんだろうと思う。

だからまだ寄生されてないなら、まだ間に合うならそう言ってほしい」


 ブラウは何も言わない。何か言おうとしてあーうーなどと意味のない言葉を吐いているし、目はぐるりと一周している。


 寄生されて引き返せない所まで進行してしまったものによくみられる症状だ。宿主のスペックを引き出すには一か月ほど必要で、それまでの間も言語などを使えるが、長い言葉や質問攻めされると答えられなくなってしまう。


 俺はブラウを斬った。腹の中からは大きなナメクジ数体が出てきたのでそれも斬った。

 生きたまま町に連れて行っても良かったが、町に魔物を入れる訳にもいかないし依頼主が知ったら悲しむだろう。人が寄生されているところを見るのが素直に嫌だったのかもしれない。


 恐らくだがあの小屋事態が寄生ナメクジの苗床だったのだろう。床を踏み抜いたときにいたナメクジがそれだ。

 ブラウは魔術が少し使えるという話だった。年の割にはすごいことだ。きっと黒い樹皮を纏った奴やナメクジに襲われたときに魔術を使ったに違いない。焼け跡は樹木に擬態した奴を見つけようとしたり、木にいた小型のナメクジに向けたものだろう。

 お守りが引っかかっていたのは巨大化した奴に捕らえられたから。

 見た目のわりに体重が重いのは中に詰まるものがあったから。

 体重から考えても床板を抜きそうなブラウが床を抜かずに俺より先に小屋に居たのは……きっと既に寄生されていたから。宿主を守ろうとして、苗床の構造を知っていたナメクジが安全な場所を通ったのだろう。

 そしてブラウに寄生したナメクジがあの巨大化した奴に連絡した感じだろう。


 俺が最初に感じた違和感はこういう事だったのだろうか。まだ寄生したばかりで、しぐさがどこか人間からずれていたのか。あまりしゃべらなかったのはぼろを出さないためか。もやもやと浮かんでは消えていく。


 遺品を回収し、ブラウを燃やしているうちに朝が来た。この国は基本は土葬だが、遺体であっても寄生し動かすことができるらしいので念入りに燃やす。


「来世でまた会おうぜ」


 目の前の炎と背中に感じる日の光は暖かいはずなのに、体の芯は冷めた感じでぼうと炎を眺めていた。

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