第8話 這いずるもの

「起きろ!

 今から森を抜けるぞ!」


 小屋のドアを蹴破り中に入る。少年は起きると驚いたような様子だったが構わず抱え込む。


「ぐっ……お前なかなか重いな」


 七歳の子供の割にはやけに重いと感じただけだ。決して俺が非力というわけではない。床の板を何枚か踏み抜きなら急いで小屋を出る。


 俺たちが小屋を出て一呼吸置いた後に小屋が押しつぶされる音を聞いた。スライムのような敵は思いのほか早く、子供を連れている間に距離を詰められたようだ。これは少しまずいかもしれない。


「しょうがない、俺はここで魔物の相手をするからお前は逃げろ!

 ここを真っ直ぐ行けば外に出れる」

「ん、わかった」


 救助対象ごとやられるのはバカのすることだ。俺のためにも子供のためにも分かれた方が良いだろう。


 森の外に向かって走り出した子供の後ろ姿を最後まで見ることなく、魔物の方に体を向けた。斬れる相手かはわからないが刀を抜いて構える。相手がスライムなら切って内臓を出すか、潰せば殺せるが……。


「ふっ!」


 擬態していた木の樹皮を纏いながら殴りつけるように伸びた触手を躱し、樹皮を纏っていない隙間を斬る。


「チィ……固いな」


 しなやかに伸びたそれは思いのほか固く、スライムとは思えないほど筋肉質だった。斬れはしたものの切断には至らず、切れた部分も魔物にとってはあまり気にならない部分だったようだ。


「なら……燃えろ!」


 次の攻撃も躱しながら、黒い中身がむき出しになっている部分に火の魔術で攻撃する。基本的な魔術とはいえ火球は命中すればなかなかの威力だ。特にスライム系は火が苦手とされている。

 この魔物に対してもそれは例外ではなかったようで黒くしなやかな中身が激しく収縮するのが見えた。慌てたように俺を潰そうと迫る触手を避け、さらに火球を飛ばす。


 しばらくそんなことを繰り返すうちに黒い中身は動かなくなり、樹皮も剥がれていった。


「ふう……とりあえず終わったか」


 ずいぶんとでかいスライムだったが何か持っていけば特別な報酬とか出るだろうか。そう思い死体に近づく。


「なんだこれは」


 魔物が身にまとっていた木の枝に見覚えのあるものを見つけ手に取る。この地域でよくみられる、木の棒を二本紐でまとめたお守りだった。なんでこんなとこにあるんだ……?

 良く見ようと樹皮を剥がすと、樹皮の内側にびっしりと小さなナメクジが張り付いているのが見え思わず固まる。良く見れば俺の足にも数匹くっついていた。気持ち悪さから足をバタバタと動かし振り落とす。


「これは……床を踏み抜いた時のか?」


 最初に床を踏み抜いた時と、先ほど急いで小屋を出る際にぶち抜いた床を思い出す。


 待て、この大量のナメクジはなんだ。樹皮に張り付いたものと床の下にいたものとの関係は……。


 ずるり。


 俺が少しの間思考していると何かが這い出る音が聞こえた。音は目の前から聞こえたが黒い何かではない。黒い何かの中からまた別の何かが這い出るような音。


 ずるり。


 黒い何かが纏っていた樹木の上の方にあたる部分から、白っぽい体に黒い斑点をちりばめた何かが這い出る音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る