1ー3

 小学校のさらに奥にある山。と言うのは、何となく話題にだした気がするけど、正確にはあれは、月見山つきみやまという。

 月見山――漢字で書くといかにも綺麗な響きがする山であるが、別段普通の山だった気がする。少し他の山と差異を挙げようと思えば、神社があることぐらいか。そこは酷く寂れていた場所で、参拝客どころか神主さえもいないような有様だった。


 そんな山に、およそ六年ぶりに足を踏み入れた。

 劇的になにかが変わっていたわけではなかった。そこらに生えている木々草花を見る限り、順当に成長していって荒れ果てているといった印象を抱く。これでは、あの神社が現在どのよう有様なのか見ないでもある程度は予想できてしまう。

 目も当てられない惨状が広がっているに違いない。

 奥へ進むことを阻むかのように纏わり付いてくる草を相手に格闘しながら、もう帰ってしまおうかと僕は思った。


 結局、常貫さんに対する有効な対策を思いつけなかった僕達は、藁にもすがるような思いで神様にすがってみることにしたのだ。


 とはいえ、今しがた藁と神とを同等で語ってみたり、制服姿で学校帰りにふらっと立ち寄ってみたりしていることから分かるように、僕達はあまり期待などしてはいない。あくまでも心の気休め程度である。

 本気で願っているなら、こんなところではなく、学校からの移動距離が倍になってしまうが、もう少しちゃんとした神の威光がありそうな神社に参拝に行く。そうでなくても、僕一人ではなく、ちゃんと二人で来ていたはずだ。


 帰ろうと思う度に、しかし、ここまで来てしまったのだからと自分自身を鼓舞していくと、やがて僕の身長の倍ぐらいの大きさの鳥居が見えた。

 本来は綺麗な赤が塗られていたのだろうそれは、今では見る影もない。塗装を塗り忘れたのではないかと思ってしまうほどである。


 そんな鳥居の前で僕は歩みを止めた。


 僕はここから先には進んだことが無かった。妖精さんと喋る時は、鳥居を挟んで言葉を交わしていたのだ。今思えば、ひどくおかしな光景に思えるけれど、参拝目的ではないのに、境内に入ると言うのは道理に合わないと、幼心に思っていたのだろう。

 思わず苦笑いが漏れた。

 どうやら僕の面倒な性格は、今も昔も変化ないようである。


 分かっていたことではあったが、境内は荒れ果てていた。人工物を自然に還そうとしているかのように、あちこちに緑の蔓が伸びている。木の根のせいで土が盛り上がり、舗装されていたと思われるコンクリが破壊されていた。


「本当に、目を背けたくなるなあ」


 足を踏み入れた僕は思わずそう呟いた。


「人の住居に入っておいてそれは、いくら何でも酷くないかのう?」


 予期せぬ返答に僕の身体はしゃちほこる。

 声のした方に視線を向けると、そこには年齢が二桁に届かないくらいの少女が、賽銭箱の上に座っていた。後ろで一つにまとめた白髪が風にそよいでいる。その白さは、彼女の黒い着物によく映えており、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「そこまで警戒しなくともよいじゃろうて。わらわとしてはお主がここまで来るのを心待ちにしておったのじゃ。妾はお主を歓迎しておるのじゃ」

「いや、警戒も何も……。というか、心待ちにしていたんですか?」


 まるで、僕がここに来るのを少し前から予知して言い方である。それに、年齢に不釣り合いな台詞。

 一瞬、目の前の彼女が神とかそういう類いのものではないかと思ったが、そんなことはあり得ないだろうと、頭の中で否定した。

 きっと、この少女は僕のことをからかおうとしているに違いない。


「そうじゃ。お主を待っておったんじゃよ、七年ほど前からかのう。いや、本当にずっとじゃよ? お主ときたら、鳥居の前で立止まって決して中に入ってこないんじゃからなあ。最初は、どんな焦らしプレイかと思ったものじゃ」

「焦らしプレイって。あなたみたいな子供が言っていい言葉じゃありませんよ」

「子供? 妾が?」


 目を点にしながら彼女はそう言った。他に誰がいるというのか、と思いながら僕は頷く。すると少女は、ひどく神妙な顔つきになって言った。


「やはり、妾は少女に見えるのじゃな」


 というか、少女ですよね? と問いただしたい気持ちをぐっと抑え、沈黙した。

 少女はそんな僕の反応を見て、がっくりと肩を落とした。


「やはりか、やはり妾はそういう風に見えるのじゃな? ちなみにどのくらいの年齢じゃ? え? 多く見積もっても九つ? 二桁すらいっていない、じゃと……?」


 どうしてそういう風にショックを受けているのか、僕には理解できなかった。よもや、この見た目で成人していると言うことはないだろう。身長だって百四十に届くかどうかしか無いのだから。

 こういう時、なんと答えてあげればいいのか皆目見当もつかない僕は、引き続き沈黙を決め込むことにした。


「……およそ八百年ぶりじゃぞ? じゃというのに、妾の姿形は一向に変わっておらぬと言うのか……?」


 荒れ果てた神社を何とはなしに見ており、彼女を意識から外しかけていた僕であっても、その言葉を見過ごすことはできなかった。


「八百年?」

「そうじゃ、八百年じゃ! 妾の身体はそれだけ経ったというのに、一向に育たんのじゃ! 絶壁じゃぞ、絶壁。というか、えぐれてないじゃろうな、これ!?」


 はあ、と溜息を吐く少女。

 それから思い出したように、人差し指を立てた。


「ああ、そうじゃ、そうじゃ。完全に失念しておったわ。お主が先程から歯切れが悪いと思ったら、そもそも妾が何者なのか名乗っていなかったではないか。と言っても、今のところ妾の本名を言うのは禁止されておるし、まあ、ふわっとじゃが、言わせてもらうの」


 少女はそこで一息ついた。七年間焦らされて分のお返しと言わんばかりに、ためにためて、それからこう言ったのである。


「妾は神じゃ! 星の神とでも、覚えておくとよいぞ」


 ものすごく痛い子だと僕は直感的に思った。

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