「術、だと!?」

 ぐらりと倒れこむ男と入れ替わりに目を覚ます影猫。

 その目は虚ろに、それでありつつしっかとその男を捉える。

「嘘、、、才造?なんで、そんな術なんか、、、」

「今だ。完治させろ!」

「わかってる」

 この隙を逃してはならぬ。

 再び死なれては困る。

 何の抵抗も見せず、ただ男を抱き締め何かを呟く影猫は、蘇生術から治癒術によって、治されていった。

 あの男はいったい何者なのか。

 己と他者の命を入れ替えにするなど。

 そんな術は知らぬ。

 禁術と聞こえたが、そういう類いとなれば、どこに属す?

「予想通り、だろ?」

「馬鹿」

「馬鹿で構わん。」

 両手が影猫へ伸びて、包む。

 恋仲、、、といったところか?

「影猫、種明かしをしよう。我らはお前を憎んでも恨んでもおらぬ。よう、戻った。」

 手を伸ばせど、その目は我らを見ることはない。

 当たり前だ。

 お互い、掌を返したのだから。

「本音混ざりな冗談を」

 そう、呟かれる。

 本音、か。

 我にあらず、だがしかし、他にあり。

「戻って来なきゃ良かったよ。こんなクソみたいな場所になんて」

「今、なんと?」

「二度も聞きたいかい?貶し言葉を、さ」

「影猫、、、」

「わかっちゃいるさ。帰ってこなきゃ良かったよ。不正解だった。こんなとこ、崩壊して皆死んじまえば良かったんだよ」

「何のつもりだ?」

「さぁてね。何のつもりだか」

 嘲笑を浮かべた顔が振り向いて、挑発的返答を繰り返す。

 ドロリ、と中に流れ込んだドス黒い感情は、酷う居心地が悪い。

「前言撤回、だな。我はお前を憎み恨む。消えた頃より、ずっと、な」

「そうだろうねぇ。そうじゃなきゃいけないんだ。早く終わらせよう」

 スゥと立ち上がり、影を広げる影猫の目は濁って見える。

 やはり、時空の向こうで汚れたか。

「おい、夜影。正気か?ただじゃ済まんぞ」

「いいの」

 何を企んだ会話だ?

 何を、望んでそう逆らう。

 お前は何を忘れた。

 何を知った?

 何故、変わったのだ。

「存分に、こちとらを嫌ってよ」

 声より先に影が走り込んでくる。

 懐へと忍び込み、首へと襲う。

 それを払って、後方へと下がる。

「何を考えているのです!?双方おやめなさい!」

「聞いただろう?やはり、もう、影猫でもない!」

「争わないと約束をしたでしょう!?話し合えば、」

「無駄だ!話すことなぞない!」

 その赤い片目を抉れば止まるか?

 その鋭い腕をもげば終わるか?

 お前は何処を潰せば気が済む?

 教えろ。

 お前を許しはしない。

「破ァ!」

「羅ァ!」

 同時に術をぶつけあった。

 弾け飛び、消え失せる。

 術の系統はやはり違い、しかしそれでもそれ相応でぶつかるがため、それ以上とはいくまい。

「切破!」

「連羅!」

「壊!!」

 声が混ざったのがわかる。

 強い風と共に術を消し飛ばされた。

 横槍を入れるなど、、、。

 だが、影猫はその影響を受け、木へ叩き付けられた。

「邪魔をするなど、」

「止めれ」

「なんだと?事がわかってのそれか?」

「わかっておる。気付け。愚か者。影猫を責めるな。」

「大百足にしては、珍しいことを言う」

「珍しかろうがそうでなかろうが、どうでもよいわ。」

「お前は反対側であったであろう?何が気に入らぬ?」

「わからぬか?」

 影猫に歩み寄る。

 その足音に肩を震わせて、影猫は顔を上げる。

 その目からは大粒の涙が流れ落ちていく。

「泣けるのか」

 しゃがんで目線を合わせる。

 何がしたいのだ。

「言えるのか」

 影猫は、後退り、木へピタリと背を付けた。

「何度、死んだ?」

「何?」

 聞かれもしない我の問いに百足は振り返る。

「知らぬだろう?影猫以外に、誰がそれを知る?何度も死に、比べも出来ぬ痛みを背負うたこと、それを罪の償いに値するのも割りに合わん。わからぬか。己を殺し、取り戻そうとする企みが」

「何が言いたい」

「責める必要はとうに失せた。影猫は、自ら己を責め、十分過ぎるほど傷付いた。誰に当てはまらぬほど愛しく思うておった故に、苦はお前よりも、他よりも、知っておる目だ。止めれ。」

「納得出来んな。それが真かすらわかるまい。お前は影猫ではあるまい、何故そう言える?」

「なら何故、影猫に傷がある?何故泣く?何故自ら死す?何故苦しげに嫌えと言う?何故お前に手加減する?何故怯える?以前の影猫はそうでなかったであろうが。何故、こんな目をするか。察せられぬか?」

 確かに違う。

 以前とは、な。

 だが、それがなんだ。

 逃げた先で、我らのことなんぞ、と捨てたのであろうが。

 逃げたことに恨んでもおらぬ。

 逃げたことを憎んでおらぬ。

 誰よりも愛しきと見ていた筈の口が、それを裏切って要らぬと言うた。

 それがどれだけ悲しいことか。

 戻ってくると、信じた先がこれか。

 許せぬ。

 何故だ。

「言うておいて、泣く奴がおるか。嘘に決もうておろうが。お前がそうしたように。ただ、嫌うて欲しかったのだろう。」

「何故だ」

「そうせんと、切り離せぬと判断したんであろう。影猫は、もう二度と戻ってこぬと決めたのであろう。違うか?愛しきほどに、重かろ?もうよい。もう、背負うな。今のお前には重すぎる。」

 影猫に触れれば、怯えたように震えた。

 それは、心からの距離、そして壁が産まれておることを意味する。

 我らを恐れ、離れようとしておる。

「もう、戻れんか。戻うては来てくれんか」

 百足の悲しげな声は、手を引っ込めた。

 恐怖。

 それが、我らが影猫に与える最期か。

 近付けば、息を止めやがる。

 手を伸ばせば目を閉じられる。

 もう、その手には、我らの体温は残っておらぬのか。

 そう思えば、先程より悲しい。

 男が、影猫の頬に触れた。

 すると、影猫はそちらへ顔を向ける。

「あまり考え過ぎるな。お前はいつも、そうだ。本当は、どうだ」

 助け舟のような声に、影猫は一度コクリと唾を飲み込んだ。

 目を泳がせた後に、こちらへ目を戻す。

 その目に濁りはない。

 ただ、奥の奥を射貫くような、以前見た強く冷たく、鋭い目をしていながら、それと同時に隠れきれない優しさが色を覗かせている。

 それはもう、怯えを持っていない。

 涙が止まるわけではない。

 なら、何故、泣く?

「言、いたかった、こと」

 震えた声は、その目に似合わず不慣れであるような途切れを聞かせてくる。

 それでも、それでもよい。

 言いたかったこと、はなんだ。

 風景すら見えぬ。

 音はただ1つを望む。

「ずっと、何年、も、何十年、も何百、年も」

 時空の向こうで、何年が過ぎたか知らぬ。

 影猫が消えてから数ヶ月経ったこの地では、それは測れぬ。

 だが、影猫のその時の長さは真であろう。

 そうでなければ、その身体中の傷はなんだ。

 時間経過し、それでも治らぬ、消えぬ傷は、知っておる。

 それが今ようやっと見えた。

 はっ、はっ、と短い息を苦しげに吐き出して、浅い呼吸を繰り返す様子は、正常な状態でないのを表した。

「皆、に、、、ごめ、んなさ、い、、、って、あ、謝り、たかっ、た」

 それだけのたった一言。

 それが、重いのは、それだけの情があるのだろう。

「己が、可愛く、て、逃げた。愚か者、裏切り者、それに、違いは、ない。後悔、した。死ねば、良かった。こちとらが、死ねば良かった、のに。大好き、な、皆、を裏切った、んだ。帰れ、なかった」

 その目が、虚ろへと変わっていく。

 その目が、何処も見えなくなっていく。

 呼吸は酷く浅く、短く繰り返されている。

 声が、掠れていく。

 他者に怯えているのではない。

 己への嫌悪、憎悪、そして、恐怖。

 今にも影の中へ沈み込みそうだった

 自らを追い込んで、息を切らせる。

「再生、したの、ホッとして、でも、それでも、嫌に、なった。己が、嫌で、消えたく、なった」

 男が影猫の首へ手を添えた。

 そして、深くゆっくりと耳元で静かに呼吸する。

 すると、それに自然と合わせるように、影猫の呼吸はそれを真似てか整い、同じ呼吸をし始めた。

「記憶、を、、、封じ、て、、、忘れ、ようとし、た、、、ごめ、な、、、さい、、、ごめん、な、、、さい」

 それでも声は途切れそうになる。

 嗚呼、何故、どうしようもないほどにまで、、、。

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生き残れない 影宮 @yagami_kagemiya

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