才冬 後影

「なんで、向こうの上司は」

夜影ヨカゲだ」

「え?」

「もう上司と呼ぶな。アイツは夜影。ワシは才造サイゾウだ。」

「じゃ、えっと、夜影さんはなんで逃げるのにこだわるんですか?」

「そう見えるか?」

「はい」

「こだわるっていうより、それが最善だと判断してるから、だな。」

「なんでですか?」

「お前みたいな雑魚は下手に立ち向かって戦うよりも、逃げ方を覚えさせて上手く逃げさせた方が死なんからな」

「お、俺はそうかもしれませんけど、なんで夜影さんまで?」

「子は親の背を見て育つ。弟子は師匠を追って育つ。そのままだ。お前がアイツの背を見て学んでいけば、自然と言わんでも出来るようになることもある。気付かせるには、どうすればいいか。それを考えた結果だ。気付かせないと意味が無いからな」

「な、なるほど」

「とは言うが、実際アイツも取り憑かれてるようなもんでな。強敵を相手に多少立ち向かうよりも体が逃げたがるたちだからな、、、」

「そうなんですか?」

「気持ちでは負けず嫌いなのもあって立ち向かいたいんだが、ある一定の線を超えると体が酷く逃げたがって上手く動けなくなる。それで感情まで狂って自分じゃ収集がつかなくなる」

「大変ですね、、、。でも、その線って?」

「恐怖だな。忍は恐怖に弱い。アイツは過度に恐怖に弱い。恐怖については色々と絡まる点があるようでな。鬼だとかあやかしだとか無理矢理持ってくるようになる。」

「恐怖、、、。」

「アイツが一番苦手なのは恋愛だがな」

「え!?そうなんですか?そんな感じまったくしませんけど」

「まぁ、この話は後々のちのち教えてやる。面白いからな」

「そんなにですか」

「で、話を戻すが。アイツが逃げるのを最善と見ることについてだが、そもそもお前はズレている」

「何がですか」

「お前は生き残れと言われて何故逃げることに違和感を感じる?綺麗な生き残り方が出来るとでも思っているのか?それが好まれていたとして、実際にそれが可能だと思っているのか?」

「え、あ、その、」

「勝って生き残ることがよくあるそこら辺の書物の物語の主人公の終わり方だ。だが、現実を見てみろ。お前とその主人公は同じか?状況も同じか?お前にそれらが可能であると思えるか?」

「違い、ますね。無理です、、、」

「死ぬなと言ってるんだ。勝とうとするな。逃げてでも生き残れと言っている。確かに今の時代その主人公みたくお前は能力がある。一般人よりかは動ける。だからといって、その主人公になれると思うな。少なくとも、ワシら忍に鍛えられてる時点で綺麗な終わりを期待出来たもんじゃない。」

「すみません」

「だが、夢を見て勘違いする馬鹿さは人間らしいな。どれだけ腕を磨いて強くなったとしても、慢心はするなよ」

「は、はい。あの、才造さんと夜影さんて、どっちが強いんですか?」

「んなもん夜影に決まってんだろうが。言っとくが、アイツは忍隊のおさだ。ワシはその副長だ。忍は強弱で上下が決まる。わかるな?」

「そんなに強いんですか?」

「本気になれば、伝説の忍も赤子程度だろうな。限度を知らん」

「凄いですね、、、。どうやったらそんなに強くなれるんでしょう?」

「そもそも妖だからな。他より出来ることが多い。妖は恐怖を呼ぶとされる。それでも鬼じゃあるまいし、恐怖に勝てるかっていうと違う。何が強みになってるかわからん。」

「才造さんはどうなんですか?」

「ワシはあまり恐怖については多くない。語れんな」

「確かに才造は恐怖させる側だからねー、そりゃぁ多くないだろうね?」

「なんだ」

「あーら、こちとらのことペラペラ喋っといてそりゃないんじゃないの?ほら、お兄様がお呼びだよ。早く行った行った」

「悪かったな。ワシはそういう性格なんだ」

「さて、何を喋ってたかは聞かまい。何か、ご質問でも?」

「なんで、夜影さんは強いんです?」

「なに、やっと名を呼ぶようになったんだ?ま、いいや。こちとらが強い理由、ねぇ、、、。強い自覚はないけれど」

「でも、」

「あんたよりかは強い自覚はある。才造にも負けない自信もある。けど、まだ未熟者だよ。こちとら一人じゃ勝てない相手は沢山いるさ。」

「未熟者って、そんなことないですよ」

「馬鹿言いなさんな。あんた、こちとらの何を知ってるっていうの。上には上がいるのさ。頂点の奴にさえ上は存在する。限りもない。あんたみたいに何も知らないガキはなんだって言う。なんでも言える。知らないんだから当然よね。言ったところで意味を成せる力もない、言葉に力を持たないんだし、その言葉が何を動かせるかもわかってないんだから」

「そう、、、ですよね。俺は無知で無力です。今までも能力に頼りきりで、、、。甘えてました。それなのに、偉そうに何かを言って、知ったつもりになって、」

「誰だって、つもりになったままなのさ。」

「え?どういう意味ですか?」

「誰も、そういうふうにはなれやしない。[つもり]から抜け出せない。[つもり]にしかなれないんだよ。知っている、わかっている[つもり]のくせに言う。もうそれ以上は知ろうともしない。そういうもんさ。」

「つもり、、、」

「大事なのは、常に知ろうとすること。知っている、わかっているとは思いなさんな。一度で全てはわからない。二度目で何かを新たに得るだろう。三度目に気付かなかったものに気付けるだろう。四度目に視点はもう変わってる。繰り返しさ。その一つの視点から、角度から何を得られる?得られるもんは少ないのさ。人によって感じ方が違うってのは、視点や角度が違うから。だから、何度でも知ろうと挑め。[つもり]でいることを忘れることなかれ」

「なんか、なんでも知ってそうですね」

「まさか。こちとらは人間よりもちと長生きしただけに過ぎない。知ってるというより、経験かねぇ?色んなもんを見てるとさ、自然とそういうことは頭に入ってく。」

「過去が崩壊したって言ってましたよね。それって、どういうことなんです?」

「あんたは知らなくていい。人間には難し過ぎる。人間の歴史に載ってるとしても、きっとそれは正しくない。でも、それでいい。人間には関係ないのさ」

「過去には、戻れないんですか?」

「どうだろ。もう何百年も、何千年も戻ってない。戻ろうとも思わない。彼奴あやつらの顔を見るのが、おっかないのさ。笑うよね。怖くて仕方が無い。大好きだった。なのに、逃げたんだ。おのれが可愛くて、逃げたんだ」

「夜影さん、、、」

「わからなかった。あの時、どうしてりゃ良かったのか。逃げずに死ねば良かったか、それとも?これで良かった、なんて誰も言うわけないでしょ。今更戻れない。戻ったって、もう、そこには何も無いんだ。馬鹿だよねぇ。生き残っただけマシだって思えないんだから」

「その時のことはわかりませんけど、夜影さんは多分そうするしかなかったんじゃないですか?だから、それで良かったんじゃないですか?」

「何言ってんの」

「一緒に死んじゃうよりも、生き残ることが最善だって思ったから逃げたんじゃないですか?その時、そう思ったなら、きっと、良かったんですよ。」

「そう思う?皆を見捨てて、生きて、それでいいと思う?」

「やむを得なかったなら、仕方が無いんですよ。それでも後悔してるってことはそれだけ、その皆のことが大切だったってことじゃないですか」

「あんたはそういう口だけは立派だね。あんたに慰められると、人間臭くて敵わないねぇ」

「あ、すみません。」

「いや、いいの。別に貶したわけじゃないから。いつか、帰って謝るから」

「そう、ですか。」

「怖いのも、自業自得ってやつかね。無力だった。だから強くなりたい。けど、それだけじゃ意味が無い。ただ無闇に求めちゃ、その先で望んだ答えを誤る。何かを守るなら、それ相応の覚悟はいる。それ相応の力もいる。あの時のこちとらはそれらが足りなかった。」

「やっぱり、夜影さんもそういうこと考えたりするんですね」

「まぁ、最初から強いわけでもないし、語れる数だけ経験もあるのよ。悔しいだとか、悲しいだとか、感情もそれなりにはあるもんよ」

「妖って聞いて、全然そういうことなんか考えたりしないのかと思いましたよ」

「あっはは、まぁ、そういう妖もいるっちゃいるけどね。んでも、こちとらは元から人間臭い性格なのよ。だから違和感もあんまなかった。そうね、いつか、なんて言ってたら、いつまでも帰れないよね。思い切って、帰ってみようかな。」

「いいんじゃないですか?」

「付き合ってくれる?一人じゃ怖くて、上手く飛べないの。勿論、あんただけってわけじゃないけど」

「え?飛ぶ、、、んですか?というか、皆で行けるんですか?」

「本気を出せば、今のこちとらなら飛べる気がする。怯えさえしなけりゃぁね。でもやっぱリスク伴うしやめた方がいいかな?」

「いえ、行きましょう!多分、今じゃないと行けないんじゃないですか?気持ち的に。なんとなく、大丈夫だと思いますし!」

「そっかな。うん、そうだね。あんがと。あぁ、二人にも言わなきゃ、、、忍って自力で飛べたっけ?滑空なら出来たけど、飛べたっけ?」

「え、空を飛ぶんですか!?」

「うーん、空は空でも時空だから」

「それって漢字だけ、」

「あんたはこちとらに乗りゃいいからさ」

「乗る!?」

「竜にでも化けようかと思ったけど、どうしようかね」

「どんどん現実味がなくなっていくんですけど、、、」

「現実だから心配しなさんな」

「えぇ、、、」

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