動
「もう、動けるんですか?」
「あぁ。もういい」
「これから、、、どうするんですか?」
「ここはまだ敵が来てはいないだけで、時間の問題だ。さっさと離れたいが、零を置いたままだからな。先に消すか」
「消すしか、、、ないんですか?」
「ワシと同じ思考なら、零にも生きる意味はない。分身の場合なら、確実に」
「、、、じゃぁ、もう、向こうの分身も消されてるってことですか?」
「当たり前だ。分身に慈悲は要らん。いちいち考えるな。別に、生きてるわけじゃない。」
「自我はあるんですよね?」
「お前のそういう考えは甘い。大体、自分の分身を愛でる趣味はない。そんなに零が気に召したか?」
あの時の感情はどこへやら。
いきなり冷たくなった。
確かに、自分を愛でるタイプじゃなさそうだ。
それでも、少し、寂しいというか悲しい。
消されることを前提に自我を持って歩かせられるなんて。
「察するが、お前も同じだ。死ぬことを前提に生きている。いつ死んでも構わんという覚悟と、そう軽くは死なないという意志の有無だ。分身がどうであれ、重ねたいなら勝手にしてろ。ワシとしては延々とは無理だ。」
そういって、空を見上げる。
少しの間を置いて、顔を伏せ、片手で顔を覆った。
「クソ、、、」
「どうしたんですか?」
「いや、、、」
それ以上の返答はなかった。
それでも、どこか悲しげという風でもなく、だからと、晒したいとは思えない内容なんだろう。
だから、俺はそれ以上のことは聞かない方がいい、、、かな?
「それと、お前の部下は忘れろ。多分、そろそろ狐に戻る頃合いだろう。そうなればもう、生きてはいまい」
「裏音が、ですか?」
「他に狐らしい奴がいたか?」
「生きていないってどういうことですか?」
「説明は聞いた筈だ。力も翼も失くすと。狐と化すと。ただの狐が、生き抜ける環境だったか?」
いや、力を失えば、子狐の裏音はきっと、生き残れない。
連れて来れるような状況でもない。
小狐一匹すら守る力なんて、俺にないんだ。
力のない者は生き残れない、というルールが覆ることはない。
戦時代も、殺すか殺されるかの世だったんだ。
「なんでお前を選んだんだろうな」
「え?」
「お前よりも有能な奴は山程居た。だが、アイツは頑なにお前以外を嫌がった。」
「そう、、、なんですか?」
「アイツはモノを見る目がある。」
「能力なんですか?」
「ワシらにお前らのような能力があるとは思うな。ただの忍だ。書物に残ってる通りの、な」
能力を持たない人が、機関に所属してて、それも上司になってるなんて初耳だ。
そんな人、いないんだ。
だって、能力が無いと選ばれない。
所属を拒否される。
だったら、能力と同等の何かを持ってるってことだ。
例えば、、、不老不死?
「能力があったとしても、弱者ならただの足でまといに変わらん。一式だろうが二式だろうが、雑魚は雑魚だった」
「足でまとい、、、」
「ワシの所属していた忍隊の方が、強いな。残念だ。どの書物を読んだ?」
「確か、墨幸忍隊十勇士の、」
言いきらない内に、上司は「嗚呼」と遮った。
それ以降はないけれど、そこで一旦途切れる。
「知ってるんですか?」
「有名だな」
「えぇ、そういえば昔から現代まで色褪せない書物の内容ではありますね」
「色褪せない、か」
「読んだんですか?」
「いや、読む必要は無い。だが、アイツなら目を通したんだろう。実際と異なる内容があるだの何だのと懐かしんでいた」
懐かしむ?
あ、あぁ!
そういえば、そんな感じのことを聞いた気がする。
なんだっけ?
「十勇士の名を順に言えるか?」
「え!?自信ないです、、、。」
「いいから言え」
「十勇士の長は、霧ヶ峰夜影、次に霧ヶ峰才造、その次に、鎌、」
「その二人について、思うことはあるか?」
「え、あ、霧ヶ峰夜影と霧ヶ峰才造ですか?他は?」
「他はいい。興味無い。よく知ってるからな」
忍として尊敬してるとか、そういうのだろうか?
でも、それは違和感だなぁ。
「俺、詳しくないんでよくわかんないんですけど、でもこの夜影って忍が凄いのは知ってます。なんか、敵を一人で全滅させたって書いてました。」
「あぁ、確かにな。それが一番有名になった話だ。実を言うと、夜影の分身一体が全滅させただけで、本体は主と共にまた別の敵軍と戦の真っ最中だった。」
「そうなんですか。なんか、詳しいですね」
「当たり前だ。ワシの上司だったんだからな。そもそもそんな仕事を任せる主も問題だ。それを軽くやってのけるくらいだっただけだ」
腕を組んで、俺が可笑しいことを言っているように首を傾げた。
いやいやいや、、、
「上司、、、だったって、、、」
「で、ワシの働きは覚えていない、と?」
「え?」
「霧ヶ峰、才造」
「え、、、えぇ!?」
「なんだ、十勇士の書物に載ってて可笑しくないはずだったが。流石にショックだな」
「あの、薬を使った仕事が主に有名で、無口の!?」
「無口だったのは否定しないが、有り得ないとでも言いたげに言うのはやめろ」
「だって、ガンガン喋るじゃないですか!」
「喋るようにアイツに言われたからな。」
「唯一、夜影を惚れさせた忍、なんて書いてありましたけどね」
「そこは覚えなくていい。それと、唯一じゃない」
溜め息と一緒にそう言いながら、ガシガシと頭を掻いた。
多分、思い出したんだろうな
「他にもいたんですか?」
「ワシの爺さんに当たる忍に、な。霧ヶ峰涼介。多分書物にほとんど載ってない」
「ん?今気付いたんですけど、もしかして霧ヶ峰夜影の霧ヶ峰って、、、」
「ワシの苗字だ。霧ヶ峰は代々忍で、薬が有名だった。だが、霧ヶ峰家に勝る夜影の薬は驚いた。まぁ、霧ヶ峰家の一員になったわけだからいいが」
「じゃぁ、涼介さんが死んだから?」
「いや、付き合ってはない。だが、先に死んだのは爺さんだ。」
だんだん、忍者の恋愛話になっていってしまっている。
あれ?
最初は何を話そうとしてたんだっけ?
「宮内、にした理由がわかるか?」
「いえ」
「宮内冬獅郎って奴に似てるからだ。十勇士にいたろ?」
「あ、いましたね。似てるんですか?」
「雰囲気がなんとなく。」
なんとなく、か、、、。
「お前の先祖だったりしてな。宮内の死に姿が浮かぶ」
「よりにもよって、死に姿ですか」
「武士は生き様、忍は死に様っていうしな。共に生きたい、と願うか、共に逝きたい、と願うかの違いだ」
「じゃぁ、才造さんは共に逝きたい派ですか」
「まぁ、そうだな」
生き様とか死に様とか聞かない言葉だけど。
武士とかそういう感じなのか、、、。
「話を戻すが、強いからといって生き残れるとは思うなよ。強い奴ほど早死にすることもある」
「え?強いから、じゃないんですか?」
「1から教える必要があるな。喉が痛い。そろそろ休むか」
喋り過ぎた、と言いたげに首に手をやって、背を向けた。
歩いていく上司の背中を見つめながら、ぼんやりと考えていた。
宮内、、、か。
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