怪我と披疲労であんまり走れないから、歩くしかない。

 座り込んで、休憩なんて出来ない。

 ポタ、ポタ、と水が地面に落ちていく音に気が付いた。

 上司だ。

 汗じゃない。

 泣いてるんだ。

 それを拭うわけでもなく、本人が気付いていないかのように。

「すみません」

 謝らなければならない気がした。

「謝ってどうする?」

「、、、すみません」

「謝るな。言っただろうが。ワシは死なん、と」

「なんでそう思えるんですか、、、」

「思えるんじゃない。事実だ。ワシは不老不死で、この首さえ守れば生き残れる。だが、どうせ事が終わってもアイツが死んでいるなら、ワシは首を切る」

「なんで、ですか」

「アイツがいないなら、ワシの生きる意味はない」

 暗い沈んだ声で、ただ、そう言った。

 涙なんか気にせずに。

 不老不死、、、か。

 そんな能力なのだろうか。

 普通なら、喜んでいいはずなのに、苦しいものに変わってしまう。

 どうして?

 ピタ、と上司の足が止まる。

 それにつられて俺も足を止めた。

「薬草、、、だな」

 片膝ついて、雑草に手を伸ばした。

 薬草?なのか?

 それを丁寧に取ると、その他にも草を取り出した。

「あの、、、」

「これも、使えるな。よし、揃った」

 俺の声なんて届いてない。

 でも、涙が止まっている。

 どういう仕組みでこの上司は、心を落ち着かせているのかわからない。

 草を綺麗にちぎって、編み込んでいく。

「足貸せ」

「え?あ、はい」

 差し出せば、それを包帯のように巻いた。

「なんですか?これ」

「昔の人間の知恵だと思え。この草は包帯に出来る。」

「へぇ」

 それとは別の草は、石を使って潰していく。

 すり潰された草からは、液体が出てきている。

「それは?」

「即興の薬だ。」

 何の、とまでは言わなかった。

 でも、それは俺じゃなく、自分に使うからだろう。

 傷口につけて、同じように包帯代わりの草を巻く。

「効くんですか?」

「普通なら、もう少し手を加える。効きすぎるからな」

「そんなに、ですか?」

「これは麻痺薬だ。お前には使わせん」

「そ、そんなの使って大丈夫なんですか!?」

「痛覚を麻痺させるだけだからな。普通は、治療に使う。」

「麻酔?」

「とは、違う。これの場合、自分じゃなく他者に使うからな。だが、無いよりマシだ。仕方ない。」

 詳しいんだなぁ。

 立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

「あれ?」

 つい、そう声が出る。

 それに気付いて、上司が俺に振り返った。

「あぁ、限界か。」

 上司は普通に立ってるのに、なんでだ?

「そうだな。お前も忍なら楽だった。ワシはまたお前を抱えて走れるほど傷は浅くない。無理にでも立てねぇか?」

 木を支えにして立ち上がろうとするが、下半身にまったく力が入らなかった。

 これでも体力は結構自信があったのに。

 ショックだ。

「あまり留まると、不味いな。」

 そう呟くと、後ろを振り返った。

「忍術を使えるほど体力もない。コイツは限界。最悪だな」

「すみません」

「いや、お前の体力は確かに他よりあった。それはいいとして、流石にもう足を壊しかねないからな。休め。ギリギリまでどうにかする」

 武器を構えて、警戒する。

 いつ、何処から、敵が襲ってくるかはわからない。

 グラりと地面が揺れた。

 なんだ?

 地面から、ボコッと鋭く白い岩のようなものが突き出してきた。

 それは、俺たちを囲むように。

「クソがァ!!!!」

 上司の叫び声が聞こえた頃には、俺の体はもう空を飛んでいた。

 勿論、上司に抱えられて。

 ドシャッと勢いよく地面にぶつかる。

 ゆっくりと顔を上げれば、上司が腕を押さえたまま倒れている。

 なんだったのかわからない。

 でも、上司は腕の途中から先が消えている。

 血が、ドクドクと流れて血溜まりを作っている。

 上司はその体勢から動こうとはしなかった。

「あ、、、あの、、、」

「案ずるな。痛覚はない。だが、動けはせん」

 喰いちぎられたんだと、わかってしまった。

 さっきの叫び声が、何を表していたのか、わからない。

 でも、上司の目には一切光はなく、暗い絶望へと突き落とされたかのように沈んで虚ろだった。

 つぅ、と涙が音もなく流れて消えていく。

「お前は動けるか?」

「上半身しか」

「それでもいい。這ってでも進め。死ぬな。ワシがこの先生きているとは思うな」

「不老不死なんじゃなかったんですか、、、?あ、、、」

「ワシは、死ぬ」

 気付いてしまった。

 何故、生きていないことになるのか。

 上司はさっき、きっとわかってしまったんだろう。

 向こうの上司が、もう、生きていないことを。

 生きる意味を失えば、生き残ろうとする意味もない。

 だから、ここで終わりだと言いたいんだ。

「ダメですよ!死んだら、だって!」

「黙れ!アイツが死んだんだ。ワシの生死くらい、ワシが決める。だが、お前は生きろ」

「死んでないかもしれないじゃないですか!」

「何処にそんな自信があるんだ。何処に?アイツは、食われたんだ。もう、骨すら残ってない。」

 上司の片手には、血で汚れた布が握り締められているのにやっと気付いた。

 もしかして、ソレが証拠?

 さっきのに、食われたっていう証拠なのか?

「そうだとしても、死んだとしても、無駄にはしないって言ってたじゃないですか!」

「どうせ、この状態だ。これ以上はどうにもならん。終わりだ」

「じゃぁ、なんで、俺に生きろって言うんですか!終わりなら、意味なんて!」

「アイツが、生きろって言った。アイツが、お前を生かすように言った。なら、それが最後だ。アイツの声を消したくない」

 ワガママだ、と思った。

 案外、上司だって同じものなんだなってわかった。

 心すら折られてるから。

 だから、それにすがりつくのが精一杯で。

 忍者には、感情がないって書いてた書物は嘘だったんだ。

 だって、こんなにも。

「消したくない、なら、それを聞いた貴方も生きてください。最後を聞いたのは、貴方じゃないんですか?生きましょうよ。大切なら、ずっと覚えてていてあげれば、いいじゃないですか」

 強引だ、とも思う。

 俺だって、ワガママだ。

 上司の手に力が入る。

「ワシに動けとでも言うのか」

「だって、そうしないと死んじゃうんでしょう?」

 上司は手を地面について、体を起こす。

 ゆっくりと、起こして握り絞めたままの布をそのままに、立ち上がる。

 足が定かにならなくとも、上手くバランスをとって、倒れることはない。

「なら、お前も立ってみせろ」

 俺を見下ろして、そう言った。

「立って、生きてみせろ。ワシに死ぬなというのなら、お前は死なずに生き残れ」

 目に光はなかった。

 それでも、もう、虚ろなんかじゃなかった。

 何か、強い色が宿ったみたいに。

 俺は、足に力を入れて、手を支えに、体を起こす。

 なかなか起き上がらない足に、無理にでも。

 上司のようには立てないけど、近くの木を支えに立ち上がる。

「上等だ」

 上司はそう言うと、マスクを降ろして布を咥えると、片手で指を組んだ。

「一か八か、だぞ」

「わかりました」

 何が、とかはわからなくても、この際どうでもいい。

 風が上司の足元から吹き荒れる。

 何が起こるかわからない。

 多分、忍術だ。

 やがて、それは地面を揺らし始める。

 そして、木の葉を集めた。

 向こうの上司がやってたやつとは少し違う気がする。

 次の瞬間、目の前が土の色一色に染められた。

 理解なんて、到底追いつけない。

 それでも、きっと、大丈夫だと信じる。

 信じることしか、出来ないんだ。

 意識が保てずに、俺は暗闇へと放り込まれた。

 耳に、小鳥の囀りが入り込む。

 唸って、目を開ければ穏やかな風景が見える。

 なんだ、、、ここ。

 天国、、、?

 起き上がれない。

 それでも、寝返り打って、逆の方向を見れば、上司が倒れている。

 意識を失っていながらも、その布だけはしっかりと咥えたままだった。

 手を伸ばして、揺すっても、反応はない

 死んだわけじゃないのは、呼吸でわかる。

 ザ、ザ、と足音がする。

「あれ?もしかして、冬志郎か!?」

 その声に顔を向ければ、懐かしい顔が見える。

 ここは、もしかして、俺の故郷?

「大丈夫か!?どうしたんだ!?」

「えっと、、、」

「動けねぇのか?待ってろ!」

 一旦走り去ってから、何人かを連れて戻ってきた。

 あぁ、どれもこれもが、懐かしい。

「冬志郎が帰ってきた!あ、この人は?」

「わからない。でも、運ぼう!」

 そう言い合いながら、担がれる。

 上司も、連れて行かれる。

 何処に、ってこの村には小さな病院しかない。

 そこだった。

 ベッドに寝かされて、治療を受ける。

 草で出来た包帯には、驚かれた。

「暫くは、安静にすることだ。冬志郎、この人はお前の友人か?」

「いいや、上司だ」

「上司!?っていうことは、仕事は?」

「それが、、、」

 説明をすれば皆が青ざめている。

 ただ、それが何処についてかを言うと、悪鬼ガラクタとかそういうんじゃなく、上司のことだった。

 まだ、確かはないけど、上司の大切な人が死んだこと。

 そして、それについての深いことはわからなくても、とても辛いんだろうということくらい。

 忍者であるとは言わなかった。

 不老不死であるとも言わなかった。

「そうか、、、そうか、、、。」

 中には泣きじゃくる人もいる。

 どうして、こんなに、皆は優しいのかと久しぶりに思ってしまった。

 三日後、俺は松葉杖を使えば歩ける状態になった。

 そして、上司も目を覚ました。

「此処は何処だ?アレからどのくらい経った?」

「ここは俺の故郷、ラプチャーです。ここに運ばれてから三日ですね」

「そうか、、、」

 上司は手元に置かれた布を見つけると、それを大事そうにそっと手に取った。

「アイツが、生きてるかもしれない」

「え?」

 その言葉に声を上げたのは俺じゃなかった。

 上司はその声に顔を向ける。

「お前の知り合いか?」

「俺のいとこです」

「い、生きてる、のか?」

「お前、喋ったのか」

「あ、つい」

「良かったぁ!生きてて良かった!」

「意味がわからん」

 上司は溜め息をつくと、そう呟く。

 何が、生きてて良かったと言っているのかわからないって。

「だって、あんたの大事な人生きてるんだろ?良かったじゃないか!」

「確定はしとらん。それに、他人事に何故喜べる?」

「そりゃぁ、心配してたからに決まってんじゃん!誰だって、大事な人が死んだら悲しいし」

「人間のこういうところがワシには理解出来ん」

 諦めたように、そう言った。

 もう、どうでもいい、というふうに。

 確かにまぁ、どうでもいいかもしれない

「なんで、生きてるかもってわかったんですか?」

「アイツが夢に出てきた」

「夢?」

「生きてるって言った。もう少し待てば会えると」

「でも、夢、、、ですよね?」

「アイツなら、可能だ。」

「そういう能力なんですか?」

「違う。妖術類いだろう。寝る」

 目を閉じて、顔を背けた。

 疲労が三日で回復するわけないか。

 さっきの目には、光が戻っていた。

 良かった、、、。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る