逃避

 障害物をどうにかこうにか越えて、平原に辿り着く。

 何かが可笑しい。

 だって、街があったはずなのに、何故俺はこんな自然を走ってる?

 あ、そうか。

 そうだ。

 街とは真逆の出入口から出たからか。

 いや、そんなことを考えてる場合じゃない!

 どうして、こうなったんだ。

 前方から、何かがこっちに向かってくる。

 あれは、、、なんだ?

 戦車みたいな感じだけど。

 乗せてもらうのはダメだよな。

 多分。

 すれ違う。

 呼び止められたけれど、無視した。

 止まっちゃいけない気がして。

 間もなく、爆発音が俺を追い掛ける。

 あぁ、どっちだ?

 戦車が潰されたのか、戦車が潰したのか。

 きっと、戦車の方だ。

 だったら、正解は、、、。

「哀れよのぅ。人の子が、人であらざる者に食われようしておるのは。」

 そんな声が隣で聞こえて、驚いて横を見れば、白い着物を着た銀髪の男の人が走っている。

 いや、耳と尻尾があるから、獣人?

「ほんに、哀れよ。」

 何かを言う余裕は切れたこのいきにはなかった。

 誰なのか、それを質問することは出来ない。

「我が主を食ろうてやろか?楽になる。選べ。苦を走るか、死に楽するか」

 なんだそれ。

 なんだよ、それ。

「逃げねばならぬ。しかし、主は逃げ切れぬ。ならば、諦めるが良かろ?そう、焦るでないわ」

 意味がわからない。

 いや、わかっちゃいけないんだ。

 考えちゃいけない。

 俺が考えるべきは、逃げること。

 生き残ること。

 そう、言われたばっかりだ。

「応、とは言わぬか。ふむ、ならば、逃げ切れぬ現を変えてみよ。主にその力があるとするならば。我はいつでも、主を食ろうてやろう。諦めつけば、願え。」

 そう言うと、笑い声を流した。

 無視、だ。

 無視しなきゃいけない。

 この人が何のつもりで来たのかも、わからない。

 わからなくていいから、そのままだ。

 くそ。

 くそ!

 足がだんだん動かなくなってくる。

 いつの間にか、姿を消した銀髪の人は死なないのだろうか?

 いや、それも、考えなくていいんだ。

 何かに躓いて、派手に転んだ。

「いったぁ、、、」

 ハッとして振り向けば、すぐそこまで迫ってきている。

 這うようにして、進む。

 駄目だ。

 駄目なんだ!

 逃げ切れない?

 いやだ。

 死?

 そんなの、絶対に、いやだ!

 駄々をこねるように、そう唱える。

 何としてでも、そう、何としてでも逃げなくてはいけなくて、生きなきゃいけない。

 駄目、、、なのに。

 グンッと体を持ち上げられて、グンッと前へ進む。

 なんだ、この、速さは。

 風景が最早定かじゃない。

 全てが、色を引き伸ばしたみたいにみえる。

 上を見上げれば、怪我を負った上司だった。

「あ、あの」

「喋るな。死にてぇか?」

 圧のかかった声が返ってくる。

 また、抱えられてるんだ、俺。

 しかも、片手で。

 こんな速さで走れるのか、、、忍者は。

 人を一人抱えた怪我人なのに、なんでもないようにえげつないスピードで走り抜ける。

 と、いきなり止まった。

 そして、降ろされる。

 足の感覚がまだ、地面についていないような。

 両肩をガシッと掴まれる。

「アイツは!?会ったんじゃないのか!?」

「え、あ、アイツって?」

「会わなかったのか!?」

「向こうの上司のことですか?」

「他に誰がいると思ってるんだ。他の奴が生きてるとでも思うか?」

「わかんないんです。倒れたとこまでしか」

「倒れ、、、た?」

「はい」

「、、、クソ。」

 吐き捨てるようにそう言って、手を離した。

 額に片手をあてて、顔を歪める。

 俺はどうしたらいいかわからずに、それを見ていた。

 たぶん、上司は迷ってる。

 行くべきか、逃げるべきか。

 なんとなく、なんて浮かばない。

 俺にはわからない。

「行くぞ。」

 その決断は、思ったより速かった。

「アイツが死ぬわけない。」

「でも、」

「死んだとしても!」

 俺の声を遮って怒鳴った。

「死んだとしても、無駄にしてたまるか」

 力のない声でそう言うと、歩き始める。

 自信がない。

 そんな感じがする。

「何処に逃げるんですか?」

「逃げ場はない。」

「じゃぁ、どうするんです?」

「逃げる。何処かに留まらず、進み続ける。」

「ずっとは無理ですよ」

「だからなんだ。無理だとわかっていても、そうせざるを得ない状況だと、知れ。死にたいか?」

「し、死にたくないです」

「ワシは死なん。だが、お前は違う。お前はワシを盾に生き延びろ」

「そんなこと!」

「命令だ!」

 怒鳴り声が、俺を強制的に黙らせる。

 切羽詰まってんだ。

「お前は、進み続けろ。他人の屍を踏んで、他人を盾にし、生き残れ。お前が死ねば。アイツの計画は終わりだ。そうなれば、もう、立ち直りも効かん」

「命令、、、ですか」

「命令だ。従え。」

「なんでですか。なんで、自分だけ生き残って、自分だけ!」

「黙れ。そう思うなら、自分の弱さを悔いろ。何かを犠牲にしなければ生き残れない雑魚が、ほざくな。死ぬことは許さない。」

「、、、なんで、、、俺なんですか、、、。他にも、居たじゃないですか、、、なんで、俺を?」

「それを聞いたところでお前はどうするつもりだ?無駄だ。」

 冷たく厳しい声が、心を削っていく。

 息苦しい。

 甘えられる場所じゃないのは、知ってた。

 けれど、甘えてしまっていた。

 だから、この状況が、駄目なんだ。

 耐えられない。

「あぁ、クソッ!死ぬな、、、。生きてろよ、、、。」

 震えた声が、聞こえて顔を上げれば、後ろを睨むように見つめていた。

 そうだ。

 上司だって、俺を助けてる場合じゃない。

 助けに行きたくて、仕方がないんだ。

 だから、、、、。

 俺がこうしてたら、いつまでたっても、進まない。

「お前だけは、、、。」

 その声と、視線は俺を抱き締め守った向こうの上司に注がれている。

 上司にとって、凄い大事な人なんだろう。

 それなのに。

 振り切るように、前を向くと、止まっていた歩を進ませた。

 俺はそれについていく。

「死ぬな」

 願うように、そう唱える。

 震えた声で。

 何度も。

 かすれて消えそうなその声が、俺にとっては辛い。

 俺のせいで、倒れたからだ。

 俺のせいで上司は助けに向かえない。

 俺のせいだ。

 俺が、上司の言うとおり、誰かを犠牲にしなきゃ生き残れない雑魚だから。

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