「何で、この機関に入ろうと思ったんです?」

「何でって、、、入る必要があったから、以外にないけど」

「平和とか?」

「いや、平和は嫌いだね」

「嫌い、、、なんですか?」

「そう。きっと、生き残れないから。」

「どういう意味ですか?」

「きっと、同じこと言うよ。」

 クイッと顎で見ろと示されて、従って前に目を向ければ上司が歩いてきていた。

 フードを深く被っている。

 外に出ると必ず隠すんだなぁ。

「整ったか?」

「まぁまぁ。」

「なら、もう、始めた方がいい。」

「んじゃ、結界張るわ」

 立ち上がって、ガリガリと木の棒で何かを地面に描き始める。

「何か、気になることはあるか?」

「平和が嫌いってどういう意味ですか?」

「そのままだろうな。アイツは、生き方を知らなさすぎる。生き残れず、自ら自害を選ぶだろうな」

「どうしてそう思うんですか?」

「影に生きるようにしか、教えられてはいない。今さら、人間のようには生活してられない。人間になり方がわからないからだ」

「あの人だけじゃないですよね?」

「アイツはワシ以上に不器用だ。他に忍が生き残っているはずはない」

「わかるんですか?」

「忍は滅んだとされている。ワシやアイツが生き残れた理由が、ソイツらにはない代物だったからだ。ワシの部下も、忍として死を迎えた。それだけでいい」

 咳を挟む。

 それから、何も喋らなくなった。

 ガリガリ、と地面を削る音も止まった。

 見れば、不思議な形の絵なのか、図なのか、そんなものが地面に出来上がっていた。

「喋りたくないのに、そんなに喋るから喉も痛くなるんだよー?」

「ったく、お前とだけ喋れればもう他は必要ないのに」

「そういう愚痴は、後でまとめて聞いたげるさ。広さはこんぐらいでいいんでしょ?」

「それはお前が決めろ」

「いや、困るんなら聞いとかなきゃ」

「構わん。どうせ、元に戻せる」

「そういう問題?さて、と」

 風が途端に強くなって、その人の周りを回り始める。

 木の葉がそれに巻き込まれて行くのがわかる。

「おい、もう少し離れろ。ミンチにされたいか?」

 上司にグイと引っ張られて、俺は数歩下がった。

 ミンチ、、、か。

 いや、本当になりそうかもしれない。

「あ」

 そんな声が聞こえた時には、俺の視界はグルンと回転して、地面を見て空中に浮いていた。

 何が起こったのか、わからなかった。

「お前は殺す気か!?」

 そんな怒鳴り声が上から聞こえた。

 そこでやっと今の状態が少しわかった。

 上司に抱えられて、木の上に避難していたみたいだ。

「ゴメン。ちょっと、予想外だった」

「予想外、、、だと?」

「丁度此処に、穴がある」

「、、、異世の?」

「そう。弾かれたから、多分、そう。ビックリした。そんな、弾かれるとか、そんな、、、」

 驚いているんだろうか、その先の言葉が途切れて出てこない。

 俺はただ、抱えられた状態で、見下ろすしか出来ない。

「お前がそれに気付かないとはな」

「本当に、不味いよね。気付かないってことは、それ相応の力の持ち主かもしれない。もし、そうなら、どうにも出来ない」

「珍しいな。お前がそこまで焦るとは」

「だって、これ、信じらんないんだもん。だって、だって、」

「落ち着け。説明しろ」

「だって、まだ穴が新しい」

 それを聞いて、上司の手が緩んだ。

 落ちそうになって、俺が声を上げる前にハッしたように抱え直される。

 いや、、、あの、、、降ろして欲しいです。

「いつ頃だと?」

「多分、一週間も経ってない。結界が張れない。どうしよ。ねぇ、どうしよう?」

 困ったように、上司にそういう。

 あの余裕そうな感じはまったく無くて、それくらいヤバイことなんだってわかる。

「どうするも、こうするもない。ワシが聞きたいくらいだ。クソ、機関内にいやがるのか?」

「ん?でもさ、普通に考えれば、伝説さんも来れるってことか。」

「アイツが?来てどうする?」

「いや、伝説の忍なら戦力になるじゃん?ほら、風神でもあるし」

「忍の感覚捨ててそうだが」

「いやぁ、案外忍の感覚って消えないもんよ?」

「で、それで解決すると思うか?」

「しないね。」

「なら何故いきなり落ち着く。お前のそういうところが未だにわからん」

「さて、この機関ごと結界張ってみますかね」

 また、会話を途中でぶった斬る。

 余裕そうな声が戻って来てるし。

 また、視界がグルンと変わった。

 地面が近くなった?

 って、まだ抱えられたままでいなくちゃいけないんだろうか。

「宮内、お前の能力で何かわかったりはしないか?」

「ないです」

「即答か。」

 なんとなく、、、。

 あ。

「あの、やっぱりあります。」

「なんだ?」

「ここじゃない同じような場所に、あるんじゃないですかね?」

 沈黙が数秒流れ込んだ。

 あれ?

 俺、もしかして変なこと言った?

 どうしよう。

「おい!今すぐ帰れ!」

「わかってる!部下置いてくけどいい!?」

「どうせ遅いんだろうが!置いてけ!」

 その瞬間影になって姿が消えた。

 え?

「消え、、、た?」

「お前のそれは多分当たりだ。それも、今更の内容になる」

「どういうことですか?」

「前々から、あったんだ。穴は。その場所はわからなかったが、お前が言ったそれだ。姉妹機関の向こうの方に、あったってことだ」

「それって、ヤバイですよね?」

「ヤバイどころじゃない。アイツが察知出来なかった、思考外のことが起こったってことは、現時点でそれをどうにかすることは出来ん。防げん」

「どうするんですか!?」

「逃げろ。お前は逃げろ。逃げる術をお前は持っている。」

 同じようなことをちょっと前に言われた気がする。

 そうだ、言われた。

 逃げろって。

「最悪、死にはしないだろう。命令だ。お前は何があっても仲間を見捨て逃げろ。現時点で、お前に出来ることはない。生き残れ。逃げろ。死ぬな」

 バッと落とされて、地面にぶつかる。

 起き上がって、前を見れば、上司は殺気を持って指を組んでいた。

 なんか、嫌な空気が漂ってる。

「お前が死ななければ、太刀打ち出来るようになる。お前は逃げ続けろ。生きろ。命令だ。今すぐ逃げろ。お前に勝てる相手はいない」

 前を睨んだまま、そう冷たく鋭い声でいった。

 俺は足が棒になっていた。

 逃げる?

 命令?

「行け!」

 その怒鳴り声で、意識よりも体が動いた。

 恐怖が来たわけでもない。

 だけど、体が走りだした。

 背中で、大きな音が響いている。

 ヤバイ。

 何処へ逃げればいい?

 何処へ?

「木ノ下。わかるか?」

「零!?、、、と、誰?」

「切羽詰まったこの状況で聞くことかね?こちとらのことはどうでもいいの。本体から命令が下ったからそれを伝えに」

 ってことは、この人も分身?

「あんたは、何処にも頼るな。これ以降、誰も信じるな。信じていいのはあんたの能力だけ。何があっても生き残りな。それが命令。悪いけど、こちとらたちはあんたについていけない。あんたが独りで行くんだ。こちとらも、もう、消されるから」

 それだけいうと、二人はザァと黒い影に変わって、風と一緒に掻き消えていった。

 零も、その人も、消えた。

 上司も、ここにはいない。

 独りだという不安はない。

 何か感じてるわけじゃない。

 なんだろう?

 この妙な感覚は。

 ただ、機関の敷地内から止めの声も無視して出た。

 仲間に声をかけた方が良かったのか、いいや、違うんだろう。

 仲間を見捨てろ、と言われた。

 従う方がいいんだ。

 悲しい。

 なんで、俺なんだ?

 なんで、俺が?

 わからない。

 分かれ道には、能力なんだろう、右だと、左だと、指示のようの頭に響いた。

 これに従いさえすれば。

 命令に従いさえすれば。

 俺は、生き残れる。

 そのはずらしいから。

 そうしなきゃ、いけないんだ。

 双剣が、重たい。

 速く走ろうと思えば思うほど、重たく感じた。

 武器を捨てていいわけない。

 これしかないんだから。

「キュゥォオオオ!!」

 そんな声と共に、天狐が隣を走る。

 裏音じゃない。

「なんで?」

「キュォオオオ」

 何を叫んでいるのかわからない。

 けれど、何かを叫んでいる。

 知ろうと思えば思うほどに、悲しい。

 焦りが混じって、どうしようもなかった。

 ただ、その時だった。

 天狐の首が飛んでいった。

 血が、俺に飛び散った。

 初めてじゃないのに、吐き気がした。

 誰かの血がかかることは慣れていたはずなのに。

 途端に恐怖を知ることになる。

「あ、、、あ、、、あ、、、」

 口を抑えて走り続けた。

 天狐が殺られた理由が、後ろから迫ってきているからだ。

 戦うべきじゃない。

 それはわかる。

 だから、逃げた。

 どうすることも出来ないんだ。

 上司の言う通りなんだ。

 俺みたいな雑魚が、勝てない。

 後ろから迫り来る何かが増えていく気がする。

 それでも、振り返る余裕なんてなかったんだ。

 行き、、、止まり、、、?

 嘘だろ。

 だって、能力の通りに、、、。

 振り返る。

 見たことも無い化け物が、数体こっちに向かっている。

 武器に手を伸ばそうとした。

「ここまでよく走って来たね。お疲れさん」

 その声を聞いたと同時に、その化け物は血肉の残骸へと変えられる。

 理解が出来ない。

 ふわり、とさっきの人が降り立った。

「能力がここって言ったの、正解。でも、ここで終わりじゃない。まだ、逃げなきゃいけない。いいね?」

「む、無理です!俺、俺には無理です!」

 泣きそうになっていた。

 そんな俺をギュッとその人は抱き締めてきた。

「死にたかないでしょう?」

「こんななら、、、死んだ方が、、、マシですよ」

「馬鹿言うんじゃないよ。あんたは生き残らなきゃいけないんだから」

「なんで、俺なんですか?」

「考えるな。考えると、動けなくなる。逃げることだけに頭を使え。今は、それが最善だ」

「一緒に、逃げてください、、、俺、無理なんです」

「正直さんだなぁ。ゴメン。こちとら、あんたを今ここで守るので精一杯なの。こうして抱き締めてなきゃ、あんた死ぬんだ」

「え?」

 グシャ、という音に気が付いた。

 言われるまで、気付かなかった血が、流れている。

 なんだこれ。

 なんだ、、、これ、、、。

 その人の力が段々緩んでいく。

 息が浅い。

 死ぬ、、、?

 震える俺を抱き締めたまま、顔だけ笑ったままに。

「こちとらが、、、倒れたら、、、あんた、、、走ってよ、、、?それが、、、いい、、、タイミングだ」

 声が小さくなっていく。

「待ってください!これじゃぁ、、、!」

「死には、、、しないさ、、、」

 そう言って、俺に凭れた。

 まだ、息があるけれど、その刺さる音はやんでいない。

 待ってくれ、、、

 待ってくれよ!

 こんなのあんまりだ!

 どうしたらいいんだよ、、、。

 わからない。

 恐怖がどんどん溜まっていって、俺はそれに捕まっている。

 何も言わなくなったけど、まだ生きてる。

 でも、このままじゃいけない。

 なのに、動けない。

「覚え、、、て」

「え?」

「[我が目に]」

「わがめに?」

「[龍を呼びて]」

「りゅうをよびて」

「[天を]、、、[救わん]」

「てんをすくわん」

 オウムのように繰り返す。

 無意識に確認をしてしまう。

「[我が声に]、、、[虎を呼びて]」

「わがこえにとらをよびて」

 その先が繋がらない。

 咳き込んで、血を吐き出す。

「、、、[地を救わん]」

「ちをすくわん」

「、、、[我が魂]、、、[天地に響け]、、、」

「わがたましい、てんちにひびけ」

「忘れる、、、なかれ」

「あ」

 片手が俺の頬に添えられて、最後、ニッと笑った。

 そして、そのまま、トサッと横たわった。

 頭に、走れ!と怒鳴るように響いた。

 あぁ、あぁ、、、また、独りだ。

 俺はその人を置いて逃げるしかなかった。

 丁度、攻撃がやんだとこだったんだ。

 だから、タイミングがいいって。

 なんで、強いはずなのに、俺の盾になろうとしたんだ?

 その人でも、勝てない、、、から?

 我が目に龍を呼びて天を救わん

 我が声に虎を呼びて地を救わん

 我が魂天地に響け

 忘れるなかれ、と言ったその人は、何を教えてくれた?

 どんな意味が込められているか、考えてる余裕はなかった。

 誰かを信じるな、って言ったんだ。

 けど、きっと、その人と上司は信じていいんだ。

 っていうか、信じないと俺は死んじゃう気がする。

 怖い。

 まだ、追っ手がある。

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