片付け
「と、これで終わりかな」
書類の山が左から右へと位置を変え、内容も文字で真っ黒になったところで、溜め息をついた。
インクが切れたペンをゴミ箱に投げ入れる。
インクを入れ替えればいいだけであっても、終わったものを残して中身だけを入れ替えるのは、たとえペンであっても気持ちが悪い。
これは俺だけの感覚なんだろうし、それを勿体ないという者もたまにここへ現れる。
小さなことにも、そんなこだわりを持っている奴には裏があるのはお約束。
只今、隠密の方の仕事を終えたところだった。
サポート役とか言うけど、最早サポートで収まっていないんじゃないかな。
「お疲れ様。お前は鍛えたのかってくらい書類を片付けるのが速くて助かる。呼んで正解だな。悪いな、一式の書類を」
「あぁ、いえ、これが俺の仕事なので。鍛えられます」
「そういえば、お前、
「いつの話でしょう?仕事ですか?それとも、その他で?」
「覚えていないのならそれでいい。だが、中々の事を言ってくれたようだな。後輩の口が随分と大人しくなった。」
「そうですか。それはすみません」
「いや、寧ろ有難い。馬鹿には丁度良いからな。三式を頼らなくてはたとえ一式でも雑魚同然だからな。」
「それは言い過ぎなんじゃないですか?皆凄いですよ。」
「お前が一式にいれば良かったんだがな」
「きっと、一式じゃ役に立てませんよ。三式だからこそ、だと思ってますからね」
「そうか。まぁ、そうだろうな。だが、何処に居ようがこれだけが変わらない。死ぬなよ。
「死ぬ気はないですけど、うっかり足を滑らせないように、気を付けときますよ」
この人も、性格が悪い。
棘のない言葉に、棘のない声に、なんで棘を隠すかな。
俺もありがちに返すのが億劫になるじゃないか。
新しいペンが必要だなぁ。
廊下を進めば、俺の部屋への道が封鎖されている。
レッドゾーン、、、?
「可笑しいな。そんな騒ぎは無かった筈だけれど」
こんな静かなのに、封鎖するほどの異常が発生したっていうのか?
仕方が無い。
中の様子が見えないしわからない以上は手も足も出しちゃいけない。
引き返そう。
振り向けば、シャッターが大きな音を立てて落ちた。
「え?」
閉じ込められた、、、?
ガスマスクを取り出して装着する。
誰の目にも当たらないのなら、遠慮は要らない。
けれど、どうするべきでもないこの状況ではもう取り敢えずで自身を守ることに徹しておくのが最善なんだろう。
封鎖をしているシャッターが大きな音を出す。
俺の部屋には
裏音が居れば何が来ても大丈夫だとは思う。
だから合流もしたいし、きっとこのシャッターは向こう側にいる何かのせいで破れるだろう。
そこを狙って入るしかもうタイミングはない。
殺される前に、追い詰められる前に、潜ればいいだけなんだ。
ガシャン、ガシャン、という音は増えていく。
複数居ることがそれでわかる。
だけどこれは人間か獣かっていうような感じだ。
ガシャーン!!!
一際大きな音がしたけどシャッターは案外硬いようで中々破れてはくれない。
いっそ、俺が破りにかかってもいいんじゃないか?
けど、壊したってバレれば修理の費用を請求されるよなぁ。
費用の負担は上司に回すことも出来るけど、評価はその分下がる可能性もある。
そんなイメージダウンは辛い。
仕事を貰えなくなってしまうのは、避けたい。
「キュォオオオオオ!!」
裏音の声がシャッターの向こうから聞こえる。
怒ってるような声だ。
その時、シャッターは派手に破れた。
俺はその隙を逃してはいけないと急いで中へ入った。
よくわからないガスが充満している廊下には裏音の影が少し向こうに揺れている。
「裏音!」
「キュオ!」
走って来てくれた。
そして俺に頬擦りをしてくるが、
裏音はいきなり俺を咥えると走り出した。
足の下にはすぐ人がいる。
それを気にすることなく裏音は走る。
様子が可笑しいのがよくわかる。
ゾンビのように理性を失ったかつて味方だった者が武器を持って歩いている。
それを裏音は無視して、邪魔なら蹴り飛ばし、襲ってくるなら跳ね飛ばす。
取り敢えず走る。
そして、壊れた壁の穴から外へ飛び立った。
空を大きく円を描いて飛び、屋上へと着地して、俺をやっと下ろした。
「キュゥーン」
グリグリと俺に顔を押し付けてくる裏音はきっと心配だったんだろう。
声も甘えるように優しかった。
「あ、
「よお、
「ここにいる皆は裏音が?」
「そうみたいだ。何があったか俺もよくはわからん。仕事から帰ってくるなり襲われてな。裏音がいいタイミングで来てくれたんで、感染はしなかった」
「っていうと、やっぱりゾンビのようなものか」
「あぁ。噛まれると、っていうアレ。原因は俺でも察せられるがな。」
大方、特殊系の研究の失敗かな。
「そのガスマスクも、正解だ。裏音には効かないらしいがあのガスを大量に吸うとアレ。噛まれてもアレ。外に出るのが最善だってことだ」
深い溜め息をついて、頬杖をついた。
裏音はバサバサと翼を羽ばたかせながら、後ろ足で立ち、前足を空へ向けて上げた。
「キュォーン」
「何してんだ?あれ」
「わからない。なにかあるんだろうけど、喋ってくれないと」
「キュォーン、キュォーーーン!」
遥か遠くで、何かが光った。
零もそれに気付いて、裏音へと振り返る。
何かを呼んでいる?
キラ、と空でまた光る。
目を凝らして、それがなんなのか待った。
「
裏音とは違う姿をした天狐。
いや、裏音が通常の天狐と姿が違うだけだからそれは間違いか。
静かに裏音の隣へ着地すると、裏音と頬擦りをし合う。
「キュゥ、キュゥ」
「キュォ、キュゥ」
鳴きながら、少しの間それを続けた。
よくわからないが、裏音は近くの天狐を呼び寄せたってことなんだろう。
「キュゥーン」
「キュォォオ、キュォー!」
「キュゥ」
俺たちにはわからない、天狐の言葉で会話をしている。
それで気付いたのは、天狐の声が裏音よりも少し高い。
それぞれやっぱり人間みたいに声に違いがあるんだなぁ。
「キュキュッ」
少し可笑しな声を上げて、翼を広げ合う。
不思議でしかない。
零は驚いた顔で二匹の天狐のやり取りを見つめている。
「トウシロー、協力、得る、出来た」
「友達かい?」
「
「あ、違うんだ。でも、有難いなぁ」
「キュキューン」
「うお!?なんだ?」
零が天狐に頬擦りをされている。
懐いてるのか、挨拶なのか。
「零、天狐が協力してくれるってさ」
「そうなのか?て、天狐が?夢じゃないよな?」
「零らしくないなぁ。」
「天狐だぞ!?あ、裏音も天狐だったんだな」
「
相変わらず、まだ天狐に頬擦りをされている。
それを片手で受け止めながら、困ったように笑った。
「天狐って、人懐こいな」
「そうだね」
「我ら、人間、好き」
「そうなのかぁ。零は余計に好かれやすいのかな?」
「喜んでいいのか?天狐って大丈夫なのか?」
ペロリと舐められて、零は天狐を撫でる。
まるで、もう、仲間になったみたいに。
「さて、どうしようか」
「天狐っていえば、妖術が一番か。ただ、ガスを止めるのと、アレを治す方法が必要だ。」
「なるほど」
「処理隊が居ればサポートに、捕獲・調査でバランスはいいんだがな。此処に居ると思うか?それも、
この場にいる人を順に見ていく。
隠密で顔を合わせた奴は居ても、残念ながら、処理隊は見た限り居ない。
と、いうか多分無事なのは大半が隠密なんじゃないか。
「処理隊が一番助かる。アレは薬で治す他方法がないように見えるから、研究員で、アレになるガスを生み出した研究に手を出してた奴が居たらそれなりに、だ」
「研究員はいないね」
「だよなぁ、、、。なぁ、天狐、霧払いならぬガス払いは出来るか?」
未だ擦り寄る天狐にそう問いかけると、途端にその行為をやめて首を傾げた。
言葉が通じているのなら、これは説明をすればいい。
「キュゥン」
「中に充満してるガスを取り除きたいんだが。出来ないか?」
「キュ」
短く鳴いた。
これはどっちの返事になるのかわからない。
それでも姿勢を低くした。
「ゼロ、乗れ」
裏音がそう言ったのを聞いて、頷いて飛び乗った。
翼を広げて飛んで行く。
ガス払いに向かうということか。
俺は零という指揮者を失い、さて、と腕を組んだ。
俺も何か行動を移すべきだろう。
「裏音、皆を治すとまでは行かなくとも、動きを止められたりするかい?」
「氷、する?」
「いやぁ、それはちょっと不味いかも」
「縛る?」
「妖術で、ってことかい?」
「
「それがいいね。」
俺も裏音に飛び乗る。
何も言わなくてもわかってくれておるだろう裏音は、翼を三度羽ばたかせたあと、大きく空気を叩いて空へと舞い上がった。
それから、目の色を変えてからそのまま尾を広げて体と翼の色を白と黒に変化させた。
目元や口元の赤い模様等は変わらなかったけど、これは初めて見た。
さぁ、片付けるぞ
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