隠密冬式

裏音リオン、留守番を頼むよ。誰かが依頼を持ってきても、断ってくれないかい?」

おう

 裏音を部屋に残して、地下通路への出入口へ向かう。

 まだ裏音は36番隊冬式隠密全般隊三式のことをよくはわかっていないだろうし、これから時間をかけながらでも内容を入れ込めばいい。

 あやかしでまだ子供だといえど、あの子供らしさはこれから中身から嘘へと変えていくつもりだ。

木之下キノシタ、何処行く気なんだ?そっちは立ち入り禁止じゃないか?」

「そうだね。けど、俺が用事で行くのは立ち入り禁止の札を通り過ぎるからね。問題ないよ」

「あぁ、なるほどな。なにかあるのか?」

「なんとなく、何かありそうでね。気分転換がてらに行くのさ」

「お前のなんとなくは当たるからな。暗くなるから気を付けろよ」

「わかってる。ありがとう」

 手をヒラヒラと振って別れる。

 曲がり角で彼の姿が見えなくなってから前を向いた。

冬志郎トウシロウ、あんた何でこんな時間にこんなとこ来てるわけ?」

「おや、盗み聞きしてたんじゃないのかい?」

「してたけどさ!何の用事?ついていっていい?」

「それは、なんとなくが当たってからのお楽しみだね。悪いけど、一人で行かせてくれないかい?」

「怪しい!」

「何故だい?」

「こんな時間にわざわざ行かなくても、朝になってからでいいじゃない!」

「今じゃないとダメなんだ。」

「なんでよ?」

「なんとなく」

「そのあんたのなんとなくを見たいの!」

 なんとなく、と言えば通じる不思議もやっぱり限度はあるみたいだ。

 さて、どうしたものか。

 隠密機動の仕事を関係のない者に知られるわけにはいかない。

 仕方が無い。

 起きているかはわからないが、、、。

「仕方ないね。見たら一人にさせてくれよ?」

「わかったわ!でも、何で一人?」

「俺だって一人になりたい時があるのさ。わからないかい?」

「わからないわね。疲れてるっていいたいの?」

「疲れてるかどうかはよくわからないけど、皆で居る時間と同じように一人の時間も大切なんだよってことなんだ」

「そういうつまんない話、私興味ないわ」

「それは残念だね」

 立ち入り禁止地下通路を通り過ぎて外へのガラスドアを開ける。

 草を踏んで虫の声を聴きながら、空を見上げた。

 さて、もし、起きていて、察してくれるなら問題はないんだけど。

 指笛を吹く。

 ピュイー、と音が柔らかい風の中に溶けて行った。

 ざわ、ざわ、と木が葉で音を鳴らす。

 来るかな。

 もう一度吹こうと指を口に持っていったその時、空から何かが向かってくるのが見えた。

「あぁ、アレだ」

「なにあれ?」

「さぁ、なんだろうね?俺にはわからない。たまーに、指笛に反応して見れるんだけど」

 それはここには来ずに、クルリと回って遠くで一回転する。

 正体は裏音だ。

 俺の指笛に反応して、部屋の窓から出て、空を飛んで見せてくれただけ。

 遠いければ遠いほどに、それがなんであるかはわからない。

 それを利用するしかなかった。

 勿論、これは裏音に教えたことだ。

 もし、今みたいな事になったらやって欲しいと。

 起きていなければ出来ない。

 だから、一か八かの芸当だ。

 この時間だからこそ、とも言えるかな。

 俺が何か合図を出さなくても、裏音は自動的に姿を眩ませて、部屋へとそっと戻る。

 部屋の窓から出入する時は、姿を透明化するということも忘れないように、とも言っておいた。

 賢いから、たった一度で理解してやってみせてくれる。

 準備しておいてよかった。

 まぁ、これだけの為に留守番を頼んだわけではないけれど。

「さて、もう来なさそうだし、俺はこのまま散歩かな」

「これだけ?」

「そうだよ?何を期待していたのかな?」

「もっと、こう、何かあったりないの?」

「あって欲しかったかい?それはごめんよ。期待に応えられなかったね」

「、、、もういい!寝る!」

「おやすみ」

 アイが室内へと戻るのを見送ってから、急遽入る出入口を変更することにした。

 外からでも行けるから、助かる。

 迂回することになるけれど、仕方が無い。

 欠伸を噛み殺して、人気のない別の立ち入り禁止地下通路への出入口へ向かう。

 周囲に誰の視線も無いことを確認して、入った。

「さて、と。地下何階だっけね」

 エレベーターが必要だった筈。

 それから中心部へ向かって歩けば多分見つかるだろう。

 入り組んでいるとはよく言われる地下通路だけど、俺にとっては一本道と同じだ。

 なんとなーく、で歩いていれば着くし。

 そんな適当で着くんだから、皆は大袈裟なんだろうな。

 書類を取り出して、文字を数えながら筆ペンを手に取る。

 5892字。

 縦読み、渦巻き、蛇読み、謎解き、は無いと見た。

 なら、普通でいい。

 フードを被った者二人とすれ違う。

 火薬の匂い、、、と薬品も持ってるな。

 あれは26番隊の二式だけど、何処のかはわからない。

 隠密のどれかもわからないけれど、大方アレも俺と同じ全般の方だろうな。

 同類ほど、わかりやすいモノはない。

 正解はどうだか。

「邪魔しないでくれるかい?」

 目の前に立つ誰かが俺へ刃を向けているのがわかった。

 書類からは目は離してられないけれど、それくらいは察して当然。

「お前は何処のだ?」

「36番隊冬式隠密全般隊三式だよ。今回は個人だけど」

「ほぅ。で、この先に何用だ?」

「それは君が知る必要はあるのかな?」

「噂通りだな」

「そうかい。その噂っていうのは知らないけど、そこを退いて貰えると助かるんだけどな」

 書き終えたから、顔を上げればまだ会ったことのない人だった。

 これは、、、わからない。

 と、いうことは多分全般のやつじゃない。

 クラスは三式でもないし二式じゃないとすれば一式しかないだろう。

 一式の、捕獲・調査か処理のどっちか。

「お前、三式と言ったな?」

「そうだよ。」

「一式を相手にそんな口を聞いていいとでも思ってるのか?」

「クラスの上下で偉そうにするのは違うんじゃないかい?クラスの違いは偉いかそうでないかの差で作られてはいない。違ったかな?」

「だからなんだ?雑魚は雑魚だ。」

「ははは、俺が雑魚であることは否定しない。けれど、他の三式を雑魚というのは聞き捨てならないなぁ。」

 なるほど、一式にもやっぱりそんな思考を持つ人が隠密にいたんだね。

 これは、印象が悪い。

 皆がそうじゃないだろうけど。

 確かに一式に比べたら三式なんて弱いかもしれない。

 でも、一式のサポートも受け持つことがある三式を舐められちゃ困る。

 三式のサポートは何処のクラスのサポートにも負けない自信があるんだ。

 サポート専門みたいなもんなんだから、一式のするサポートとは違うと胸を張って言える。

 気分を害したんだろう、俺の首にその刃を当てる。

「サポートしか出来ねぇ癖に」

「そのサポートがあるからこそ、一式も二式も他のクラスも皆、仕事を全てやり遂げられるんじゃないかい?サポートがなければ死者も怪我人も増えるだろう?」

「脇役は年間でどのくらい死者怪我人を出してる?」

「三式に死者はこの50年間未だに出ていないけどね。怪我人は多いかな。サポートに徹しながら、出来るだけ庇うようにもしている。死にはしないけど、大怪我はするよ。そのせいで」

「なら、死ぬくらいのサポートしてみろ」

「君は一式の一年間の死者数を把握しているかい?毎年同じ数くらいだ。さて、そんな一式が三式のサポートに完全に頼らなくなったら?急増するだろうね。サポートだってね、数が少なくともここまで抑えられているんだ。死者なんか出してみてよ。その分他のクラスを支えられなくなる。それが何に繋がるか。三式はこの機関のかなめだと、上司から聞いた事がなかったかい?そんな三式を雑魚だのなんだの言って見下し、馬鹿にするのは俺は許せない。サポートしても手柄は三式には回ってこないとよくわかっている。死ぬ覚悟はあるけれど、死んではいられないんだよ。これ以上、」

「あー、わかったわかった。長い」

「俺、三式のことだったらいくらでも喋れるよ。だから、あんまり俺に三式に絡む話はしない方がいいと思うな。止めて貰わないと、自分じゃ止まらないんだよ」

「三式の凄さはどうでもいいから聞いてられない。一式の凄さならいくらでも聞いてやるがな」

「一式は特殊専門だといえど、通常のことの知識も持っておく必要があるとは予想くらいできる。頭脳派が多いんじゃないか、なんて見た目だけど実際そうじゃないよね。サポートに何度も回ったけどもうちょっと考えて行動して欲しいとは思う。」

「それが三式から見た感想か?」

「三式じゃなく俺個人の感想だよ。他の皆がどう思ってるかなんて聞いた事はないからね。」

「はぁ!?噂とかは!?」

「滅多に他クラスの話が出ないのに、噂なんて話題にはならないよ。」

「じゃぁ、何の話してんだ!?」

「呑気に他クラスのアレコレ言ってる暇があったら三式に限った話をするに決まってる。サポートについての知識情報交換が一番盛り上がるよ。あとは雑談として個人でプライベートな話とかね」

「一式の間だったらお前は有名だけどな。その逆はないんだな」

「有名なのかい?」

「あぁ。お前の仕事っぷりは表でも隠密でもどっちにしても高評価なんだ。今実際に喋ってみて面倒なやつだとはわかったがな」

「ははは、俺はお喋りが好きだからね。三式の中では一番なんじゃないかな?それはそうと、そろそろ首から離してくれないかい?」

 指を差しながらそう言うと、やっと刃は退いた。

 長話で夜が明けたら笑っちゃうよな。

「で、お前の仕事っぷりの高評価が気に入らないってのは理解出来るか?」

「理解出来ないかな。高評価されるところから理解出来ない。」

「そもそものそこかよ。」

「真面目に仕事をしていればそれなりの評価は得られるんだろうけど、俺は普通にやってるだけだ。それで高評価っていうのは不思議な話だよ。それに加えて俺のことが気に入らないって言われても、俺にはどうしようもないし、高評価を得たいんだったら俺を睨む暇を高評価を得る為の努力に当てればいいんじゃないかい?」

「お前は本当に面白くないやつだな」

「それは、俺も思う。」

「調子に乗らない方がいいぜ?」

「調子に乗ったつもりはないけれど、敢えて言わせて貰うね。君も調子に乗って偉ぶるのは大概にした方がいい。三式のサポートがいい加減になれば死ぬのは一式の奴だ。三式は生き延びることもサポートもクラスで一番なんだからさ。俺は仕事だと割り切ってサポートに回ってあげられるけど、俺以外がどういう風になるかはわからない。サポートの仕方が変化しない内に、その態度と口を止めた方がいいよ。忠告はしたからね」

 俺はそれを最後に一式の隠密機動隊の真横をすり抜けて目的地である施設へと向かった。

 振り返らなくとも、背中で感じた。

 もう、彼らが三式についてを俺にとやかく言うこともしなくなるだろう。

 脅しみたいなもんなんだ。

 勿論、三式がそんな内面を持ってるわけじゃない。

 だけど、そうなる可能性がゼロではないことも確かだ。

 なにせ、三式に居る皆は思ったより好き嫌いの激しい者や、相手によって顔を変える者だったりが多いから。

 下手すれば俺が言った通りのことになる。

 それくらい、わかる。

 これは、あくまでも忠告。

 三式サポートを馬鹿にすれば必要な時に、命に関わる時に、見殺しにされる。

 ゼロも、俺も、柄野カラノ副隊長も、必要であれば機関の闇として息をする。

 上司がこう言っているのを知っている者は少ないだろう。

「我らの悪鬼隠密三式]

 俺も、優しく甘いだけじゃ、ないんだよ。

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