隠密零式

木之下キノシタ、空いてるな?」

「勿論。」

「なら来い。裏音リオンを乗せたまま来い」

「未だに頭なんだよぉ」

「いいじゃねぇか。裏音もそこが気に入りなんだろ?」

「おう!」

 尾を揺らして翼をバサバサと羽ばたかせる。

 ご機嫌らしい裏音は木之下の頭の上で毛ずくろい、、、いや、羽根ずくろい?を始める。

 完全にくつろいでるが、まぁ、俺は困らないので放っておく。

 っつーか、クソ可愛いんだよ裏音!!

 なんつー可愛さだ!!

「俺も小動物が欲しい」

ゼロ、本音漏れてるよー。何気に出ちゃうタイプだよね。」

「どうでもいい事だったらつい口に出る性格だからな」

「ははは、零は器用な口してる」

「器用な口言うな。っつーか俺を器用でまとめるな」

「なんでも器用じゃないかー」

 くだらん話をしながら、地下通路を歩く。

 地下通路は、隠密専用通路でもある。

 隠密の仕事を持たない通常の隊員にバレずに機関にある施設へ全て行けるし、敷地内の隅から隅まで地下には隠密機動隊専用の施設、通路等がある。

 勿論、外にも繋がっている。

 方向音痴は先ず隠密機動隊にはいないが、いたら迷ってのたれ死ぬ可能性がある。

 複雑で迷路のようになっていて、層になっているから自分が今地下何階にいるのか、そしてどの辺りをどの方向を向いて移動しているのかがわからなくなれば面倒だ。

 俺も最初は困った。

 だから、どの階にどんな施設があるかを先に覚えてから、どの施設がどこら辺にあるかを覚える。

 そうしないと、仕事どころじゃなくなる。

 木之下はどうやらなんとなくに頼って最初は利用していたらしく、何度も利用している内に自然と覚えたようだ。

 何か腹が立つが、木之下のそれの欠点は一度も利用したことがない施設のことは名前、存在すら知らないところだ。

 だが、36番隊冬式隠密全般隊三式は利用するより利用される側であるから、多くの施設とも繋がってる。

 つまり、木之下にとってみれば逆で、隠密機動施設に利用される時にそれの存在と名前を知ることになる。

 自分からはまず行くことが無さすぎる結果だ。

「裏音はしっかりこの地下のことを覚えろよ」

「おう!」

「あぁ、地下に声が響かないように細工されていて良かったな。お前らの声が響かなくて済む」

「ら、って俺も含まれてる!?」

「一応裏音の上司だろうが」

 剥き出しのエレベーターに乗れば、興味津々で裏音が顔を前へ出す。

「鼻が無くなるぞ」

「キュゥ!?」

「本来の鳴き声か。初めて聴くな」

 顔を引っ込めてバサバサと翼を羽ばたかせた。

 初めて見るのなら、やっぱり外から来たのか?

 地下に居たなら見ていても可笑しくないと思ったが、そうじゃないとすれば本当に謎だな。

 木之下は書類に筆ペンを走らせている。

 難しい顔をしているから、内容はやはり隠密の方だろう。

 通常の仕事の方では、そんな顔をすることは少ないからだ。

 大方、36番隊副隊長から任せられたんだろう。

「今月、お前は悪鬼ガラクタを何体潰した?」

「67体かな」

「ノルマは超えてるな」

「嫌でも超えるさ。隠密と合計したんだから」

「なら片方でいくつだ」

「40もいかない」

「上等だ。それくらいがいい」

 多分、会話に意識は置いていない。

 意識は書類の方へ向いているから、無意識の範囲でこれだけ答えられるということは、体調に不良はないはずだ。

 潰した悪鬼ガラクタの数も数えていたのはまた癖だから無意識になる。

 俺たちは数える癖が自然とついてしまっているから、この会話くらいはスラスラ出来て当然だ。

 考える必要もなく、パッと浮かぶ。

 それが出来ないとなれば、何処か調子が悪い証拠だ。

 それの確認をこうやってやっておく。

 エレベーターは止まる。

 可笑しい、、、ここまだ目的の階ではない。

 それどころか中途半端なところで止まっている。

 どちらの階にも当てはまらない中間だ。

 故障、、、か?

「何か、潜り込んだかい?」

「そう思うか?」

「なんとなく、だけど」

「不味いな。このままだと落ちるか、それとも、」

 ガタン、と揺れた。

「どうやら、そうみたい?」

「1.5階分落ちるぞ」

「足を痛めそうだね。裏音、二人を抱えて飛べたりするかい?」

「おう!」

 ガタン、とまた揺れて、ガクンと少しズレる。

 床が斜めになった。

 裏音は大きくなり、しかし、あの時ほどではないサイズで、翼を広げる。

 ギリギリ壁に当たらないくらいか。

 裏音が木之下の服をくわえて、俺は裏音の両手で足場を貰い、立つ。

 案の定、エレベーターは落ちていった。

「だからなーんで俺は扱いがこうなのかなぁ。羨ましいよ、零が」

「呑気か。落ちたのなら上に居るってことだ。下に行くぞ」

「潰さないのかい?」

「俺らがわざわざ手を下す必要はない。」

「じゃぁ、裏音、下にゆっくり降りてくれるかい?」

おう

 言われた通り、目的の階まで降りる。

 床に飛び降りれば、くわえていた木之下を床へ降ろす。

 そしてまた、小さいサイズへとなって木之下の頭の上に落ち着いた。

悪鬼ガラクタが潜り込むこともあるんだねぇ」

「普通ないが。何かあったんだろう。外の出入口で。」

「おや?裏音、どうしたんだい?」

 グルル、と唸って前方を睨んでいる。

「嫌な予感がするね」

 ぼふん、と人型に変化へんげすると翼を広げた。

「ゼロ、トウシロー、全力、走る、敵、向かう、来る」

 それを聞いた途端、木之下は俺の腕を掴んで走り出した。

「おい!」

「聞いただろう?裏音が、全力で走れって言ったんだ。なんとなく、ヤバいのが来るってわかる。」

「そうなら尚更裏音を置いて行くわけには、」

「いや、裏音は置いていくべきだ。多分、裏音も敵も、ヤバイ。巻き込まれたら、俺たちが死ぬ」

 木之下のそれはまさに、隠密機動の顔だ。

 どっちが上かじゃない。

 従った方がいいのは俺だ。

 木之下と並んで走る。

「お前、地下通路がどうなってるか覚えてるのか」

「そんなわけないだろう?けど、行かない方がいい方向くらいはわかる」

「なら、ついてこい。お前の言うその方向だったら言え。」

「当然、そのつもりだよ」

 後ろから、咆哮が聞こえる。

 どっちのモノかはわからない。

 裏音だって、結構デカイし、あやかしだ。

 どんな声を出しても不思議ではない。

「右は駄目だ。」

 その言う通りに、右への道は捨てた。

 なら、曲がるとしたら次を右だ。

「左は駄目だ」

 予定通り、右へ行く。

 そういう風に、お互いを案内し合う。

 これがどんなに強いことか。

 木之下が俺を掴んで引っ張り、柱に隠れた。

 何だ、と思った瞬間、今まで見たこのない巨大な悪鬼ガラクタがドスドスと音を立てながら通りすぎていった。

 隠れたお陰で気付かれなかった。

「お手上げだ。階段までは行けない」

「ごり押しは、、、出来ないな。切島キリシマが居れば脱出は早いんだが」

「裏音が、変化を解いたらどうなると思う?」

「狭いが、動けるだろう。、、、まさか、そのつもりか?」

「いいや、流石に危ないかな。何処かの隠密処理隊が来るまでは、大人しくしてる他ないよ。もしくは、裏音が潰してくれるか」

 処理隊がくれば、それに加勢して突破は出来る。

 さっき見たヤツがどのくらいのレベルかはわからないから、下手に動け、、、

「マジかよ」

 裏音が変化を解いて歩いてくる。

 その口にはさっき通ったヤツの一部がくわえられていた。

「裏音には敵わない敵だったようでよかったよ。ついでに記録も残そうか」

「おい、脱出出来るよな?」

「出来るね」

「するか?」

「いや、仕事しよう。脱出出来るってことは目的地にも行けるってことだ。裏音の下を歩けば安全そうだ」

「その目的地がそれどころじゃないだろうが」

「そうか、それは残念だ。でもまぁ、行くだけ行こうか」

「仕事は今日中じゃないけどな。で、裏音はソレ何で咥えてきた?」

 多分、部位的には足だとは思う。

 それを咥えて何故、そしてどうやって俺たちを探し当てられた?

「キュォォオオオ!!」

 ソレを捨ててそう吠える。

 何を伝えたいのかはわからないが、興奮しているのだろう。

 前足を上げたかと思うと、先程まで咥えていた足を踏み潰した。

 そして尾を揺らしている。

 翼は広げられないのをわかっていながら動かす。

「どうしたんだい?落ち着いて、」

「キュォオオ!!キュォォオオ!!!」

 木之下は落ち着かせようと近寄ったが、裏音の鳴き声に声が掻き消された。

 悪鬼ガラクタを倒して興奮しているのか、悪鬼ガラクタの攻撃にそういう効果があって興奮しているのかわからない。

「裏音、危ないから、うわぁ!?」

「キュォオ!!」

 木之下にパクリと一口で口の中に収めた。

「あ。」

 ゴクリ。

「キュォオオオ!キュォウ!」

 今、、、木之下が飲み込まれなかったか?

 口の中には残ってないよな?

 多分。

「裏音!木之下を吐き出せー!」

 ちょっと遠くから叫んでみる。

 裏音に届いているかはわからない。

「キュゥン!」

 俺に近寄ってくる。

 まさか、俺も食われるか?

「キュォォオオオ!!」

 大きく口を開けた。

 いや、待て待て待て!!

 どうする!?俺!!

 ガブリと片腕を食われる。

 そして引っ張られた。

「こら!裏音!」

 空いた片手で頬に手を伸ばし、気を送り込む。

 もし、腹が空いてるならこれでいいはずだ。

 そうじゃないならもう殺しにかかる以外はない。

 ピタリと、裏音の動きが止まる。

 パッと腕は解放された。

 そして、木之下は雑に吐き出された。

「キュォオ!」

 先程よりは興奮は収まってはいるが、完全じゃない。

「お前、こまめに気をやっとけ。食われてどうする。仮にも上司だろうが。危うく俺まで食われるとこだっただろうが」

「ははは、気を付けるよ。胃には行ってないから大丈夫。溶けてない」

「そういう問題か?死ぬぞ?」

「死なないように努力はするよ」

「今からか」

 裏音は悪鬼ガラクタの残骸を続けて吐き出す。

 飲み込んでたのか、、、。

 そして、ふぃっと息をつくと落ち着いた。

 伏せをしてウトウトとし始める。

「寝ちゃいそうだ」

「このサイズで寝られたらたまったもんじゃねぇ。小さくして頭に乗せとけ。あと、もう帰るぞ。疲れた」

「裏音、小さくなって寝てくれるかい?」

「ぉぅ、、、」

 小さな声で返事をして、ぼふん、と小さくなった。

 それを抱き上げて頭に乗せると、いよいよ静かな寝息が聞こえ始める。

「あぁー、今日は無駄に疲れた。無駄だった。あー、無駄は嫌いだ」

「無駄にならないように、行くかい?」

「行かねぇ。無駄でいい。どうせ、上に報告しなきゃなんねぇんだ。悪鬼ガラクタのことを」

「じゃぁ、また今度だね」

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