肩に乗せた裏音リオンが、グルルと唸った。

 指で顎を撫でてやりながら、前方を見る。

 俺の仲間に警戒しているのか。

「安心しろ。仲間だ」

「おう」

 唸るのもやめて、大人しくなる。

 コイツが俺の部下じゃないことが残念だ。

 一体、何処から部下に招き入れたんだろうか。

切島キリシマ、今回は木之下キノシタの部下も連れていく。木之下のことは知ってるな?」

「知ってる。ってか、なにその可愛い生物。それ本当に部下か?」

「あぁ。らしい」

 翼をバサバサと羽ばたかせ、ぐいっと切島に顔を近付ける。

 じっとお互い見つめあっているが、どうしたんだ?

「何か、気になるか?」

「ソイツ、欲しい」

「俺に言うな。それと、無理言うな」

「で、なんでソイツ借りてきたんだ?」

「有能だからだ。木之下より、な」

 つい、本音で物を言ってしまう。

 まぁ、アイツは怒ることはしないからバレてもいっそ構わん。

「取り敢えず、捕獲が目的だ。バレないように行動を控えろ。それと裏音、お前は人型の方がいい。このままだと和む」

「和んでも別にいいんじゃないか?」

「俺は緊張感を持って仕事したいんだ。これだと仕事を放って裏音で遊びそうだからな」

「真面目な顔でなんつーこといってんスか。それでも俺たちの上司っスか?」

 ケイが横からそう言ってくるのを無視することにした。

 裏音の尾が揺れれば俺に当たって、翼を羽ばたかせれば、やっぱり俺に当たる。

 肩に乗ってるんだから仕方がないが、小動物が好きすぎて辛い。

 溜め息が出てしまう。

「ってことだ。裏音、なれるか?」

「おう」

 ぼふん、と煙を立てて姿を変える。

 現れた裏音の姿は、先程までの可愛さは失せていた。

 耳・尾・翼はあるものの、今度は目付きの悪い黒マスクだ。

 だが、これくらいが丁度いい。

「裏音、その姿の場合はオールバックにしないか?」

「我、髪?」

「あぁ。かきあげてみろ」

おう

 片手で髪をかきあげる。

 綺麗なオールバックとはいかないが、荒い方が似合う。

「よし、それで行くか」

おう

「他人の部下を勝手に自分好みにしようとしてるぞ」

「ヤバイっスね」

「お前ら後で頭突きでもくらわせてやる」

 二人はいそいそと武器を抱えて出入口へと向かった。

 36番隊零式隠密捕獲・調査隊三式への出動命令は隠密機動総司令官という上司からしか下されない。

 隠密機動隊は俺のとこ以外にも、6がつく隊に存在する。

 6に意味があるかと言えば、知らん。

 36番隊自体が隠密機動隊というわけではないから、俺の仕事は二つある。

 36番隊としての通常の仕事と、零式三式としての隠密機動の仕事だ。

 36番隊の中は他の部隊と同じで様々な役を背負っている。

 俺は隠密機動だが、裏音の上司となった木之下だって他の仕事を持っている。

 36番隊冬式隠密全般隊三式だ。

 部隊には三つ隠密の仕事があるが、と木之下ともう一名がそれを背負う。

 そのもう一名は、柄野カラノという36番隊副隊長だ。

 36番隊柄式隠密処理隊三式をやっている。

 36番隊零式隠密捕獲・調査隊三式の仕事は隠密機動隊総司令官からの命令に従って、様々な生き物、悪鬼ガラクタ等を捕獲したり、様々な調査をするのが主だ。

 俺の部下は少ないが、これ以上は無駄だと思っている為、有能で隠密に向いている奴が現れない限りは部下として吸収する気はない。

 切島と慶もそのつもりで部下として置いている。

 その他に数人まだいるが、今回の仕事には不要だ。

 裏音を借りたからな。

 36番隊冬式隠密全般隊三式の仕事はガッツリ隠密の仕事のサポートをするだけだ。

 頼まれれば嫌とは言わない木之下も、自覚がないようだがこの仕事に向いていると俺は思っている。

 今まで一人でやってきて、誰も木之下が隠密の仕事をしているとは気付いていない。

 知っているのは、隠密の仕事を任せられている者のみだ。

 全般、なのだからなんでもするってことだ。

 そもそも36番隊がなんでもする部隊なのに、隠密までとなれば普通の奴には面倒で難しいことだ。

 大量の書類処理もするし、部下を持っているなら他の隠密機動隊に借し出すし、隠密遠征も頼まれればついていくし、捕獲・調査作業も望まれればするし、本当になんでも。

 木之下は部下を選ばないタイプ、もしくは部下に部下を選ばせるタイプだが、隠密の仕事となれば目が変わり使う部下を正しく選べる。

 それを、木之下本人は自覚してない。

 勿体ないが、あの性格だ。

 さて、最後の36番隊柄式隠密処理隊三式は、そのままの通り処理をする仕事だ。

 悪鬼ガラクタの処理は勿論、隠蔽だったり、そういう工作を施したり、悪いイメージを必ず持たれるであろう仕事をする。

 スパイも此処から出る。

 ただ、36番隊三式隠密機動隊三式は全て評価も高いらしいうえに、隠密機動隊総司令官の一番の信頼を得ているわけだから、大事にされている。

 それが有利となって、費用の心配はまったくの無用。

 隠密の仕事を任されていない奴らは、そもそも隠密機動隊がこの機関に存在していることすら知らない。

 木之下が隠密機動隊総司令官の指名でこの本拠地に来たことを知っているのも、本人と隠密の仕事を持つ者だけ。

 木之下がサブ拠点内で、隠密並の仕事っぷりと、仲間の使い方をしていたからそれが評価を受けて、たった一人の冬式三式を半強制的にやっていたわけだ。

 と、一つ間違いがあったか。

 木之下は、何故自分が指名されたか、そして何故隠密の仕事を持たされたかを知らない、、、わかってない。

 木之下のなんとなくは、裏音を見つけるくらい、頼りになる。

 何か理由とかがあるわけでもないなんとなくで行動することが多い木之下だが、それが外れることは一度もない。

 だから、俺は木之下のなんとなくを頼りにするし、全般なのだから遠慮なく利用する。

 裏音もその一つ。

 木之下よりも有能なのは言うまでもない。

 人間よりもあやかしの方が、捕獲については優れている。

 それも無意識にわかっていた木之下は、自分が行こうという様子は一切見せずに自然と許可を出したわけだ。

 希空ノアはそれを知らないし、木之下も自然を装うつもりもなかっただろう。

 それが強みだ。

 意識が要らないのは羨ましい。

 そんな木之下が必要だと思っているのは俺のみではなく、やはり副隊長もだった。

 木之下はやはり、それを知らないし気付かない。

 木之下は意識で生み出される本気は、大したことない強さだが、無意識から生まれる無心の本気は強いだろうと確信している。

 これだから、手放すわけにはいかない。

 裏音を抱える木之下の存在は、既にデカい。

「ゼロ、捕獲、何」

「ん?あぁ、あまり傷付けずに、悪鬼ガラクタを捕獲したい。それも、異型の、な」

「居る」

「何処だ?」

「機械、音、歯車、有る。近い、いな

「姿形まではわからないか」

「我、悪鬼ガラクタ、ゼロ、見る、出来る」

 両手を目の前に広げて、目の色を紫に変えた。

 すると、掌の上に立体的に浮かび上がったソレは、ハッキリとはしない。

 だが、裏音が感じ取った気配の姿形を表そうとしているのはわかる。

 次第に、形が整っていく。

「コイツだ」

「捕獲、行く?」

「あぁ。感ずかれないように近付くぞ」

おう

 異型の悪鬼ガラクタだと判断出来た。

 ならば、さっさと終わらせて、さっさと持ち帰って、さっさと通常の顔をしなくてはいけない。

 裏音は、賢い。

 言わなくても察するのか、木之下のなんとなくと同じ感覚で動くのか、動きが良い。

 妖なんだから、何かを縛ったり捕らえたりくらいの経験はあるだろう。

 いや、それとも、機関の本拠地の敷地内を巡ったわけでもない木之下が裏音を見つけたんだから、経験は浅い或いは皆無の場合があるか?

 何処出身だ?

 それらの情報さえあれば、今後も木之下の所を有効利用というか活用というかが出来るだろう。

 双眼鏡を覗けば、悪鬼ガラクタが人を食い殺す様子が見える。

 今は人間一般人の被害に目を向けている場合ではないし、出来るだけ死んでいてもらいたい。

 目に触れたくない。

 記録に残りたくない。

 記憶にさえ残りたくない。

「裏音、お前の力で悪鬼ガラクタを無傷で縛れるか?」

おう

 頷く裏音は、目の色を紫のままに、手を悪鬼ガラクタへと向ける。

 裏音の体が透けていく。

 ステルス迷彩的なやつか。

 カッと目を見開いたかと思えば、悪鬼ガラクタは不自然にピタリと動きを止めた。

 近寄れば、小刻みには震えている。

 見えない何かで縛られたようだ。

人間一般人の方は?」

「手遅れっス」

「そうか、なら処理しとけ。あとは、これをどう持って帰るかだな。切島」

「そうだな」

「面倒そうだな、切島」

「、、、、」

「裏音にはこのまま縛っててもらわないと困るからな、切島」

「名前連呼して訴えないでくれ。普通に言えばいいものを」

「気が利く部下が早く欲しいな」

「その願望は直ぐにでも土に還しといてくれ」

 切島は溜め息を大袈裟につく。

 ガリガリと木の枝でワープ用の陣を書いていく。

 切島はモノを転送する力を持っているから捕獲の時は必ず連れていく。

「さて、裏音、、、っておぉい!?」

 裏音が変化へんげを解いたのか、デカくなっっていた。

「我、他人、見る、出来る、いな

「あ、あぁ、そうか、さっきもそうだったな」

おう

「うっわぁ、凄ぇ、、、」

 切島が目を輝かせる。

 ドストライクだったんだろう、ワープ用の陣を放置して眺めている。

「我、凄い、いな。キリシマ、凄い、思う」

「、、、、うひ、、、ふひ、、、」

 顔を隠して、隠せてないニヤけた顔を下に向ける。

 切島は褒められ慣れて無さすぎる。

 それと、笑うと正直気持ち悪い。

 無愛想が似合うから、せめて笑うなら声を出すな、と言いたくなる。

「お前、その顔直して帰れよ?」

「ってか、切島笑うんスね」

 慶は引いた顔をする。

 引いてやるなよ、、、。

 俺だって慣れるまでは引いてたけど。

 笑うのが下手なんだろう。

 誰か教えてやってくれないか?って教えるもんじゃねぇか。

 帰還すれば、先ずは着替える。

 裏音に礼を言うと、裏音は飛んで戻った。

 飛べると便利だ。

「で、裏音はいつでも借りれるんだよな?」

「あぁ、木之下の部下だからな。木之下が他に借してたり、仕事で居なくなってない限りは」

 切島の顔は既に無愛想へと戻っていた。

 夏になったら肝試しでお化け役として笑って貰うか?

 しねぇけど。

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