第14話 想いの奥に秘めるもの

 部屋の奥にあるベッドまで進み、ゆっくりとエレンを横たわらせる。ただ寝かせるだけなのに、アールのその動作ひとつひとつに丁寧さが感じられる。彼女を、まるで壊れ物を扱っているかのように、大切そうに横たわらせた。それからアールは、すぐに部屋を出ず、ベッド脇の椅子に腰掛けじっと彼女を見守った。時々、エレンの髪を撫でたり、布団をかけ直したりと、まるで子どもをあやすように、ずっとベッドの側で見守っていた。その時の彼は、とても穏やかな表情で、どこか安心しているような、そんな様子だった。

 しばらくして、エレンがゆっくりと目を覚ました。


「ん…」

「目が覚めたか…」

「…アール…? 私…任務は…」

「さっき襲撃を受けた時、気を失ったんだよ。エデンの連中も、その後すぐに退散していった」

「そう、だったの…ごめんなさい…ここまで運んでくれたのね…」

「いや、俺の方こそすまない…勝手に部屋に入って…」

「ううん、いいのよ…そういえば、魔珠は…?」

「もうとっくに奪われてた…さっきの二人は、俺らを足止めするための囮だったみたいでな」

「そう…アールは、怪我してない?」

「俺は平気だ…って、無理に起きなくていい。まだ休んでろ」

「でも、そういうわけには…」

「いいから」

「…じゃあ、お言葉に甘えて」


 ベッドから出ようとするエレンを止め、彼女は布団をかけたままベッドに座った。

 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。先ほどの会話以降、言葉を交わすこと無く時間が過ぎていく。その空気が気まずく、エレンはどうしたものかと視線を泳がせた。


(どうしよう…言っちゃった方がいいのかしら…? でも、そんなこと言えるような雰囲気じゃないし…でもやっぱり、言うなら今よね!)


 悶々と考え、とうとう意を決して告白することを決めるエレン。ゆっくりアールの方へ向き直ると、一呼吸置いて口を開いた。


「あっ…アール…!」

「ん? どうした?」

「あああのねっ…えぇ…っと…」

「お前…顔赤いけど大丈夫か?」

「えっ…あっ!?」


 決意も空しく、アールの言葉に遮られてしまう。さらには、顔が赤いことで熱があると思ったのか、彼は自分の額をエレンのそれと合わせていた。一気に互いの距離を縮められ、エレンは思わず息を潜め、身を固めてしまう。


「…熱は無いみたいだな…でもまだわからないから、今はやっぱり休んでおいた方がいい」

「あ…うん…」

「…じゃあ、俺は自室に戻るよ。後でシェリーかセーラにも伝えておくから」

「ん…わかったわ」


 エレンが静かに頷くと、アールは部屋を出ていった。扉が閉まったことを確認した途端、エレンは布団に顔を埋めるように突っ伏した。


「…どうしていつもチャンスを逃しちゃうのよ…」


 か細い声で、自分に言い聞かせるように呟く。あれよあれよと考え込んで、先ほどの彼の行動を思い出しては再び顔を赤らめ、とうとう布団の中に潜り込んでしまった。それから、静かに眠りについたのだった。


 そしてアールはというと、何故か部屋の前で待ち構えていたシェリーとセーラに捉まっていた。


「…っ…なんで、ここにいるんだ…? というか、いつから…」

「アールさんがエレンを抱えて司令官室を出た時からずっと、です♪」

「お姉ちゃんに手を出さないか、心配だったもので♪」

「あのなぁ…」


 アールが部屋の扉を閉めて後ろを振り返った時、壁にもたれるようにして腕を組んで目の前にいたこの二人。二人揃ってまったく同じポーズをとって笑顔でいるものだから、アールでさえ思わず後ずさりしてしまう。


「お姉ちゃんには何もしてませんよね?」

「してないって…そんなに信頼されてないのか俺は」

「でも私としては、もっとゆっくりしててもよかったんですけどねぇ♪ むしろそのまま…」

「おい、セーラと言ってることが逆じゃないか?」

「アールさん、まさか!?」

「何もしてない!」

「いやいや~そう言って実は…?」

「実は、も何も無い!…ったく、俺は戻るぞ」

「「えぇ~っ!」」

「えぇ~っ…て、お前らまさか…俺をいじるためだけに来たのか?」


 二人とのやり取りに、アールは呆れながら問う。すると、急に表情を曇らせるシェリーとセーラ。返事を待っていると、シェリーが重々しく口を開いた。


「違いますよ…エレンが抱えられて出てきたから、心配だっただけです…この前学校で襲撃された件もありましたから…」

「今日の任務は、そんなに難しいことじゃないって聞いてたから、お姉ちゃんに何かあったんじゃないか、って…」

「…それならそうと早く言ってくれ…とりあえず、大事には至ってない。具合が悪いようでもないみたいだから、明日にでも二人で様子を見てやってくれ」

「そう、ですか…わかりました」

「じゃあ、頼んだ」


 そう言ってアールは自分の部屋に戻り、廊下にはシェリーとセーラの二人だけとなった。二人は不安げな表情で互いに顔を見合わせると、どちらからともなく歩きだした。


 部屋に戻ったアールは、扉を閉めると、そのままもたれるように座り込んだ。そして頭を抱え込む。


「…言わせられるか…あんな状況で…」


 しばらく座り込んだまま、思いにふけていた。

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