第8話 安らぎの刻(トキ)

 あれから数日…どこの学校も長期に入り、ガーデンの学生たちも忙しく任務に入っていた。

 ある日、非番だったエレンは、とある場所に向かった。ガーデンの広大な施設の中心部へ向かって進み、たどり着いたのは、金細工で美しく装飾された大きな扉の前。この日は髪を結い上げていなかったので、彼女の表情はとても穏やかだ。そして、大きく扉を開く。その先には、ガーデンが誇る中庭、この世界で一番美しいと云われる空中庭園が広がっている。

 エレンは、この庭園が大のお気に入りで、非番の時はこうして一人で来るように、いつの間にか習慣となっていた。しかし、エレンが目指していた場所は、この庭園自体ではなく、さらにその奥…誰も知らない、秘密の場。


 中庭といえど、豪邸が建てられそうな位、広い庭園。丁寧に手入れされた草花や樹木をかき分けるように進み、庭園の中央にそびえ立つ大木の麓に着く。大木を見上げると、そのまま根元へ歩いていく。そして木に触れると、目の前の表皮が扉を開けるように剥がれた。剥がれた部分からは、木の中を上がっていける階段が現れていた。

 エレンはその階段を上がっていく。剥がれた表皮は、自然と戻っていた。木の中なのに、暗さを感じない階段。まるでログハウスのような内部を、エレンはどんどん進んでいく。進んだ先に、枝葉で覆われた出口が現れた。エレンがその枝に触れると、先ほどの表皮と同様に、自然と道が開けた。開けた先へ足を踏み入れると、そこはまるで秘密基地のような部屋。周りは枝葉の緑の壁で囲まれ、ウッドデッキのように床もしっかりしており、あと数人は余裕で入れそうな広さがある。

 しかしここは、エレンしか知らない場所。一人でのんびりと過ごすために、確保してきた場所なのだ。


「…あ…」


 思わず声が出る。この場所は、エレンしか知らない……否、もう一人ここへ入れる人物がいる。その人物が今、エレンより先に到着し、読書をしていた。


「…ん…? あぁ、お前も今日は非番なのか」

「えぇ…久しぶりに非番が重なったわね、アール」

「そうだな」


 エレンと会話を交わす青年。艶のある黒髪に、凛とした蒼い瞳を持つ彼。エレンの幼馴染であり、彼女が想いを寄せている相手。アールは、ガーデンの中でもトップクラスの成績所持者で、成人前という若さで重要任務を任されるほどのエリート。そんな彼が非番でのんびりと過ごしていることは、本当に珍しかった。たまたまではあるが、互いの非番が重なり、しかも自分たちしか知らない場所で二人っきりになって話せることが、エレンは嬉しかった。

 そっと、彼の隣に腰を下ろす。


「…昨日まで、何の任務についてたの?」

「地域の魔珠の調査。ここ最近になって、急速に至る所の魔珠が減少してきているみたいでさ…恐らくエデンの奴らが関与しているんだろうってことで、奴らに押収される前に、保護魔法をかけにまわっていたんだ」

「そうなの…ちゃんと休んでる?」

「適度に休んでるよ。心配するな」

「そう…よかった…」

「……俺はいいけど、お前はどうなんだ? エレン」

「えっ…?」

「この前…長期に入る前に、学校で人攫いに襲われたって…」

「あ…あれなら、リッチさんとリンドが助けに来てくれたから、大丈夫よ! シェリーやクラスのみんなも無事だったし…」

「そうじゃない」

「え…」


 急に表情に険しさを見せるアールに、エレンも戸惑う。アールは、そのままエレンの顔に手を伸ばし、頬に触れた。彼の突然の行動に、思わず固まってしまうエレン。それを察したアールが、エレンの頬に触れていた手を離し、口を開いた。


「…ごめん。怒っているわけじゃない…ただ………」

「アール…?」

「ごめん…先、戻る」

「あ…っ」


 何かを言いかけ、俯いたかと思うと、急にその場を後にするアール。エレンはどうしていいかわからず、座り込んだまま動けなかった。彼が出て行った後、そのまま顔をうずめるように、膝を抱えつぶやいた。


「…告白のチャンスだと思ったんだけど…な」


 エレンがつぶやいている時、部屋の入口である枝葉の向こう側で、まだそこにいたアールがそれを聞き、顔を赤く染めていた。そして、逃げるように、かつ静かに階段を下りていった。

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