第4話 対峙、魔王と勇者
魔王城、玉座の間。
そこは魔王への謁見を許された唯一の場。
地方に住む悪魔貴族や魔王の領地に新しくきた悪魔たちが訪れる最初の場所。
押しつぶされんばかりの威圧と痛く刺さる側近たちの目。その身に伸し掛る重圧は一介の村人であれば、泣きわめき、のたうち回る。
そんな場所に似つかわしくない白。
鎧を身に纏った美しい女性。スラリと伸びた両手足に美しい深紅の髪。顔左半分が傷跡になっているも、その美人さには傷一つつかない。
切れ長の冷たい瞳が玉座に鎮座する魔王を射抜く。
なぜ、こんなことになっているのかと聞かれるとシャルケはとても困った顔をする。何せ自分が連れてきたせいなのだから。
赤髪の勇者の隣にいたシャルケはいつの間にか使用人のフィフティに連れていかれ、今この状況を知らない。
一触即発。今にでも戦いが始まりそうなピリッとした雰囲気の沈黙を最初に破ったのは赤髪の勇者だ。
「我が名はリィシア。農民の出により家名はない。天魔よ、貴殿に尋ねたいことある」
対する魔王の答えは沈黙。
耳が痛くなるほどの沈黙が数秒続き、勇者リィシアが話す。
「『大悪魔』と呼ばれる者を知らないか」
肩肘をつき、高い位置から見下ろす魔王はため息のように鼻から息を漏らした。
「それを聞いてどうする」
「端的に言えば、復讐だ」
「ほう、勇者の身である主が復讐とな」
魔王はいかにもおもしろそうに口元を緩ませ冷たい瞳で勇者を射抜く。
対峙する勇者の方も一歩も引かず、魔王の冷酷な瞳に目を合わせたまま離すことはない。
「――して、本当の目的は何か」
魔王は片目を閉じ、少しだけ空気を軽くして問う。その様子にそばに控える悪魔は驚いたように魔王を見つめるが、魔王にそれを気にした様子はない。
勇者の方も『伝わっていたか』と言わんばかりの表情で笑っている。
「ああ、本当に天魔に……いや、貴殿に問いたいのは貴殿の娘――シャルケについてだ」
「ほう――」
ニヤリと笑った魔王と勇者の真意はこの場にいる誰にも伝わることはなかった。
急に空気の変わった玉座の間には奇妙な空気が流れだし、側近たちも状況に追いついていない。
「シャルケ、あの子は――」
□□□□□□□□□□□□□□□□
――どうしよう
私の心はざわついて大変だ。
あんなに重たい空気になるなんて思ってもいなかった。
リィ曰く喧嘩はしないそうだけどあの空気に触れるととてもそうとは思えない。お父さんのあんな雰囲気も初めて見た。
バウは私を慰めてくれるように顔を押し付けてくれる。「ありがとう」と首元に手を回し、抱き寄せる。
――私のせいでお父さんとリィが戦ったらどうなるの?
魔王城が壊れる?
お父さんが、リィが死んじゃう?
「どうしよう!バウ!」
どうしようもなくなってバウに助けを求めるけれど返ってくるのは『バウッ』という返事だけ。
いつも私の部屋に控えているはずのフィフティがいないことも不安の一つ。
心を落ち着かせようにもこの世界には私の好きだったものは存在しない。ミィも今はいない。
娯楽として作ったオセロはバウに通じない。
フカフカのベッドに身を投げ、近くにあった人形を抱きしめる。
不思議なもので、子どもというのはいくら不安を感じていてもお腹が空く。『ぐぅぅ』という空腹を知らせる音に恥ずかしさを感じてすぐに起き上がる。
部屋にあるお菓子は底をついているのでここから出るしかない。
「しかたがないっ」
バウの背中に跨り、「ごー!」と声を出す。
バウも勢いよく部屋を飛び出し、魔王城の厨房を目指した。
厨房では使用人たちが忙しなく動いていた。
バウから降りて厨房の入り口で待たせる。おすわりのポーズで座り、ついてこないのを確認して厨房の奥へと入った。
「あ、フィフティ!」
「シャルケ様?どうかされましたか?」
お皿を運んでいたフィフティを見つけすぐに声をかけた。迷惑かも、とは思ったけれど広い厨房を子ども一人で歩くのは少し危なすぎる。
フィフティはお皿を丁寧に置いて私を抱き上げた。
「お菓子ですか?」
「うん、おなかすいた」
「……!そうですか」
何かを感じ取ったフィフティは私を抱きしめながら厨房の奥、私のお菓子がたくさん保管されてある金庫の扉を開けた。
扉の前で待たされ、ゴソゴソと何かを探すフィフティの背中を見つめる。すぐにフィフティは私のお気に入りを見つけてくる。
「フィフティ、それなに?」
フィフティの左手にはもう一つ、見覚えのあるお菓子が握られていた。黒い板状のお菓子だ。
「これはシャルケ様が言っていた『チョコレート』というものを再現したものです。シャルケ様の口に合えばよろしいのですが……」
――なんと!フィフティはチョコを作ってくれていた!
久しぶりに見る好物の出現に露骨にテンションが上がる。
フィフティと仲良くなったときに私の好物を行ったのだけど理解してもらえず、その味を私なりにがんばって伝えたのだ。それが幸を為したということだ。
フィフティから受け取ったチョコを一口かじる。
「にがい……」
ベリーベリービターだ。
これは子どもでなくとも苦いと感じるレベル。
私の言葉が聞こえたのか、フィフティが落ち込む姿が目に入る。
「あっ、あ、でもおいしいよっ?ありがとう、フィフティ」
思い切って口に全部含める。口いっぱいに広がるビターなものが嫌な感じだけど、フィフティが悲しむ方が嫌だった。
「シャルケ様はお優しいのですね」
いつの間にか私の瞳から溢れそうになっていた涙を拭き、フィフティが笑う。
「フィフティー?そろそろ次のやつお願い!」
奥から声が響き、フィフティが答える。
「それではシャルケ様、私はこれで。またしばらくしたらシャルケ様を呼びに行くと思いますので」
――どういうことだろう?
フィフティから受け取ったお菓子を手に持って再び私はバウの背中に跨った。
部屋に戻るとすぐにお菓子に手をつけた。バウにも一口与え、二人で味わう。
――あ、眠くなってきた
フィフティから貰ったお菓子を食べると、さっきまで感じていた不安なんてどこへやら。すぐに瞼が重力に耐え切れずに重くなっていく。
バウの暖かな体を枕に、私の意識は眠の底に落ちた。
「――ルケ様、――シャルケ様、シャルケ様!」
「――、なに?」
ぼんやりとした瞼を擦り、まだ眠たい頭をがんばって起こす。
視界が徐々に戻り、私を揺するフィフティが目に入る。
「ん、フィフティ、おはよう」
「はい、おはようございます。お目覚めしたところ早速で申し訳ございませんが、着替えていただきます」
ゆっくりと立ち上がり、フィフティに見を委ねる。されるがままに着替えさせられ、気がつけばおとぎ話のドレスのような衣装に身を包んでいた。
私の角と同じような純白のドレス、鏡を見ても似合っているのかどうかは判断できないけれどフィフティがべた褒めしてくれるので多分大丈夫。
「行きますよ」と訳も分からないままフィフティに手を引かれて廊下を歩く。
隣にはいつの間にか犬用の服に身を包んだバウが歩く。なんだかいつもより頼りがいがあるように見える。
「それではシャルケ様、どうぞ――」
連れてこられたのはリビング。その扉の前で待機していた二人の使用人が息ぴったりに扉を開いていく。
ギィィという音が終わり、次に聞こえてきたのは――
「「はい、かわいい!」」
というこれまた息ぴったりな声だった。
びっくりして閉じた目を開くとそこにはとてつもなく怖い笑顔を浮かべたお父さんと、鎧を脱いでラフな格好になっているリィが眼前に迫っていた。
「な、なに?」
私の脇に手を通し抱き上げるお父さんの顔は見慣れた恐怖顔。
それを羨ましそうに眺めるリィの顔はとっても可愛かった。
――っていうか本当に何?あの空気は?私の心配は?
「天魔、次は私だ!私にもシャルを抱きしめさせてくれ!」
「待て、落ち着けリィシアよ。今は我の番だ」
「お、おとうしゃん?なに?これ?」
巨漢の肩に乗せられ、リビング中央に設置されたいつもよりも何倍も大きなテーブルへと連れていかれる。
よく見れば周りにはお父さんの配下の悪魔たちがピシッとした格好で立っている。
「これか?これは今日がめでたい日になったからという意味での祝杯だ。――リィシアよ、ほれ」
お父さんは私をリィの胸へと預け、配下の悪魔たちが開けたスペースへ戻っていった。
「はぁぁぁぁぁぁ!柔らかい!すべすべしてる!かわいい!」
私の顔に頬擦りをするリィに「やめっ」と言っても全く聞いてくれない。これはダメだと諦め、されるがままを受け入れた。
リィに抱きしめられたままテーブルの元へと連れてかれ、そこに置かれた料理の豪華さに驚く。
――さっきフィフティたちが忙しそうにしていたのはこれだったんだ。
「では皆の者、これより我、〈天魔〉サタンと――」
「私、〈勇者〉リィシアは――」
二人は同じタイミングで息を吸い、
「「まおゆう同盟を結ぶことにした!」」
全く訳の分からないことを宣言した。
天魔の娘に転生しました 天寝子 @Amairo__Neko
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