第3話 はじめての勇者
「――勇者様!」
族長と呼ばれていた人がその存在を目にしたとき嬉しさからなのか、膝から崩れ落ちた。
その人は真っ白な純白の鎧に身を包みとても大きく、とても豪華な剣を持っていた。それだけでも私にとって恐怖の対象なのだけどそれ以上に女の人の顔が私には怖かった。
顔の左側にできた傷跡。左目までに届く痛々しい傷跡はおおよそ普通に生活していてできるものなんかじゃなかった。
潰された左目はもう視力なんてものは残っていないだろう。残された右目も何か、得体の知れないものに満ちていてとてもじゃないけど目を合わせることはできない。
真っ赤な、お父さんの瞳と似た色の髪の女性は男の人たちを後ろへ下げ、私を睨んだ。
「む、子どもか……」
バウは全身に炎を纏い臨戦態勢。こうなるときっと私の制御はきかない。
勇者と呼ばれた女性の方も鞘から剣を抜き、輝かしい刀身をバウへと向ける。
「しかし…………しかし!魔族とあらば容赦はしない。……子どもよ、一つ聞かせてくれないか」
その女性は今にも斬りかかりそうな声音で問う。
「変な……そうだな真っ黒な仮面をつけた魔族なんだが……確か自分のことを『大悪魔』と言っていた。何か、知らないか」
――仮面?大悪魔?
記憶を探ってそんな人物が魔王城にいたかを確認するけど該当人物は見当たらない。そもそも魔王がいるのに自分を『大悪魔』だなんて言う人がいるとは思えない。
私か答えない様子を見て察したのか女性は「そうか、変なことを聞いた」と諦めたように言った。
――そして次の瞬間には炎が辺りを支配した。
肌が焼けるような感覚。すぐにそれが錯覚なのだと理解する。
炎の正体はバウだ。
自分の炎を周囲に展開して相手の逃げ場をなくした。私の背後には敵にバレない程度の大きさの小さな穴が空いている。『ここから逃げろ』ということだろう。
しかし、バウを置いて逃げるなんてことができるわけが無い。どうにかして女性を説得、もしくは女性から逃げなければならない。
バウが叫び、周囲の炎が高く燃え上がる。炎の柱がいくつも作られ、相手を呑み込まんと迫る。
女性はその炎を避けるわけでもなく何もせずに呑み込まれる。少し心配になるけれどそれはすぐに杞憂に終わる。
剣を一振り、横へ薙ぐと炎の柱が掻き消され、女性は無傷で中から現れた。
バウは周囲の家々が炎に包まれていくことを気にもせず、すぐに炎を展開させていく。
そのどれもを女性は斬り伏せていく。
「なるほど、なかなかに強いヘルハウンド。確かにこれなら子どもを一人で出歩かせることが出来る」
納得したように小さく呟きその人は見たこともない剣幕で私を睨む。さっき睨まれたときとは明らかに違う。そこには『殺意』が感じられた。
「子どもを殺すのは私の流儀に反するが…………仕方がない……」
――炎が、龍を造った。
その龍を轟音を立てて女性を食い殺さんと大口を開いて迫る。
今まで剣をまともに使うことのなかった女性が初めて構える。
龍は意志を持っているかのように動き回り、相手を炎の渦に閉じ込める。
「まっ、まってバウ!しんじゃうから!」
バウは私の制止を聞いてくれない。全身の炎を逆立てて低く響く唸り声をあげる。
「ここまでできるヘルハウンドは初めて見るな……」
龍のとぐろから光が漏れだし、苦しそうに龍が声を上げる。炎が四散し、中から無傷の女性が不気味な笑顔を浮かべて出てきた。よく見れば頬が少し煤けている。
――女性は攻撃を受けても反撃してくることは無い?
だったら――
「あのっ!わたしおつかいをたのまれてきただけなの!」
ピクっと眉を動かし「おつかい……?」と小さく声を出す。
――よしっ、この調子!
「そ、そうなのっ、おとうしゃんにたのまれて!」
「おとう、しゃん……?」
振り下ろそうとしていた剣を下げ、すっと下を向き表情を暗くする。気配が先程の殺気を上回る何かに変わる。
まずい、と本能的に察知する。バウの炎もこれまでにないくらい猛りだした。
女性が持つ剣に力が入りプルプルと震えだした。今にも斬られそうだ。
――斬られたら痛いんだろうなあ。できれば一瞬でお願いします
剣に目をやると途端に説得する気も失せ、なんだか諦めがつく。この状況はどう足掻いても覆せない。
――マリアさん、ごめん。転生させてくれたのに……
諦め、目を瞑る。
そして――――
「か、かわいすぎるだろぉぉぉおおお!」
「な、なにっ?」
誰かの叫び声。一瞬誰の声なのか判断がつかなかった。けれどすぐに目の前の女性の声なのだとわかった。
頬を赤く染め息を荒くしている。
さっきとは別の怖さを感じる。
目にも止まらぬ速度で私の眼前に迫り、脇の下に手を通して抱き上げる。目を爛々と輝かせ、鼻息荒く私を抱きしめる。
「ま、まって、なに?」
バウも私も何が起きたか分かっていない。
そりゃあそうだ、目にも止まらぬ速度で抱き上げられ、気づいたら頬ずりまでされている。
さっきまでの殺意なんてどこへやら、まるで別人のように変わった女性は私を抱きしめながら片手を燃えた家々へ向けた。
すると燃え朽ちたはずの家々が瞬時に元通りへ戻る。
――情報量が多すぎる
――なんだこれどういうことなの
「よしっ、これで被害はゼロだな!」
片腕に私を抱いた勇者さんは一人で満足している。
バウも炎を引っ込め、家に被害が及ばない程度に纏っている。
「む、訳がわからないって感じか……」
――そりゃそうだよ!
ツッコミたい気持ちをぐっと堪える。きっと引きつった笑顔を浮かべているに違いない。女性勇者さんはそんな様子の私を見て「うむ」と納得し、訳を話し始める。
「私は子どもが好きなのだ」
「えっ」
――悪魔ですけど?
「子どもに人間も魔族も関係ない。可愛ければ問題ないのだ」
勇者がそれでいいのか、なんて思うけれど助かったのだから余計なことをいうわけにもいかないし、未だに状況も掴めない。
「さて、私とお話しようか。小さな魔族の子よ」
――ええええぇぇぇぇぇ!!
□□□□□□□□□□□□□□□□
場面は変わって森の奥、透明な川の流れる場所。そのそばにある座りやすい岩に座らされ、隣の勇者さんとお話タイム。
あの村の人たちには勇者さんが説明してくれたおかげで私の誤解は解けた。それどころか村で取れた野菜を分けてくれた。とっても優しかった。
勇者さんの名前は『リィ』というそうだ。なんでも選定の剣に選ばれた勇者なのだそうでこの世の悪を全て滅ぼすのが目的なのだとか。
だから悪に染まる前の私を可愛がって悪の道に進まないようにしてくれているらしい。
「シャルのお父さんとお母さんはどんな人なのだ?シャルのような子を育てるくらいだ、きっと優しい魔族なのだろう」
リィは川に入れた素足を伸ばし、綺麗な、女性として羨ましい程に美しい脚を見せる。脚についた水滴に太陽の光が反射してその美しさに磨きがかかる。
脚に見とれていたせいで話をよく聞いていなかったけれど、お父さんとお母さんについて聞かれているようだ。
「おとうしゃんは、かおがこわいけどやさしいよっ。おかあしゃんはよくしらない」
「母を知らないか。すまないな変なことを聞いた」
――そういう訳じゃないんだけどね
母の存在は知っているけれど見たことは無い。噂では真っ白な美人だと聞くけれどどこにいるかは誰も知らないみたい。唯一知ってそうなお父さんもお母さんについては何も言わないので深くは聞かない。
そんなことまで説明すると長くなってしまうので言わないけれど「しんでないよ?」とだけ訂正しておく。「ありがとう」と優しく微笑むリィはとても可愛かった。
「顔が怖い、なんて子どもに言われるほどなんだな、お父さんは」
「うん、おとうしゃんは『まおう』ってよばれて――」
――あ。勇者に魔王なんてまんまゲームの世界じゃあ……その通りなら勇者は……
「魔王……?もしかして〈天魔〉のことか?」
「てんま……うん、たまにみんなそうよんでるよっ」
「それは本当か?」
コクリと頷き返すとリィは考え込む仕草を見せる。
隣のバウは既に安心しきったのか、それともさっきの戦いで疲れたのか眠ってしまっている。
「シャル、天魔に会うことは可能か?」
「……?だいじょうぶだよ。けど、けんかはだめね」
「ああ、別に戦いたい訳じゃないんだ。ただ……話がしたくてな」
――?まあ、戦わないなら問題は無いはず
しばらくリィとの会話を楽しんでから私はリィを魔王城まで案内するのだった。
まさか、リィとお父さんがあんなことになるとは……この時の私は想像すらしていなかった。
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