取引―II

「それでどうすんだ。ここに潜んでいたって見つかるのは時間の問題だ」


「だが、ここを出たところで橋は封鎖されている」


「サンもいる事だしな。ファイ、あんたはどう思う?」


「わ、私……?」


 突然話を振られて、戸惑った。二人の会話は少し遠くにあるような感覚があって、そこに私の意思なんて介在してはいけないような気持ちになっていたからだ。


「私は……ミラの側にいたい」


「それは意思じゃない、願望だ」


 ぴしゃりと切り捨てるミラの言葉に、赤面してしまいそうだった。私には二人のように、あれやこれやと作戦を練るような力はない。彼らがどんな個体として生まれたかは分からないけれど、少なくとも私は家庭用モデルだ。こんな事態に適応する為には作られていない。


「しっかりしてくれファイ、ここには私ら三人だけなんだ。一人でも欠けちゃいけない」


 最初に出会った時からミラはそうだ。力強い生き方をしていて、真っ直ぐ飾り気のない言葉で私を支えて、そして見捨てることもしない。

 何でだろう、この優しさに酷く安心してしまう。彼女はニ〇五〇年にはすでに出会っていたと言っていたが、あれはあながち間違いでも無いのかもしれない。

 彼女の優しさに安堵こそすれ、甘えてはいけない。それは単なる依存だ。罪ではないが、猛毒に近い。

 猛毒――ふと、思い当たるものがあった。猛毒。私達にとっての毒。ここから抜け出すために、あの橋を――かつては明石海峡大橋と呼ばれていた場所を――目指している。けれど、ここは島だ。周りは海で、流石にサイカ派はそれら全てをぐるりと囲むほどの規模を率いてはいないだろう。


 何故なら、必要ないからだ。そこは海だから。だって海水は――。


「……メモリーチップ」


「え?」


「メモリーチップ。あの海岸で見つけた、テキストファイル。あの中には破損部分もあった。何か手がかりがあるかも」


「けどよ、中身は日記に近かったろ」


「でも意味はあった。サンの存在と、海水の毒性について書かれていた。他に情報があるかも」


「その彼女ってのは、何と名乗っていた?」


 デルタの問いかけに、私はバックアップしていたファイルを開いて確認する。


「レーシュ」


 風変わりな名前だ。読み方が合っているかは分からない。どうせなら直接ファイルを送りたいが、私達は島内のみのスタンドアローンに接続されていて、彼は本土を繋ぐ本来のネットワークを使っているのだった。

 直接通信ではコミュニケーション用のプロトコルしか無く、ファイルのやり取りは禁止されている。直接通信はメタトロン接続のような安全保持セキュアを持っていない。ウイルスを強制的にばら撒くなどの行為を防ぐためだ。


「……レーシュか」


 遠い目で、彼は呟く。

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